いやもう続編出るやん、というタイミングでの執筆欲の暴走。間の悪い限りでございますね。
ともあれ興味を持っていただいた皆様には感謝感激です。見切り発車の為、完結に辿り着けるかは不明でありますが、欲望の続く限りは頑張る次第。
お気に入りは欲望の活性剤となりますので、どうぞ宜しくお願いします。
EDF第228駐屯基地。通称、ベース228。都会の喧騒から離れ、山間に点在する人里から少し離れ、山を切り開き整地されたこの場所には、地球防衛という大役を担う
「やーっと着いた⋯⋯」
天気は快晴。まさに絶好の行楽日和。
自然は豊か、空気は旨い。気分的にはこのままここでピクニックと洒落込みたいところではあるのだが、生憎と今の自分は雇われの身。仕事が課されているうえに、放棄すればまた一から職探しの毎日が始まってしまう。おまけにピクニックには些か景観がよろしくない。ヘリや戦車を眺めながらでは、仮にレジャーシートとお弁当を持参していたとしても、晴れやかで清々しい時間にはならなかっただろう。
「っと、のんびりしてる場合じゃない」
ここへの道中、バスが泥濘に嵌り到着予定時刻より二十分ほど遅くなってしまった。幸い三十分のゆとりを作っていたので遅刻にはならないが、社会人の基本は十分以上前行動。あまり悠長にしてはいられない。
「さて、気合入れてくか」
大学を出たはいいが職が決まらず、アルバイトを転々とする日々を送っていた最中、募集のチラシを見かけた。
仕事の内容は荷運び。要するに力仕事だ。高校の頃から身体は地道に鍛えて来たので、腕力ならば多少の自信はあった。従軍する訳ではないというのと、天下のEDFの基地を見てみたいという好奇心もあって応募に踏み切った次第である。
その後、業務運搬の免許を以前取得していたことも幸いし、機密を漏らさないなどの契約書にサインして、無事に採用と相成った。
運賃なしで乗れる送迎バスは夜遅くまで走っているし、時給は悪くない。怪我した際の労災も下りるし、残業はないと書いてあった。重たい荷物を運ぶ為の補助装備も貸し与えてくれるというのだから待遇自体は悪いどころか寧ろ良い方だ。
面接を受けた都心近郊の基地ではなく、こんな田舎に送られたのは想定外だったけど。
「つっても仕事内容は同じはずだし、なんとかなるだろ」
コンビニやカフェでの経験は活かせないかもしれないが、運搬のみなら頭を使わなくとも出来る。
そう考えれば、胸に蟠る地味な緊張も少しは緩まった気がした。
「あのすみません、この度採用された
基地の主要棟であろう建物の前に立つ兵士へ声をかけ、分かりやすいようにと持って来ていたチラシを見せた。話は通してあったらしく、すぐに建物の中へと案内してくれる。
中に入ると、想像通り役所にも似た光景が広がっていた。正面には待合所と受付の窓口があり、奥では胸元にEDFと刻まれた制服に身を包んだ人達が忙しなく仕事をこなしている。左右には大きく伸びた廊下と講習などに使われていそうな部屋。上階へ続く階段とエレベーター。かけられた掲示板には、EDFに関するポスターや俺の持っているのと同じチラシなどが所狭しと貼られていた。
「なんだか、忙しそうですね?」
「ん?ああ、今日は午後から基地見学ツアーがあるからな。事務方は大忙しなんだ」
「そうなんですか」
気になったので緊張を解すのも兼ねて前を歩く兵士に尋ねてみると、彼は面倒だという様子もなく淡々と説明してくれた。
ここへ来る途中で何台もの送迎バスとすれ違ったのはそういうことだったのかと納得した。
「ちょっといいか?こいつの案内してやって欲しいんだけど」
「はい?」
兵士は窓口の横から近くにいた女性の事務員に声をかける。余裕のないところに話かけられて、事務員さんは一瞬額に皺を作る。
忙しいところ申し訳ないと思いつつ、兵士の後ろでチラシを持ち上げて見せると、ああ、と事務員さんは理解を示してくれた。
「了解しました。それではまず更衣室で着替えて来てもらえますか?」
右手奥にありますからと言われ、そちらを見ると確かにそれらしき部屋の扉があった。制服も既に用意してあるらしい。
「サイズは伺った身長を基に用意致しました。もしどこか合わないようであれば、遠慮なく仰ってください」
「ご丁寧にありがとうございます」
実に親切な対応に思わず感服する。さすが、世界の平和を守る軍事組織だ。末端の事務にまで教育が行き届いているとは恐れ入る。一瞬怪訝な顔を浮かべちゃったのはご愛嬌だろう。
「んじゃ、頑張れよ」
「あ、案内ありがとうございました」
俺が更衣室の場所を把握するまで一緒にいてくれた兵士は、気さくに肩を叩いて持ち場に戻って行った。まだ二人しか職員を見ていないが、雰囲気の良い職場なのだろうという確信があった。
「がんばろ」
礼には礼を。
たとえ仕事がきつかろうと途中で投げ出すことはしないように、と心に喝を入れた。
この時の俺は、今日という日が、人生で一生忘れられない一日となるとは微塵も考えていなかった。
──────────
「新人ていうのは君か?」
質の良い制服に袖を通し、事務員さんの所へ戻るとエレベーターで地下まで連れて来られた。そこは地面の下とは思えないほど広々とした空間だった。
事務員さんは一枚の藁半紙を渡して上へ戻って行ってしまった。そこには簡易的な地図が描かれていて、この通りに進めばスタッフが待つ格納庫まで行けるはずなのでと言われた。
知らない場所、それも迷路のように入り組んだ施設に一人で放り出され、筆舌し難い心細さを感じながら、渡された地図に従ってとりあえず歩き出す。
機密とかありそうな場所なのに部外者が一人で歩いていて良いのだろうか、と不安に思ったが、まあこんな片田舎の基地に機密なんてないだろうし、事務員さんも時間が惜しかったのだろうと、精神の健康の為深く考えるのは辞めた。
首が痛くなりそうな程高い天井の下、先の見えない程長い通路を進み、暫く歩いて漸く辿り着いた扉の奥。
数台の戦車と軍事品が置かれた格納庫には、本日の上司となる人物が待機していた。
「初めまして。僕は一村、この基地の物資管理を担当してる、宜しくね」
「明日です。よろしくお願いします」
サングラスとヘルメットを身につけている一村と名乗った細身の男に俺は頭を下げる。
「堅苦しいのはなしにして、早速始めようか。とりあえず、それを装着してくれるかい?」
それ、と言って指差された方向を向けば、そこには見るからに重量感のある装備が壁に付いた専用の器具に掛けられていた。
「これは⋯⋯」
「外骨格式強化スーツ。通称"パワードスケルトン"って言ってね。身につければ人並み外れた力を出せる機械なんだ」
"パワードスケルトン"。
口内で復唱し、じっくりとそれを眺める。
肩、腰、脚。重いものを持ち上げる際に酷使する部位には頑強なプロテクターが備えられ、腕や脹脛などはベルトで固定するようになっている。背中には動力源と思しき小型のタンクのようなものが取り付けてあった。
これが事前に説明を受けていた補助装備ということか。
「じゃあ、これを着て。あとこれを被って。ついでにこれも。あとはそこに立って腕と足を合わせてくれるかい?そうすれば自動でくっ付くよ」
「え、あ、はい」
言われるがまま、渡された蛍光ベストとヘルメット、サングラスを身に付け、俺は"パワードスケルトン"が掛けられている器具に登り、腕と足の位置を合わせていく。
すると、ちょうど良いかなと思う位置で器具がひとりでに動き出し、空気が抜ける音が何回か響く。
それからさして時間もかからず、俺は無事に業務用人間と化したのだった。
「うん!よく似合っているよ!」
鏡が無いため何とも言えないが、今の自分を見下ろした限りでは、結構ダサい感じに出来上がってしまっているのではないかと思う。
純粋に褒め言葉と受け取って良いのか迷う所だ。
「無事装着出来たところで、次は動作の確認だ。適当に動いて見てくれるかい?」
「わかりました」
実際に動いてみると、中々に癖が強い感覚だ。装備の重量自体は殆どない。しかし、歩行速度が異様に遅い。上半身は滑らかに動くのだが、下半身がいかんせん鈍い。まるで車のように慣性に逆らい切れず方向転換も難しく、慣れるまでには少し時間が必要そうだ。
「それは業務用だけど元々は軍事用の技術だって噂だ。慣れれば戦車並みの力が出せるかもね」
「なるほど⋯⋯」
一村さんは冗談のつもりかもしれないが、扱いには十分注意しなくては。勢い余って一村さんに激突したら軽い怪我では済まないかもしれないからな。
俺は安全運転の文字を心に刻んだ。
「にしてもいいねぇ、明日君筋がいいよ。初めての人ってよろついたり転んだりする人が多いんだけど」
「え、そうなんですか?」
自分では拙い動きだと思っていたのだが、実はそうでもなかったようだ。これでもマシな方というわけか。
(⋯⋯なんだろう、少し気分が良い)
人は他者より優れていると告げられると喜色を浮かべてしまうものだ。俗物的かもしれないが、事実なのだから仕方が無い。ともあれ、昔から褒められて伸びるタイプだったのもあってか、一村さんが手放しに褒めてくれているうちに、軽くジャンプが出来る程度には慣れ、すぐに合格を頂くに至った。
「よしよし、じゃあ仕事にかかろう」
終始白い歯を見せて笑いかけて来る一村さんは、滔々と仕事内容の確認を始める。
今日の仕事は予定通り貨物の運搬。地下室の貨物を地上まで運ぶらしい。
「予定の貨物はもう少し先にある。案内するよ、ついてきて」
「え⋯⋯あ、はい」
この部屋のものを運ぶんじゃないの。じゃあ何でここでこれ着せたの。
というような疑問も浮かんだが、動きに慣れる練習の為だろうと勝手に自分を納得させた。
「はぐれないように、基地の地下は広いから迷子になるよ?」
「それは勘弁して下さい」
既に迷子未遂を犯している身としては洒落にならない話である。迷ったら死ぬまでここを出られない気さえしていた。
一村さんの後をべったりついていこう。そう心に決めた時だった。
『怪物だぁ!!逃げろ!!にげろおおお!!!』
「えっ」
突然響き渡った屋内放送。それも明らかに切羽詰まった悲鳴だった。
「あ、あの、今のは」
「大丈夫大丈夫。問題ないよ」
「えぇ⋯⋯?」
先程からの陽気な態度を一切崩さず、一村さんは問題ないと言い切り、そのまま歩みを進めていく。その背中には不安や困惑など全く見えず、本当に大丈夫な気がして来た。
しかし、続いて停電が起きたことで、その安堵は失われる。
「いや、やっぱり何かおかし──」
「大丈夫だって、照明はすぐに直るさ」
異常を訴えようとしても、一村さんは取り合ってくれなかった。
防音設備が整っているからなのだろうが、辺りは妙に静まり返っている。
先程スケルトンの練習をしていた時から、もっと言えばここに入った時から音の少なさは変わっていない。しかし悲鳴が聞こえてからは、どうにも不気味に思えてしまう。
俺には嵐の前の静けさに思えて仕方がなかった。
「扉を開けよう」
しかしその静寂は、扉が開かれ、照明がついた瞬間に霧散した。
「こっちだ。戦車に気をつけて。ここは車両用の通路なんだ、轢かれないように」
一村さんが歩き出したというのに、俺はすぐに動くことが出来なかった。
兵士や戦車が基地の奥から続々と外へ向かっていく光景を目にしたからだ。
今日の予定は基地見学ツアーと言っていた。そのデモンストレーションか何かかと思っても見たが、すぐに違うと判断する。
兵士達の表情や話し声から読み取れる空気に、今の俺と同じ不安や困惑が含まれていたのだ。部隊とすれ違う度に、仲間と現状の確認を行う姿を見かける。
どう考えても尋常ではない状況だ。
「おーい明日くーん!どうしたのー?早くおいでー」
心に焦燥が浮かび始めたところに、気の抜けた声で呼びかけられる。はっ、として顔を向けると少し離れた位置で、一村さんが手招きをしていた。
可能な限り急いでそちらへ向かう。
『応答しろ!どうなってるんだ!!』
『食われた!!ジョージが食われた!!』
俺と同じ、"パワードスケルトン"。それも軍用にカスタマイズされたものを纏った兵士の部隊が横を通り過ぎる。その際、彼らが身につけていた無線から悲痛な声が聞こえて来た。
その只ならぬ声に、顔から血の気が抜けていく。
重い足取りで一村さんの元へ辿り着くと、案の定気持ちのいい笑顔を向けられた。
「気にしなくて良いよ、軍人てのはこういう悪ふざけが大好きなんだ」
「そう、なんですか⋯⋯?」
内心では、半信半疑どころか確実に違うと断定している。でも、そう考えている方が、まだ足は動いてくれる気がする。
今すぐ逃げ出したい心を、一村さんの笑顔を励みに奮い立たせて今度は遅れずについていく。
再び、照明が落ちた。
「またかあ、電気のとらぶるかなぁ?まあ、ライトをつければ大丈夫」
ヘルメットのライトを点灯させる一村さんを真似て、俺も肩についたライトを点ける。
横の通路から歩いて来た一部隊を避けつつ、一村さんに着いて通路を横断するとほぼ同時。
ついに地下基地内の警報がけたたましく鳴り響いた。
『非常事態発生!非常事態発生!これは訓練ではない!繰り返す!これは訓練ではない!』
「あれ?本当に、何かあったのかもしれないなぁ?」
ここへ来てやっと事の重大さに気がついた様子の一村さんだったが、だからといって避難をする訳でもなく、変わらず目的地に向かって進んでいく。
「コンバットフレームが来た、気をつけて」
「⋯⋯⋯⋯」
余りにも自らのペースを崩さない一村さんを前に、もはや思考を放棄し始めていた俺の頭は、すれ違う巨大なロボットを見て、前にテレビでやってたやつだ、などと呑気に過去の記憶を遡っていた。
「ここを曲がればすぐだよ。全く、この基地は人間には広すぎるよぉ」
この非常事態の中、まさか貨物の運搬をさせられるのだろうか。
そんなバカなと思いたいが、今の段階で避難の避の字も出てこないところからして、この一村さんなら十分あり得てしまいそうだ。
見捨てて逃げるのは俺の良心が許してくれそうにないので却下。パワードスケルトンを装着しているのだから担いで逃げるか。非常事態なのだから、まさか職務放棄とはならないだろう。軍事基地だし、出口に向かっていればさっきみたいに誰かしら兵士が現れて保護してくれるはず。
一村さんのおかげか、一周回って落ち着きを取り戻し冷静な思考が出来ていた。
「さ、着いたよ」
頭を回しながら歩いていたらいつの間にか目的地に到着していた。
しかし、苦労して辿り着いた一村さんには悪いが、俺の仕事は荷運びから人運びへと勝手に変更されている。そうと決まれば善は急げ。取り返しがつかない事態に陥る前に、とっとと外へ向かおう。ついでに道案内も一村さんに頼もう。
「あの──」
意を決して、声をかけようと口を開いた刹那だった。
「──そう緊張する事ないよ。この扉の向こうが」
俺の言葉を遮って、一村さんは扉の開閉ボタンを押した。押してしまった。
「え」
「⋯⋯!?い、いちむらさ──」
「──うわわああああああ!!!」
俺は、夢でも見ているのだろうか。
そうであれば、間違いなくこれは悪夢の類だ。
さっさと目を覚さなければ。
そう思うのに、俺の意識はずっとここにある。
瞳は面前の光景を映し続けている。
耳は喉が焼き切れそうな悲鳴を拾い続けている。
「たすけてえええええ!!!!ぐあはあああああああ!!!」
「ぁ⋯⋯ぁぁ⋯⋯」
バキバキと、何かが砕ける音がする。巨大な牙に挟まれた彼の身体からは、大凡人間から発されてはいけない音が絶え間なく響いて来る。
動けない。
スケルトンのせいではない。
純粋に、足がすくんで動けない。
さっきまで考えていた内容は全て白紙に戻され、新たに色が加えられることはなかった。
たとえ、何かを思いついて行動していたとしても、結果は変わらなかったのかもしれないが。
「いち、むら、さ」
ぐちゃり。
その生々しい擬音と共に、一村さんの悲鳴は途絶えた。俺の身長を優に超える巨大な蟻が、頭部を丸ごと噛み砕いたことによって。
ぐちゃりぐちゃり。
蟻は味わうでもなく、ただ作業のように口の中へと先程まで爽やかな笑みを向けてくれていた人を押し込んでいく。
俺には、ただそれを見ていることしか出来なかった。
「⋯⋯っ!!」
一村さんを食べ終えた化け物は、くるりと俺の方を向いた。
死。
生き物に宿命づけられた逃れられない概念。
その権化とも言うべき存在が、ゆっくりと近づいて来る。
俺にそれを告げに来る。
「うそ、だろ⋯⋯」
見れば、それは一匹ではなかった。
開かれた扉の奥から、一匹また一匹と数を増やしていく。
気付けば周囲を取り囲まれ逃げ道は既に無い。仮にあったとしても、スケルトンを着ていては逃げ切れないし、そもそも足が微動だにしない。
「死ぬ⋯⋯のか⋯⋯」
あと数秒もしないうちに、俺は一村さんと同じ末路を辿るのだろう。
一秒が数倍にも引き伸ばされた感覚。その中で、脳裏にこれまでの人生がアルバムの写真のように流れて行く。
目標もなく惰性で歩んで来た道のり。言われたことは卒なくこなしたつもりだ。高校も行き、大学も出た。けれど、何故か就職はしなかった。
自分でも正直理由はよく分かっていない。ただ、ふと思ったのだ。このままでいいのかと。一度も情熱を感じない人生のままでいいのかと。
家族には心配された。友にも迷惑をかけた。それでも俺は、生まれて初めてのわがままを通した。
だからせめて、死ぬまでに彼らに謝罪と恩返しをしたかったのに。
「こんな、ところで⋯⋯」
血糊がこべりついた化け物の牙が、もう目の前まで迫っていた。
食われる。
なんの疑いもなく、そう思った。
「撃て!撃て!!」
「っ!?何が⋯⋯!!」
だが、予期していた痛みも苦しみも訪れなかった。
突然の銃声。
俺を食おうとしていた蟻は横から銃弾の雨に晒され、文字通り蜂の巣にされていく。
「なんてデカさだ⋯⋯!!」
「死ね!化け物め!!」
怒声と銃声の主は、四人の兵士達だった。
薄い紫の軍服を纏った人物を先頭に、緑の軍服の三人が隊列を組んで見事な銃撃を披露している。
そうして瞬く間に、死の権化達は物言わぬ屍と化した。
「こいつらは一体なんだ⋯⋯」
「こんな生き物は見たことがねぇ⋯⋯!」
「恐竜の生き残りって訳じゃないよな⋯⋯?」
未知の怪物に対し、思い思いの言葉を口にする兵士達の傍ら、俺は自身に起きた怒涛の展開についていけず放心するしかなかった。
「助かった⋯⋯のか⋯⋯」
誰に言うでもなく、口から漏れた確認の言葉に、兵士達が反応した。
「危ないところだったな?」
「誰だこいつ?」
「え、っと、俺⋯⋯は⋯⋯っ!?」
怪物の死体を銃で続いていた緑の兵士が誰何して来るも、俺はうまく答えられなかった。
助かったという安堵を得られた頭が、先程の一部始終を脳裏に甦らせたさせたからである。
「おぼぇぇぇ⋯⋯!!」
「うわっ!こいつ吐きやがった!」
骨が砕け、血が飛び散り、肉が引き千切られる。
あまりに凄惨な光景に、込み上がって来たものを抑えることが出来ず、俺は蹲って盛大に嘔吐した。
「大丈夫か?お前は民間人だな?」
急に吐き出したにも関わらず、薄紫の軍服の人物、声からして男性であろう彼は、気遣う言葉を掛けながら優しく背中を摩ってくれた。
「⋯⋯なるほど。どうやら惨い場面に出会したようだな。慣れていなければ戻すのも無理はない」
残された血溜まりと肉片を見て、薄紫の軍服の男性は何が起きたのか大体の予想がついたようだ。
「だが、事は一刻を争う。悪いがいつまでもこうしてはいられない。東郷上等兵、手を貸してやれ」
「へえへえ、ったく、しょうがねえなあ」
そう言って立ち上がった彼は青の軍服の一人、俺の吐瀉物から真っ先に距離を取った男性を指名。
彼はやれやれと言った様子で肩を貸してくれた。
「生き残りたければ立ち上がってついて来い。お前に抗う力を、武器をやる」
人の死を、それも目を背けなくなる程残酷なものを直視してしまった俺にとって、その言葉は正直厳し過ぎる。
だが、死にたくないのは事実だ。
(出来る事はなんでもやってやる⋯⋯)
俺は怯え切った心を、足を叩いて鼓舞した。
──────────
周囲を警戒して貰い、尚且つ言うこと聞かない足のために補助まで受けて俺達は武器庫に辿り着いた。
ここまで来て漸く一人で立てるようになった俺は、世話になった東郷さんにお礼をしてから此方に視線を向けている薄紫の軍服の男性、この分隊のリーダーである
彼は現在の状況を大まかに説明し始めた。
「非常事態だ。基地に怪物が侵入した」
「あの蟻みたいなやつですか」
「そうだ。怪物の数は不明。正体も不明。どうやって地下に入って来たのかもわからない」
彼らの置かれた状況は俺とそう変わらないらしい。一体何が起こっているのか皆目見当が付かない様子だった。
軍曹は僅かに肩を落とす。
「地上とは連絡が取れず、俺達は、孤立している。救援部隊が到着するまで、自力で身を守るしかない」
「⋯⋯」
「民間人を護るのが軍人の務め。守ってやる⋯⋯と言いたいが⋯⋯。敵の正体がわからない以上、約束は出来ない。だからお前にも武器を渡しておく」
軍曹は悔しそうに口元を歪めながら、武器を差し出した。
まだ知り合って間もないが、言葉の節々から彼が誠実で生真面目な人間であることはわかる。そんな彼は本来であれば庇護の対象である俺に武器を渡し、あろうことか戦えと言わなければいけないことが許しがたいのだろう。
だが、気に病む必要は無い。彼だって歴とした被害者であり、俺は既に一度命を救われている。その恩を思えば、触れた経験も無い武器を振り回し、命を危険に晒して怪物と戦うことを躊躇いはしない。
何より、もう目の前で誰かが死ぬ姿は見たくないから。
「⋯⋯」
俺は決意を込めてヘルメットの下に光る瞳を見つめ返し、迷いなく差し出された武器、"ブラストホール・スピア"を手に取った。
多少なりとも忌避感を示すとでも思っていたのか、軍曹は意外そうに、ほう、と声を漏らした。
「いい面構えだ。ここから先、何が起きるかわからない。いざというときは、その武器で自分の身を守れ。使い方はこれから教える」
後方に振り返った軍曹は、おい、と部下達に声をかける。
「これで最後、と。準備出来ましたよ」
「ご苦労。よし、民間人、俺の指示に従ってまずはそれを装備しろ」
「りょ、了解です」
俺は軍曹の言葉の通り、複雑な機構に四苦八苦しながらも左腕に"ブラストホール・スピア"を。右腕には"ディフレクション・シールド"を装着した。
「おお、案外様になってるじゃないか」
「確かに。初めて武器を持ったとは思えない風格があるな」
軍曹の部下、東郷さん以外の二人が褒めてくれた。自動的に胸が軽く沿った気がした。
「俺達の本職は"レンジャー"、つまりは一般の歩兵であるからお前が装備した"フェンサー"の武器についてあまり詳しくない。だが、基本的にやることは同じだ。今から言うように動いてみろ」
「了解」
その後、俺は軍曹の部下さん達が用意してくれた的を"ブラストホール・スピア"で貫いていった。根本は銃と変わらない。持ち手の先に付いた引き金を引くことで、内部に仕込まれた槍が突出。肉眼では捉えきれない速度で伸縮し、命中すれば一瞬で標的を破壊出来る。加えて、"パワードスケルトン"の真価は専用の武器を装備することで発揮されるようで、スケルトンの背部には高出力のブースターが装着され、これにより地上を高速で移動可能となった。左手の盾はとりあえず構えておけば問題ないということだ。言葉通り、原理などの詳しい説明はなく、若干適当な部分も見受けられたが、大体の使用方法と挙動は把握出来た。軍曹にも筋が良いと褒めて貰えたので、少なからず足手纏いにはならないはずだ。
(まさか自分にこんな才能があったなんて、ここに来なければ一生知る機会はなかっただろうな)
嬉しいような、悲しいような。表現し難い気分だった。
「少しは戦えるようになったな。よし、そろそろ動くぞ」
「弾薬は持てるだけ持ちましたよ」
「銃も一人二丁ずつ。グレネードは危ねえから置いてくぞ」
俺が射撃訓練を見学する傍ら、持ち出す装備を吟味していた二人が準備完了の報告を行う。グレネードというと、やはり手榴弾だろうか。
天井は高く、通路の幅も広いとはいえ、広範囲を吹き飛ばす爆発物は味方への暴発が懸念される。持っていかないのは素人目で見ても懸命な判断だと思った。
とはいえ、俺も偉そうなことを言ってはいられない。狭い空間では誤射の確率が著しく上昇するからだ。彼等が纏うアーマーはEDFの技術の粋を集めた特別製で、拳銃の弾丸程度ではびくともしないと説明を受けたが、俺が使うのは破壊力抜群の"ブラストホール・スピア"。掠っただけでも命に危険が及ぶ。おまけに、俺を囲むような隊列を組んでの行動になる為、危険度は更に上乗せされる。はっきり言って、俺がこれを撃つのは本当にどうしようもなくなった場合に限るのだ。
そんな時が訪れないことを祈るばかりだが。
「警報システムが起動したせいで隔壁が下りています。予定のルートは通れそうにありません」
「問題はない、俺なら隔壁のロックを解除出来る。全員でここから脱出するぞ!」
奥の扉を調べていた部下さんが合流し、俺達五人は愈々脱出を敢行することになった。
「俺が先頭を進む。周囲を警戒しながらついてこい!」
軍曹は部下三人に改めて指示を出し、次いで俺にもう一度注意を促す。
「民間人!怪物と遭遇するかもしれない。最後の最後に自分の身を守れるのは自分だけだ。それを忘れるなよ?」
「⋯⋯はい」
目の前で人が食われた。
その経験から、軍曹の言葉の意味が明確に理解出来た。
俺はちらりと左手の槍に目を向ける。
黒い筒状の武器。現状、あの怪物に抗う唯一の力。
短い付き合いになるかもしれないがよろしく、と心の中で槍に挨拶をして。
咄嗟に引き金に手を掛けられるように、俺は何度も手の位置を変えて最適な一点を探すのだった。
一村さんの死が、主人公にもたらすものとは...!
いやあ、この作品てなかなかに絶望的ですよね。
なので真面目でシリアスな話が多くなってしまいそうです...。
因みに一村さんの名前は"第人"とかにしようとしてました。てへぺろ。