其は明日を鎭る者   作:へっこむす

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大変ご無沙汰しております、どうもへっこむすです。
最後に投稿してから約十ヶ月、リアルにしばき倒されている間に6が発売してしまったとです!
なので今更5のお話に興味がある方がいるのかは謎ですが、中途半端になってしまっていたのが寂しかったので更新!!



破られた平穏 2

 気持ちは半ば自棄くそに、しかし明確な狙いを持って振りかぶった左腕を突き出す。

 スピアは寸分の狂いなくそれに応え、道路中央にいた二匹を穿つ。飛び散る体液を見ながら、血液と違い臭いがないことをありがたいと思った。が、そんな考えは左半身を襲う衝撃により霧散する。打ち出したスピアが戻って来たのだ。

 俺は衝撃に抗うのではなく、両足の膝をクッションに左足を半歩引くことで吸収、体の向きを十度程左へずらす。その時点で左腕は反動で背部へ打ち上げられている。

 上半身のバネが生み出す力も乗せたそれを突き出せば一撃目よりも強力な攻撃が放たれ、左脇から詰めてきた三匹を仕留めた。

 

(でもまあ)

 

 案の定、空いたスペースは蠢く黒によりすぐさま塗り潰されてしまう。

 

『民間人!正面と右は任せろ!!お前と流川は左をやれ!!」

「っ!了解!!」

 

 しかしその頃には優秀な軍曹達はリロードを終えていて、無線から指示が飛んできた。

 一片の疑いもなくそれに従い身体を動かす。

 ただ、今回は昨日と違い、車や信号、電柱や縁石など障害物が多い戦場。

 不揃いに並んだ車の間を縫うのは思った以上に難しく、万一縁石に躓けば致命的な隙になる。攻撃を避けた先に信号や電柱が有れば、スケルトンのおかげで俺は無事かもしれないが、もし倒してしまった場合他の誰かが怪我をする危険がある。

 要するに縦横無尽の動きが封じられているのだ。

 

(だからこその左、か)

 

 国道を埋め尽くす怪物の群れ。奴らが壁を物ともせず移動するのは地下で既に知っているので、建物を軽々乗り越えて来る姿に驚きはない。

 しかし、俺が任された左方向には広めのコインパーキングや公園などが設置されているため比較的開けていてそういった個体は少ない。地を這っていて狙いがつけやすい敵ばかりだった。

 軍曹は態々戦い易い方を任せてくれたのだ。

 だからといって、気を抜ける状況では全くない。相手は一匹、二匹ではないのだ。スピアで攻撃するにはある程度近づく必要があり、その際に僅かでもしくじれば、忽ち囲まれ食い散らかされるか液状化の末路が待っている。

 死は常に、目と鼻の先にある。

 

(なのに⋯⋯)

 

 どうしてか、無理だとは思わなかった。

 根拠のない自信ではない。俺にはこの場を切り抜けられるという確信があった。

 恐怖は一切感じない。

 巨大な体。ギラつく牙。人を液体に変える酸。

 そのどれに対しても、もう怖いとは思えない。

 少し前まで吐き気を催していたはずの身体は既に回復。不快感も倦怠感もなく、眠気すらも吹き飛んだ。

 心はどこまでも柔らかく穏やかだ。

 怒りはある。憎悪もある。しかしそれに飲み込まれるのではなく、全てを等しく燃料に変え、身体を満たして滾らせる。

 頭も澄み渡る空のように爽やかで、思考は円滑に巡っていて、四肢の機微どころか、頭の天辺から足の指先までの感覚がはっきりしている。今なら全身を流れる血液の量まで計れそうだった。

 スピアを振る寸前から、明らかに何かが変わった。

 

(⋯⋯まあ、いいさ)

 

 武器が馴染んでいるのと同じことだ。役に立つなら忌避する必要はない。

 今重要なのは一人でも多くの人を助けること。

 やることは一つ。

 一匹でも多く奴らを。

 

「ぶっ殺す!」

 

 俺は獣のように吠えたあと、少し後方にいる流川さんへ向けて声を飛ばす。

 

「流川さん!俺が惹きつけつつ数を減らします!!」

『わかった追従する!存分に暴れてやれ!!』

「はい!!」

 

 流川さんへ背中を預け、俺は敵右翼の端、向かっての左方向のパーキングから回り込んでくる怪物に照準を合わせる。

 進路上に障害物がないことを二度確かめて、ブースターに火を入れる。

 

「すぅー」

 

 俺達が作った時間を使い少し後方に下がった消防隊は、遠距離から消火活動を継続している。そのため、戦場には水気が多くなりつつあった。おかげで黒煙の影響は少なくなり、気兼ねなく息を吸える。

 アスファルトが濡れた際の独特な匂いを感じつつ肺を酸素で満たしながら、小刻みな浮遊感を三度味わえば、敵は目と鼻の先にいた。

 もはや呼吸をするかの如き自然な動きで左腕を振る。

 あっさりと最右翼にいた二匹が爆散した。

 

(右⋯⋯三体⋯⋯)

 

 目だけを動かして、一瞬の内に攻撃態勢に入っている怪物の数を確認。なるべく多くを誘引する意図もあって、敵の波を横切り左端を叩いたので、正面から左側にかけてこれ以上敵はいない。障害物も五メートル四方にはない。

 右側に広がる敵影の中、噛みつこうとしているのが二体。酸を吐こうとしているのが三体。

 研ぎ澄まされた思考は、鈍化した世界の中で冷静な判断を下す。

 今援護に回ってくれているのは流川さん一人。流川さんは当然酸を吐こうとする個体を狙う。だが幾ら流川さんが優秀だとしても、倒せるのは精々二体が限度。最低でも一体分の酸は飛んでくる。

 すぐに身を隠せる場所は止まっている車のみ。だが、それもあの酸の前では紙同然。

 

(となると)

 

 接近する二体を跳ね返りを利用して迎撃、するところを変更。スケルトンの剛力に物を言わせ、反動を無理やり抑え込んで更に前進を選択。その際足が浮く瞬間を見計らい、右足を地に付けることで軸を形成。それを頼りに下半身を捻り直角に向きを変える。

 その後着地を経て、間髪入れず上方へ跳躍。今度はブースターを使わない、スケルトンの脚部補助のみの純粋なそれ。右目の隅で一種前に立っていた地面が溶けるのを捉えつつ、膝の高さほど身体が浮いている状態でスピアを突出する。

 踏ん張りの効かない空中で威力を発揮しきれるかという不安はあった。

 ぶっつけ本番の行為。最悪右手の盾で凌ごうと考えていたが、さすがはEDF印の兵器。二体が吹き飛ぶ姿を見て杞憂だったと安堵する。

 元々右斜め前にいた個体が左前から迫る音がするも、打ち出した際と戻る際の反動により、支えのない身体は物理法則に従い後退。車止めなどの障害物にも接触せず、無事三メートルほど後方で着地すれば、目の前には横腹を晒す怨敵の姿。

 二度敵の焦点を逸らしたことで僅かながらも猶予が生まれた。次に攻撃を仕掛けようとする個体は、横から流川さんの射撃に晒され沈んでいっている。

 猛攻のチャンスが訪れた。

 

「ふぅー」

 

 止まっていた息を吐きながら、残弾を意識する。

 スピアの弾数は八発。ここまで撃ったのは四発。残るは四発。

 計算するのに一秒もかからなかった。

 

「すぅー!」

 

 筋肉に酸素を送りながら渾身の力を乗せ左腕を振り抜き、面前の無防備な敵を後ろの二体ごとぶち抜く。これで五発。

 更にコンマ数秒で帰還したスピアを、一秒かけて威力を増しもう一撃。これで六発。

 リロードが頭を過る。

 その間に、さすがの瞬発力というべきか、目に見える敵のほぼ全てが此方に向き直っていた。

 

「感情のない生物兵器、ね」

 

 明らかに本能で動いている奴らには恐怖もないのだろう。だから躊躇なく突撃し人を殺せる。おまけにいつまでも続く攻撃行動からして、疲労の概念があるのかすら疑わしい。

 空想世界では珍しくもなかったその存在が、現実ではどれだけ恐ろしく、残酷で、厄介であるかを身をもって知った。

 

「でもそう簡単に殺されてやるつもりはねえ」

 

 ちらりと横目で流川さんの位置と行動を視認。

 狙い通り大部分は俺に殺意を向けてくれたので、流川さんに向かう敵は少なかった。

 俺の移動距離は射撃範囲に収まっているようで、位置は初期から変化はなく、スピアでの攻撃に合わせ、彼はリロードを挟んだようだった。次の弾倉を嵌め込むのを見届けてから、俺は目を正面に戻す。

 敵右翼へ向けて撃った四発。特に後ろの二発は力を込め狙いを定める余裕と、怪物が密集していたこともあり予想以上の被害を与えた。

 流川さんの撃破数も加算され、黒の波は目に見えてその勢いを失っている。

 

(⋯⋯だが間に合わない)

 

 思考の端で、リロードに必要な時間を算出する。

 幾つが並んだボタンの一つ、折り畳みに使うものの一つ前にあるそれを押すとスピア下部の一部分が開き、装着してある弾倉が抜ける。そこへ装填するには、一度銃の向きを縦にして右手で代えの弾倉を差し込まなればならない。

 故に右手を自由にするために盾を折り畳む時間と、もう一度展開する時間。間に腰のベルトから弾倉を取り出し嵌め込む時間も考慮すると、全肯定を完了するのに必要な時間は、二秒と少し。

 残念ながら、敵の速度からしてこの場でリロードを熟す時間はない。ならばそのための隙を残りの二発で作り出さなければならない。

 

(⋯⋯⋯⋯いや、そうじゃない)

 

 あと二発で、俺一人で。

 そんな傲慢な考えに支配されそうになった頭を振る。

 初めて戦場に立ってからまだ一日。そもそも正規兵ですらない俺なんぞよりもよほど頼りになる人が、背中を守ってくれていることを思い出したのだ。

 

「リロード入ります!」

『任せろ!援護する!!』

 

 流川さんは俺の言葉を予期していたのか、素早く攻撃の仕方を切り替えた。一匹ずつ的確に仕留める射撃から、前に出ようとする個体へ数発ずつ弾を配ることで、全体の足を遅らせる射撃へ。

 その射撃は確実に敵の動きを鈍らせ、現状でも間違いなく三秒は余裕が生まれている。

 そこから更に残りの二発を使い、流川さんが次に狙わない部分に槍を放ち破壊。三秒を五秒に延ばす。

 隙が生まれたと認識次第、即座にスピアの持ち手のボタンを押し空の弾倉を取り外すのに合わせ、盾のボタンも押して一時的にそれを収納。自由になった右手で腰に付けたマガジンを手に取り、銃口を空へ向けたスピアの下部に差し込む。最後にもう一度両手のボタンを押せば、盾は展開されスピアは使用可能となった。

 

(こんな感じか)

 

 部隊での戦闘における大まかな流れ。これを続けていければ、いずれ敵を殲滅し明日を迎えられるのだろう。

 こんな状況で続けていければの話だが。

 

(⋯⋯上等だ)

 

 親より先に命を落とせば、行き着く先は地獄だと何処かで聞いた。

 だが生憎と、俺は地獄なんぞに興味はないし、こんなところで死ぬつもりなどさらさらない。

 親への恩返しだってまだ何も出来ていない。お前は凄いやつだと、あいつに伝えられていない。友人達に対しても精算していない貸しや借りが残っている。

 今思いつくだけでもこれだけやり残していることがあるのだ。死んでたまるものか。

 だが、命惜しさに後方へ下がる気もない。

 俺が一匹でも多くの怪物を倒せれば、その分救われる人達がいる。ここでなら、俺は誰かの役に立てる。そう考えたら、尻尾を巻いて逃げる選択肢は早々に消え失せた。

 結論、俺の代わりにこのデカブツどもを片っ端から地獄に送ってやる。

 

「覚悟しやがれ!!」

 

 閻魔様によろしく伝えてもらうべく、八発に戻った残弾のうちの一つを、また密集し始めた怪物に撃ち込んだ。

 

 

──────────

 

 

 その後、射撃、回避、再装填の流れを繰り返すこと三度。

 

「おまえで、最後!!」

 

 幸い此処で俺の命が潰えることはなかった。

 駐車場に停められていた車の上に登った怪物を爆散させたところで、俺達が受け持った左方面の敵が全滅した。

 だが、ここは戦場。任された仕事を終えたからといって満足してはならない場所だ。

 念のため周囲を見回し残敵がいないかを確認してから、思いの外離れた位置で未だ銃撃音を響かせている軍曹達の方を見る。

 

「なっ!?」

 

 自然と驚愕の声が漏れた。

 そこには、まだかなりの怪物が蔓延っていたからだ。

 戦闘開始からそれなりの時間が経過しているにも関わらず残存している敵数は、軽く見積もっても俺達が倒した数より多い。死骸の山も含めれば、軍曹達がどれだけの量を相手にしていたのか大凡の予測は立つ。少なくともこっちの倍以上はいたはずだ。

 加え、住宅が密集していて敵を狙い難いのも戦闘の長期化に繋がっている。狙いを定め銃撃しあと数発で倒せる個体が運悪く物陰へ隠れてしまったり、車の上に乗った個体を狙うも射線に住宅が重なってしまい断念せざるを得なくなってしまったり、戦い辛いことこの上ない。おまけに予期せぬ位置から突然顔を出す怪物が多々おり、急な目標変更も必要となっている。

 ここからでも視認出来る軍曹達の表情が、状況の悪さを物語っていた。

 

(早く援護に⋯⋯っと)

 

 焦燥に駆られ、一も二もなく助太刀に向かおうとレバーを引く寸前。流川さんに確認していないことに気がつき咄嗟に停止する。

 報、連、相は社会に於いての必須事項。リロードの傍らすぐさま無線を繋ぐ。

 

「流川さん!軍曹達の援護に向かいますか?」

『え、あ、あぁ、勿論だ』

「了解です!では俺は一足先に向かいます!!」

『は!?ちょ、おいま』

 

 確認が取れるや否や、引き掛けていたレバーを全力で引き、軍曹達の下へと急ぐ。

 その最中で、再び右の持ち手のボタンの一つを押し、通信先を流川さんから軍曹へと変更する。

 地下で一村さんに支給されたサングラスは、なんとレンズ部分が電子パネルになっていて、正規の手続きを踏めば情報が共有されるらしい。戦略情報や地図、敵の位置まで表示してもらえるとかなんとか。

 おまけに無線機と連動可能という優れもので、事前に他の無線機を登録しておくと、ボタン一つで個人無線の通信先を変更出来る。だからEDFの隊員は皆これで目を覆っているのだ。

 俺は無線機能だけを開放してもらっている。

 機密情報漏洩防止のため、残念ながら戦略情報や地図は見れない。ただそんなものがなくても、優秀な碇軍曹の指示に従っておけば問題はないので全く気にならなかった。

 グラス端に表示されていた2という数字を切り替え、その軍曹の登録先である1になったことを確認して、再度通信する。

 

「碇軍曹!此方は片付いたので今からそちらに向かいます!」

『そうか!よくや⋯⋯か、片付いた、のか?」

「⋯⋯?はい、一匹残らず」

 

 戦闘中だというのに、軍曹は此方を二度見した。

 

「⋯⋯よ、よくやった。では援護を頼む」

「了解しました!」

 

 らしくない様子と戸惑い混じりな声音に違和感を感じつつも、命令に従い俺はまたしても怪物との戦闘を開始する。

 敵は国道に沿って後退しながら射撃する軍曹達しか見えていない。

 後方に建物がない路地前に突っ込み、手始めに波の横腹へ向かって速度を乗せた渾身の一撃を叩き込む。槍は三、いや四匹を纏めて粉砕。先と同じく身体の向きをずらしてもう一振り。追加の三匹を仕留めたことで、縦に伸びた波のちょうど中央辺りにぽっかりと穴が空く。

 だが、怪物たちもやられてばかりではいてくれない。文字通り横槍を入れた俺に対し、周囲の殆どが敵意を向けて来た。

 

(こいつら、仲間の死を伝達してるのか⋯⋯?)

 

 ある程度離れた位置にいる個体すら、ほぼ同時に此方へ向いたところを見るに、おそらくひょこひょこと動く頭に付いた触覚が迅速かつ円滑な情報伝達を可能にしていると思われる。見た目に違わず、虫のような奴らだ。

 もっと愚鈍な生物であればよかったのにと心から思う。

 

(だけど、こいつらに思考回路はない)

 

 何よりも厄介なのは頭を使える敵だ。此方と同じく策略を立て、連携し、臨機応変に対応されれば手の施し用がないが、奴らはそうではない。連帯感はあれど、それは連携とはまた違う。結局は本能のままに行動する獣、いや警戒心がない分それ以下の存在だ。やりようは幾らでもある。

 

「軍曹!こいつらをさっきのパーキングまで引っ張ります!」

『何!?それは⋯⋯』

 

 一秒程度、軍曹は沈黙する。

 

『いや、そうだな。ならまた流川に援護させる!そのまま行け!』

 

 てっきり反対されるものかと思ったが、出された答えはゴーサイン。

 用意していた反対された際の文言が無駄になったと少し拍子抜けしつつ、俺は即座に返事を返し、怪物達を扇動する。

 

「ついて来い虫けらども!!」

 

 別段挑発に乗った訳ではないのだろうが、奴らは意気揚々と俺を殺そうと迫って来る。

 こういうあからさまな戦力分散を図っても、易々と引っかかってくれる。それだけが唯一の救いかもしれない。

 そんなことを思いながら、目標地点まで辿り着いた俺は六度目のリロードへ向けてスピアを擊ち出す。

 

 割と大量の怪物を惹きつけられたことにより、軍曹達に余裕が生じ、殲滅速度は飛躍的に上昇。

 結果、今回のリロードはたったの一回で済んだ。

 

「皆さん!!今のうちに避難を!」

 

 戦闘終了直後、もう一度周囲の人達に避難を呼びかける。

 車の中で震える人。住宅やコンビニ、ファミレスの内部から外の様子を窺っている人。逃げようと試みて転倒したのか、地べたに座り込んで動けなくなっている人。凄惨な戦場を見て嘔吐(えず)いている人。中には通学途中だったのか、ランドセルを背負う子供や制服姿の学生も。

 目で見える範囲には、まだそれだけの人が残っていた。消防の尽力により、火は消し止められたので火に巻かれる心配はなくなったとはいえ、見た限り塔はまだ一本も破壊されていない。いつまた怪物が押し寄せてもおかしくない状況であり、当然迅速な行動が求められる。

 声が届いていない場合も考慮して屋内の人達には身振り手振りを加えて避難を促しつつ、一番近い位置で尻餅を付いている初老の男性の下へ向かう。

 

「大丈夫ですか!!」

「あ⋯⋯あぁ⋯⋯」

 

 身につけたスーツは煤で軽く汚れてしまっているものの、見たところ怪我はなく俺は安堵の息を吐く。

 ただ、その男性の返事は何処か上の空で、茫然自失の状態だった。

 周囲は地獄絵図。それを目にしているのだから極めて自然な反応だろう。

 何度か味わっている俺ですら、戦闘を終えてからまた吐き気が戻りつつあるというのに、目を逸らさずに眺めていられるだけ凄いと思う。

 それか、巨大な怪物が街を襲っている現実に頭がついて来ていないだけかもしれないが。

 

「立てますか!」

「あ⋯⋯あぁ⋯⋯」

「なら早く逃げましょう!さあ手を取って」

「ぁぁ⋯⋯」

「⋯⋯まいったな」

 

 よほどの衝撃だったのか、返事はあるものの一向に動く気配がない。無理やり連れて行くことも可能だが、どうしたものか。

 

『民間人、その男性の様子は?』

「あ、はい軍曹。どうやら腰が抜けているだけのようなのですが⋯⋯」

 

 肩に手を置いて軽く揺さぶってみても変化はなく、困り果てていると軍曹から無線が入る。少し離れた位置にいる軍曹達の方へ顔を向けると、彼らも手分けして逃げ遅れた人々を介抱なり誘導なりしている最中だった。

 力ずくで連れて行ってもいいものか軍曹に指示を仰ごうと口を開くもしかし、彼が話す方が早かった。

 

『軽傷者は警察と消防、先程到着した救急隊に任せろ。お前はその足で重傷者の捜索と見つけ次第の移動を頼む。上の命令は怪物の処理だが、これを見過ごすのは俺の気がすまない』

「っ!了解です!」

 

 少し気が抜けていたところに険のある声が飛んできて、軽く肩が跳ねた。

 俺の拙い知識では、軍は規律が何よりも重視され上官の命令に反くなど言語道断である、という認識だったのだがEDFではそんなこともないのだろうか。

 それとも、罰則を受け入れてでも怪我人を助けるつもりなのか。

 

「じゃあ俺はパーキングの先を見てきます!」

『ああ、任せた。警戒を怠るなよ』

 

 軍曹の声音から感じる確固たる意思から察するに、おそらく後者だ。厳罰覚悟の命令。彼の情に厚い性格を考慮すれば、容易に想像出来る判断だとは思う。

 

(けど、多分⋯⋯)

 

 これはあくまで漠然としたもので推察と呼ぶにも烏滸がましく、つまりは勘というやつなのだが。

 軍曹が人々を助ける理由はそれだけではない気がする。

 俺も含め、軍曹は警護対象に対して並々ならぬ意志を向けている。がそれは勿論、強い正義感や責任感が表出した結果ではあるのだろうが、もっと別の何かがそうさせているように見えるのだ。

 例えるならば、そうしなければいけないという義務感のような。  

 それは俺の戦う理由である、他人の役に立ちたい、他者が傷つく姿を見たくない、とは似て非なるもの。

 軍曹には、ふとした瞬間身を投げ出してしまいそうな危うさを感じた。

 

(気のせいだったなら、別にいいんだけど──)

「すいません!そこの力持ちの兵士?さん!手を貸して貰えませんか!!」

「⋯⋯⋯⋯あ、え、あ俺か!!今すぐ行きます!!」

 

 要らぬ思考に沈んでいたことと、兵士さんという初めての呼ばれ方であった為反応するのに少し時間がかかってしまった。

 声の主は橙色の消防服を纏った男性。彼の側には倒れた信号機の下敷きにされている一台の軽自動車があった。

 急いで近づいてみると、信号機は怪物の酸により根元が溶かされ倒れてしまったようだ。

 一瞬、戦闘中にやらかしたのではないかと肝を冷やし、そうではないとわかって安堵した浅はかな自分に嫌悪感を抱いた。

 

(⋯⋯余計なことを考えている時間はない)

 

 一度首を振って邪魔な思考を捨てる。

 幸運にも潰されたのは後部座席で、運転手に怪我はない。だが、ドアが変形して中に閉じ込められてしまっていた。

 まだ間に合う。この人のように、急げばまだ助かる命がある。消えかけた燈をまた輝かせることが出来る。

 

(でも焦るな。焦りは致命的なミスに繋がる)

 

 そう自分に言い聞かせて逸る心を鎮めながら、変形した助手席のドアノブに手を掛けた。

 




因みにへっこむすは未だ6の世界を知りません!
ので、展開に矛盾が生まれたらごめんなさい!!
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