其は明日を鎭る者   作:へっこむす

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今年も残すところあと一月となりましたね、どうもへっこむすです。
いやぁ、あと一週間は早く更新できるはずだったのですが、とある地方へ旅に出なきゃ行けなくなりまして、遅くなってしまいました。
パルデアって言うんですけど、知ってます?


破られた平穏 3

 

 

「ご協力感謝します!」

「いやそんな此方こそ!あとはよろしくお願いします!!」

 

 恭しく敬礼する消防隊の隊長らしい方に、此方も一応敬礼を返す。

 見様見真似でやってみたものの、本職から見れば形もキレも悪く及第点は貰えないだろう。でも不快感を示すどころか隊長は眉一つ動かさなかった。

 

「ご武運を!!」

 

 そう言い残してから、彼はキビキビした動きで、瓦礫に埋もれてしまっていた最後の重症者と、それを運ぶ消防隊員達と一緒に後方へ下がっていく。

 彼らの後ろ姿は貫禄があって、非常に頼もしく何よりかっこいい。

 命を護る男達の背中。

 それはどうしようもなく、俺の理想の姿だった。

 

「ご苦労だったな、民間人」

 

 自分には真似出来ない姿を眺めて暫く呆けていると、軍曹達がやって来た。

 その背後には、他の車のせいか一際大きく見えるグレイプの姿がある。弾薬補給と移動のため、俺が作業している間に空閑さんが取りに戻ったのだ。

 

 みんなの顔や服は煤や血、怪物の体液によって汚れてしまっていた。最前線で戦った分、消防隊の人達よりも酷い。

 そんな彼らは、この場においてもやはり優秀だった。

 軍曹の統率力とカリスマ性はやはり別格で、自然と周りの人達は彼に従った。避難経路の確認、避難先の選択、避難の順序、避難後の対応。如何なる指示も常に的確で、他機関との連絡も密に取り合い、誰もが十全に力を発揮出来る場を常に作っていた。

 流川さんは医学の心得があるようだった。それを活かし、傷の度合いを正確に把握。重症者の搬送優先を徹底させ、危険な状態の人にはその場で簡易的な手術すら行って見せた。彼によって三途の川から引き戻された人は数え切れない。

 空閑さんは輸血のための血や道具、救護者運搬のための担架を運んだ。昨晩まであった暗い表情は既になく、与えられた役割をひたすらこなしていた。足の速さもさることながら、人混みを縫う技術が尋常ではないほど高く、他の運搬係の五倍の量は運んでいただろうか。

 東郷さんは空閑さんを手伝いつつ、持ち前の明るさで場を盛り立てる。

 そんなもんかすり傷だ。

 寝て起きたらよくなってる。

 明日の朝飯はなんだろうな。

 俺達に任せておけ。

 ありきたりな台詞だが、彼が発すれば不思議と大丈夫なのかもしれないと思わせられる。

 心に傷を負った人達にとって、それは何よりも励みになったはずだ。

 

 指示に従って、ただただ重いものを持ち上げていた俺なんぞよりも貢献度は遥かに高い。比べることすら烏滸がましい。

 もし彼らがここを見捨てていたら、これほど早く救護活動は終わらなかっただろう。

 

「⋯⋯彼らと一緒に下がってもいいんだぞ?」

 

 余程一緒に行きたそうに見えたのか、軍曹はまた俺を下がらせようとする。

 しかし申し訳ないけれど、答えは変わらない。

 

 グレイプを出る前にも思ったこと。

 ここなら、俺は誰かの役に立てる。

 その想いは救護活動を経てなおのこと強くなった。

 消防隊や救急隊の面々から頼られ、救出した人々から感謝の言葉をかけられて。

 そういう場面でないことはわかっている。

 人の命がかかっていて、一刻の猶予もない。既に命を落とした人も数知れない。

 なのに。

 なのに俺は、嬉しいと思ってしまった。

 命を護る一端を担えたことが、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

 

 だから必然、俺の答えは決まっている。

 

「なんだよまだそんなこと言ってんのか?」

 

 しかしそれを答える前に、東郷さんが声を出した。

 

「そうですよ軍曹。さっきの戦い見ましたよね?正規兵も目を剥くほどの動きだったじゃないですか」

「だな、全くもって驚いた」

 

 空閑さん、流川さんが手放しで褒めてくれる。

 さすがに正規兵には勝てないだろ、と思いつつも、内心結構喜んでいたりする。

 

「皆まで言うな⋯⋯俺だってこいつの力は認めている。お前達がこいつの味方なのも十分理解している」

 

 さすがに三回目ともなると、軍曹はやれやれと言った様子だった。

 

「だがいいのか。この先には、ここよりも酷い地獄が広がっているはずだ。それを目の当たりにする覚悟はあるか」

「っ!」

 

 これ以上に凄惨な現場が待ち受けている。

 その事実に、俺の心は軽く揺らいだ。

 出来るだけ見ないようにしているが、周りにはまだ形を失った死体が幾つも落ちている。

 戦闘を終えてアドレナリンが落ち着いたからか、ただでさえまた少し、気分が悪くなり始めていたこともあって、揺らぎの幅が大きくなった。

 だが、考えてみればここより犠牲者が多いのは当然のことだろう。

 塔の落下地点周辺にいたなら、間違いなく命はない。落下の威力はコンバットフレームすら破壊する。家の中にいたとしてもまず助からないだろう。

 そして続け様に襲い来る死の狂濤。

 渋滞により車は使えず、使えたとしても多分逃げきれない。

 通勤時間帯の今、都心からはまだ遠いとは言え、この街はそれなりに栄えていて、その分住人も多い。本来なら、もっと救護活動に手間取ったはずだ。にも関わらず、これ程までに早く終わった最大の理由。

 逃げて来る人が、いなくなったから。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 この先には駅や商業施設など、人が集まる環境がある。

 おそらく俺の拙い想像力で描く阿鼻叫喚の地獄絵図よりも、遥かに惨い光景が待っているのだろう。

 正直、それを目にする度胸も覚悟もあるとは言い難い。

 そもそも覚悟なんてものは生まれてこの方、俺が目を背けてきたものの代表だ。

 何かを決断しなければならない時、覚悟がないから何も決められない。誰かを助けたくても、覚悟がないから踏み込めない。

 過去にはそれで痛い目を見たし、直近では二年もの間燻り続けることになった。

 でもだからこそ、今こうして戦場で生き延びている事実に驚く。

 誰かの役に立ちたい、誰かを護りたい。

 その想いをがむしゃらに行動へ反映しただけで上手くいっている。冗談抜きで、俺はこの為だけに産まれてきたのかもしれないと考えるほどに。

 

「俺は──」

 

 

─────!!

 

 

「──っ⋯⋯!」

 

 もう一同考え直した末、再度答えを示そうとしたその時、街の中心部から響いてきたドンという大きな音によりまたしても中断させられる。

 腹の奥まで届く振動で肩が震えた。

 

「⋯⋯まさか日本の街中で砲撃音を聞くことになるとはな」

 

 軍曹は音のした方向へ顔だけを向け、苦々しさを隠そうともせず呟いた。

 その間も、ドンドンと連続して音は途切れず、おそらく着弾したと思しき爆発音も聞こえてきた。

 

「だがこれで、一本は確実に折れるだろう。お前の加勢がなくてもEDFは負けん」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 お前は必要ない。

 場合によってはそう捉えられる言葉だが、今回は違うと断言できる。

 これは軍曹の優しさだ。

 今ならまだ引き返せる、言外にそう告げてくれている。

 もちろん、軍曹自身の望みも多分に含まれているのだろうけれど、俺への気遣いが何よりも大きいことは柔らかい声音だけでよくわかった。

 

(バカだな、俺は⋯⋯)

 

 本当に愚かしいと思う。

 これだけ気にかけてもらって、逃げ場まで用意してくれているのに、それを使おうとは一切考えていない。

 自分の我儘を通す為に、好意を踏み躙ろうとしているのだから。

 

「⋯⋯そうか」

 

 俺が何か言わずとも、軍曹は汲み取ってくれたらしい。

 神妙に頷いて、黙り込んでしまった。

 

─────!!!!

 

 それから少し間を置いて、一際大きい爆発音。

 咄嗟にそちらをみれば、塔の一本が煙を上げて崩れ落ちていく真っ最中だった。

 俺以外の四人もただただその光景を眺め、煌めく紫の破片が建物の影に消えていったのに合わせ、軍曹がまた口を開く。

 

「民間人、外してみろ」

 

 そう言う軍曹に目を戻すと、彼は自分のサングラスをとんとんと叩いていた。

 それを見て、何を外せばいいのかわからないほど自分は鈍くないようで安心した。

 言われた通り、サングラスを外す。

 今日も調子の良さそうな太陽が放つ光に目を細めながら、外しましたと軍曹に伝えると、彼は暫く此方を凝視したのち、ふっと口角を上げた。

 

「え、何か付いてますか?」

「いや、何もついていないぞ」

「お前、戦闘中とはまるで別人だな」

 

 首を振って否定する軍曹の傍ら、静かだった三人のうち流川さんがそんなことを言う。

 

「そう、ですか?」

「ああ。戦っている時のお前はもっと荒々しい」

「ぶっ殺す!とか言ってたもんな」

「実はそっちが本性だったりするんじゃねえか?」

「い、いやそんなことはない、と思いますけど⋯⋯」

 

 まさかそんなことを口走っていたとは、完全に無意識だった。

 死と隣り合わせの状況だからこそ、という理由も大きいのかも知れないが、内側に野蛮な自分がいることは確かだ。

 今はまだ敵だけに向いているそれが、ふとした拍子に味方へ向いたらと思うと気が気でない。

 戦闘中に我を忘れることだけは回避しなければと戒めておこう。

 

「⋯⋯司令部、応答願う。こちら碇軍曹」

 

 三人が会話に混ざってから少し間が出来たタイミングで、軍曹が無線で話し始めた。

 どうやら会話の切れ目を待っていてくれたらしい。

 

『軍曹!!無事だったか!!』

「ああ、少し手間取ったが怪物の殲滅に成功した。街の北側はひとまず安全だろう」

 

 軍曹は救護活動に参加したという報告はしなかった。

 彼に限って、保身に走ることはないと思うので、単にいらぬ面倒を回避したかったのだろう。

 そういえば、戦闘が始まってからこの司令官の声は聞こえてこなかった。

 

(初めからそのつもりだったのか)

 

 無意識に送ってしまった視線に気づいた軍曹が、少し悪い笑みを見せた。

 やはり彼は最初から救護活動に参加するつもりだったようだ。

 

『そうか!その人数でよくやってくれた!!先程南と西側も戦車隊と随行する歩兵隊が敵を殲滅。塔も一本破壊し、残るは東側の二本のみだ』

「おお!」

 

 齎された吉報に思わず声が出た。

 南と西が確保されたということは、そちら側に逃げた人々も無事だということ。

 自分が考えていたよりも、助かった人は多いのかもしれない。

 EDFは負けない。

 ここへ来て漸く届いた前向きな知らせは、心に大きなゆとりを生んでくれた気がした。

 

『しかし東側の殲滅を任せた部隊が孤立しかけている。南と西の部隊には一足先に救援へ向かわせたが、塔が二本あるせいか怪物が多く到着に時間がかかる。至急君達も北側から接近してくれ。怪物を殲滅し、塔を破壊しろ!』

「了解した、直ちに向かう」

 

 無線を切り、軍曹は部下達に目配せし、最後に俺の方を向いた。

 

「軍曹⋯⋯」

「ああ、わかっている」

 

 置いていかないでくれ。

 その想いのせいで随分と情けない声を出してしまった。

 軍曹は何を言うでもなく、身体ごと目的地である西側を向いた。

 そして。

 

「行くぞ、明日!!」

「っ、はっ、はい!!」

 

 明日。

 二十年以上付き合ってきた苗字だが、多分人生で一番呼ばれて嬉しかった瞬間だと思った。

 

「遅れるなよ明日」

「気を抜くなよ明日」

「突っ込みすぎんなよ明日」

「あはは、はい」

 

 俺の喜色を感じ取ったのか、ここぞとばかりに明日を連呼する三人はやっぱりいい人だ。

 こんな殺伐とした戦場でまさか笑わせてもらえるとは。

 

(⋯⋯見つかったのかもしれないな)

 

 長い間、探し求めていたもの。

 何をしても、どこにいても感じていた違和感。

 求めているものではない確信と、それに伴う虚しさ。

 ここにはそれが全くない。

 だからきっと、俺が探していた居場所はここだったのだ。

 

「宿題やったか明日」

「風呂入れよ明日」

「歯磨けよ明日」

「風邪引くなよ明日」

「⋯⋯えっ、みなさん世代違くないですか」

 

 思いの外、軍曹のノリがいいことに驚きつつ、ふと肩が軽くなっていることに気がついた。

 ささやかな笑いが、無駄に籠っていた力を抜いてくれたらしい。

 みんなの行動になるほどと納得し、再度尊敬を抱く。

 そして犠牲者に暫しの黙祷を捧げた後、街の中心部を目指し歩み始めた。

 

 

 

──────────

 

 

 

 対物特化型狙撃部隊。

 彼らは対物(anti-materiel )ライフルを唯一の友とし、AFVやコンバットフレームを足止め、若しくは破壊を主目的として編成されたチームである。

 編成当初から、各地の紛争地域へ赴き、その度に敵の鎮圧や終戦に大きく貢献して来た。テロを未然に防いだことも多々ある。

 勢いは止まるところを知らず戦果はみるみる積み上げられていき、その果てにちょうど一年前。

 晴れてエリート部隊(ネームド)として名を連ねるに至った。

 EDFでは、多くの功績を上げた部隊には固有の名が与えられる。

 対物特化型狙撃部隊か授かったのは、"hammers(ハンマーズ)"。

 hammerとは鉄槌。

 即ち彼らこそ、死を振り撒く不届者に鉄槌を下す者達である。

 

「くそ、キリがない⋯⋯」

 

 街で一番背の高い中継塔。

 そこに陣取って、眼下の敵を睥睨する男の名は、射落鉄狼(いおちてつろう)大尉。

 入隊十八年目。

 今年で四十路を迎えるベテラン兵士。

 日々欠かさない努力と持ち前の運で以て、十年以上戦場に立ち続けている稀有な男であり、生涯独身を貫くと心に決めた鉄槌の頭である。

 

「司令部!こちらハンマー1!援軍はまだか!?」

 

 しかし歴戦の猛者だけがまとえる普段の落ち着きはどこへやら。

 射落は悪化の一途を辿る状況を目前にして、悲鳴とも取れる声を上げた。

 

 昨日、突如として各地に落下したとされる謎の塔。それらはなんと人よりも遥かに大きい怪物を出現させ、さらにその怪物は人を喰らうという。

 海外遠征から帰ってきて、久々の休暇を満喫していた射落からすればまさに晴天の霹靂としか言いようがない。

 いや、射落だけではなく、大多数の人間にとってもそうだろう。

 実際、報告を受け、出撃命令が下されても射落は半信半疑だった。

 人を喰らう巨大生物。

 そんなもの、空想上でしか見聞きしたことがない。だから自分と部下達は誰かに騙されていて、現場に着いたらドッキリでしたと明かされる。

 腑抜けた気持ちのまま、戦場に赴くのはこれが初めてだった。

 

『現在急行中だが、怪物に阻まれ時間がかかっている。最短でもおそらく十分はかかる。何とか持ち堪えてくれ』

「十分!?馬鹿も休み休み言え!!」

 

 射落は睡魔に負けていないでテレビを見るか、せめてラジオでも聞いていればよかったと後悔していた。もし事前に情報を仕入れていれば、生半可な気持ちでここへ来ることはなかったはずだから。

 hammersは歴とした精鋭である。

 駆け抜けた戦場は数知れず。怒りに震えるような場面も、目を覆いたくなるような光景も、何度となく経験してきた。

 だが、これは。

 こんなものは、経験しようにも出来るはずがなかった。

 

「あと五分が限界だぞ!!何とかならないのか!!」

 

 射落がいる中継塔の高さは三十メートルほど。

 故に普段であれば、高い建物が少ないこの街を一望できる。

 しかし今は違う。

 射落の視線の先、街の東側には、景観を損なう巨大な塔が二本突き刺さっていた。

 そして、不気味な紫の光を放っているそれらが絶えず吐き出し続ける黒い影。

 地上を着々と占拠しつつあるそれの正体は、存在を疑っていたはずの巨大生物だった。

 外見は蟻に酷似している。

 体は頭部、胸部、腹部の三つ。

 頭には二つの目と二本の触覚。

 そして牙と間違えられやすい鋭く発達した大顎。

 

 奴らはそれを器用に使って、混乱する人々を無差別に減らしていった。

 民間人、警察官、消防隊、救急隊。EDFの兵士ですら、あっさりと肉塊に変えてしまった。

 しかし、それだけならばまだきっと何とかなった。

 歩兵達は怪物を惹きつけつつ、後退しながら一匹ずつ仕留める。その間に射落達狙撃部隊が、発生源である塔を破壊する。

 単純だが、最も効果的な作戦であり、遂行も容易なはずだった。

 だがそうはならなかった。

 何故なら、奴らはその膨らんだ腹部から強力な酸を吐き出したからだ。

 塩酸や硫酸などの話ではない。

 その酸は、木造の家も、コンクリートも、鉄の車でさえも溶かした。

 それほどの危険性を持つ酸を人が浴びればどうなるか。

 自らの愛銃、"MR98ファング"のスコープを覗けば、今まさにまた一人、兵士が酸に呑まれ液状化していくところだった。

 

『う、うわあぁぁぁ』

「くそったれがあぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 射落の咆哮に合わせ、ファングも吠える。

 放たれた大口径の弾丸は、一キロほど離れた位置にいる酸を放った怪物に直撃。体を粉砕し、斜線上にいた二体をも吹き飛ばした。

 だが、これが何の意味もなさないことは、射撃を始めた直後から嫌というほどわからされている。

 

 ファングは対物ライフル。

 その用途は主に、車両やコンバットフレームの足止め、並びに破壊。

 鉄の装甲を貫けるほどの点の威力は高い。

 だがその反面、面に対する威力は皆無と言っていい。

 これがまだ連射のきくライフルなら話は変わってくるが、ファングは単発式。

 一発撃てば、再装填が必要で時間もかかる。

 

 黒い絨毯に穿った穴は、ものの数秒で埋まってしまった。

 

『くそくそくそぉぉぉ!!死ね化け物どもがぁぁぁぁ』

「落ち着け!!冷静さを失えば命取りだぞ!!」

『来るなっ!!どっかいけえぇ!!』

「くっ、ダメか⋯⋯!!」

 

 後から射落が到着した頃には既に指揮系統は機能していなかった。

 若い兵士が多かったことと、何より早い段階で、前線の指揮をしていた者がやられたことが致命的だった。

 まさにパニック状態。

 その戦線を立て直すべく、射落はhammers各員に敵の足止めを命じ、時間を作ろうとした。

 しかし目の前で上官が溶かされ、逃げ惑う民間人の恐怖に当てられた兵士達に一時撤退の指示は届かず、前線で銃を乱射し続けた彼らは軒並み餌となるか液状化。

 今残っている歩兵は、かろうじて引き打ちの指示に従った者のみ。

 仮にウイングダイバー隊の到着が間に合わなければ、全滅は免れなかっただろう。

 

『こちらダイバー2!誰か後ろのデカブツを減らしてくれ!!』

「っ!!ハンマーズ各員!!誰でもいい、ダイバー2を視認できる者はいるか!?」

『ハンマー8!見えてます!!』

「よし!直ちに援護!!残弾に留意しろ!!!」

『イエスサー!!』

 

 指示を出してから数秒も経たないうちに、射落から見て左奥の方向から銃声が轟く。

 すぐにダイバー2から感謝の通信が入り、状況はまた停滞に戻った。

 

 現在、歩兵は一定区域内で円を描くように引き打ちをし、敵の数を減らしているものの、減らした分だけ塔から出現しキリがない。

 撤退しようにも、怪物の足の方が早いため歩兵部隊が逃げ切れない。

 故に考えるまでもなく、塔の破壊を優先すべきである。

 しかし、hammers全員が攻撃に集中すれば、歩兵はおそらく全滅する。彼らの弾薬はいつ尽きてもおかしくない。それくらいの時間は疾うに経過している。援護を失えば、敵を抑える力は既にない。

 加えて、囮の役をかって出てくれたウイングダイバー達もどうなるかわからない。

 この戦場に参戦したダイバーの数は8人。

 そもそも絶対数が少ないため、急な呼び出しで8人も集まればマシな方だ。

 ただし問題は、全員がD兵装だったこと。

 "DUEL"。

 それが意味するのは、対個。狭範囲に高火力を集中させる武器種であるということ。

 ことここに至っては、最も不適切な兵装と言わざるを得なかった。

 今必要とされているのは、広範囲を高火力で焼き払える類の武器。ウイングダイバーにはそれを可能とする武器が与えられている。

 ただ、今回はあまりにも情報が乏しすぎたため、大抵の場合においては重宝されるD兵装を選んでしまったのだろう。

 戦場に立って、彼女達はすぐに理解したらしく、自ら囮をかってでた。

 射落は内心反対だったが、迫る刻限がその意見を口にさせてくれなかった。

 幾ら翼があるといえど、囮の役目は容易くない。

 まず前提条件として、敵から離れすぎてはいけない。付かず離れずの距離でなければ、怪物達は標的を変更してしまう可能性があるからだ。

 理想は奴らの射程範囲内。それ以上離れれば、誘引から外れる個体が散見する。

 しかし、そこはあの恐るべき液体が届く距離。

 維持しつつ、敵を惹きつけながら回避を続けるというのは、訓練を積んだ飛行士でも至難の業だ。

 大量に飛来する酸に直撃すれば即死。その恐怖に耐えながら、エネルギーユニットの残量を常に気にかけておかなければならない。更には障害物の多い街中を低空飛行し、あまつさえ過度の重力負荷が襲ってくる。

 酸が翼に掠っても、操作を一つ誤っても死に直結する過酷過ぎる役目である。

 これが例えば精鋭部隊、中でも最高峰と謳われる"Spriggan(スプリガン)"隊の面々であれば、回避をしながら反撃することも出来たのだろうが。

 ツーマンセルで休憩を挟みながら交互に行なっているからこそ、未だ脱落者を出さずにいられる彼女達にそれを求めるのは酷というもの。

 今は無事に逃げ回ってくれているだけで、勲章ものの働きである。

 もし一人でも欠けるようなことがあれば、均衡は一瞬で崩れ去るだろうから。

 

『いい加減壊れてくれよっ⋯⋯!!』

 

 今度は右前方から通信に合わせて咆哮。

 放たれた弾丸は塔の上部、紫の宝石に直撃し亀裂を広げた。

 漸くリロードを終えた射落も、同じ塔に向かって吠える。

 全員での攻撃は難しい。

 ただ、時間の経過とともに、追い詰められてはいるものの、この場の兵士全員が慣れを感じ始めてもいた。

 歩兵達は極力少ない弾数で敵を仕留められるようになって来たし、ダイバー達の回避や交代も円滑なものになって来た。

 命懸けの戦場こそ、兵士が最も成長する場所。射落はそれを改めて実感していた。

 ともあれその慣れにより、隙を見て少しずつであればこうして塔への攻撃を行えるようにはなった。

 しかし、壊れない。

 損傷は与えている。

 一発ごとに大きくなる亀裂を見れば一目瞭然。今や宝石全体に広がっていて、誰でも破壊は目前であると悟るだろう。

 というよりも、ファングの弾を十発以上も耐えている時点でどうかしているのだ。戦車ですらhammersにかかれば三発で行動不能に陥るはずなのに。

 

(一本折れさえすれば⋯⋯!!)

 

 状況は膠着している。

 裏を返せば、塔を一本減らし怪物の増殖量を半減させたなら、一気に此方が優勢になるということだ。

 射落の感覚的におそらくあと一、二発で憎き塔は倒れる。

 勝利は目前に迫っている。

 

『っ、しまっ!!』

 

 だが時に、世界はどうしようもなく残酷な顔を見せることがある。

 

『うっ⋯⋯!ダイバー5被弾っ⋯⋯!!』

「なにっ!?」

 

 よりにもよって今、それを見る羽目になってしまった。

 

「ちっ!あと一押しだというのに⋯⋯!!」

 

 最も聞きたくなかった報告に思わず怒りが溢れる。

 が、経験によって培った精神力で即座に気を鎮め、射落は状況を問う。

 

「状況報告!!」

『右翼の三割を欠損!出力低下!!制御困難!!!』

「なっ!?ダイバー6!!回収はっ!!!」

『既に向かってます!!でもっ⋯⋯!!』

「っ!!くそおおぉぉぉ!!!」

 

 ダイバー6が間に合いそうにないことは聞くまでもなかった。

 ぎりぎり渡れていた綱が、切れた。

 目の前にあったはずの勝利が、一瞬で敗北に、死に成り代わった。

 ダイバー5だけではない。死神は極めて平等に、この東区域にいる全員の元へ訪れるだろう。

 

「どこだ⋯⋯!どこにいる⋯⋯!!」

 

 だが大人しく鎌が振り下ろされる瞬間を待つほど射落は柔ではない。

 目の周りに跡が残るほどスコープを強く覗き込み、文字通り血眼になって、墜落寸前の飛行士を探す。

 街全体を舐めるように睨み続けてすぐ、見つけた。

 

「正面かっ⋯⋯!!」

 

 憎き塔のちょうど中央辺りから、射落の中継塔を繋いでいる広めの道路。その先から、大量の黒い影を引き連れて、ふらつきながらこちらへ向かってくるダイバー5がいた。

 報告通り、右の翼からは煙が上がっている。

 あれでは姿勢制御すらやっとの状態であるはずで、かろうじてだが真っ直ぐ飛んでいられるのは奇跡としか言いようがない。

 そして彼女の背後からは、雨霰の如く酸が降り注いでいる。目にしただけで足がすくみ上がる光景であり、どれだけ多く見積もっても、一分は絶対にもたない。

 

「ハンマーズ!!全力で彼女を援護しろ!!!」

『だ、駄目です!!隊長からしか狙えない位置です!!!』

「なんだとっ⋯⋯!?そうかしまったっ!!!」

 

 射落は驚愕の声を上げ、もう一度ダイバー5の位置を確認する。

 狙える者が一人しかいない。

 hammersの戦場において、それはあり得ない事態だった。

 hammersはあくまで狙撃部隊。武装的に近接戦闘には向いておらず、接近されればほぼ無力に近い。

 故に、隊員の配置には細心の注意を払う。

 地形を事細かに把握し、あらゆる状況を想定したうえで、互いの死角を消せる位置に陣取る。そして必ず、どの場所にも二人分の射線が通るようにする。

 幾ら曖昧な情報しかなく、気持ちが入らないとはいえ、射落達はプロである。

 怠りなく配置を整えたつもりだった。

 しかしたった一つだけ、この戦場には埋め損ねた穴があった。

 

「こんなところでツケが回ってくるか!どれだけツイてないんだ今日はっ!!」

 

 事前情報が曖昧だったから。

 巨大な怪物が蔓延っていたから。

 凄惨な光景が広がっていたから。

 理由は多々あれど、結局どれも言い訳にしかならない。

 戦闘前のブリーフィングにて、あの正面の道路だけ射線を一本しか通せていなかった。しかしそれを解決する前に現場に到着してしまい、地獄を目にして焦りが生じた。

 結果、hammersで最も腕の立つ射落がその場を担当することにし、散開してしまった。

 過去の戦場に於いても、こういった場面はあった。

 だが、その時の相手はどれも同じ。

 戦車だろうとコンバットフレームだろうと、操るのは血の通った人間だ。巨大な顎も持たず、酸も吐かない。何より恐怖を感じてくれる。やりようは幾らでもあった。

 今回とは全てが違った。

 

「ちいぃ!!!」

 

 可及的速やかにリロードを済ませ、射落は再びスコープを覗く。

 手負の鳥を撃ち落とさんとする敵を殺すため、ファングの撃鉄に指をかける。

 だが、まるで津波のように迫り来る黒を見て、射落の指は動かなくなった。

 撃ったところでどうにかなるのか。

 そう考えてしまったから。

 

『⋯⋯百合ちゃん、ごめんね』

『な、何⋯⋯何言ってるの花⋯⋯?』

 

 そんな射落の元に、会話が届く。

 話しているのは、ダイバー5とその相方、ダイバー6。

 名前を呼び合うほど親しげな様子からして、彼女達の間には良好な関係性が築かれているのだとわかる。

 

『今まで、ありがとう。私の分まで、長生きしてね』

『ぃ、いやっ!!だめよ花!やめなさいっ!!!』

 

 胸を引き裂かれそうになる別れの言葉と叫び。

 それを聞く射落が覗くスコープの先にはダイバー5が映っている。

 だから、射落には彼女が何をしようとしているか理解出来た。

 

「っ!?よせっ!!!」

 

 腕に持つ武器をダイバー5は背中のコアに押し当てた。

 

 軍用の飛行ユニット内には、大量のエネルギーを生み出すプラズマコアを保護するため数十の軽量合金による壁が設けられている。それを貫くのは、ファング級の威力がなければ難しく、通常コアを破壊するのは現実的ではない。

 しかし、彼女達が扱う武器の出力は、通常の火器と比べても一線を画している。

 特に彼女の持つ"パワーランス"は、射程こそファングには遠く及ばないものの、火力では勝るとも劣らない。

 ゼロ距離で数発放てば壁を貫き、コアは破壊され巨大な爆発が起こるだろう。

 

 選んだ最期は、自爆。

 兵士として、一匹でも多くの敵を葬るため。

 彼女は自らの手で、自らの命を爆ぜさせようとしていた。

 

『はなっ!!やめてお願いよ!!はなあぁぁっ!!!!』

「ちくしょお⋯⋯!!ちくしょおぉぉぉ!!」

 

 まただ。

 また一人、未来ある若者が命を落とそうとしている。

 

 射落は数々の功績を残してきた。

 付随して、昇進の話も何度となく持ちかけられた。

 安全な後方勤務。位も上がるため給料も高くなる。伴う責任も増えてしまうが、断る者はそうそういない。

 だが射落は全てを一蹴し、戦場に身を置き続けている。

 何故か。

 何処かの部隊のように死場所を求めているのではない。

 それはひとえに、未来を担う若者を守るためだ。

 

 芽吹いたばかりの若葉は弱い。

 ある者は蛮勇に囚われ、ある者は慢心に溺れ、ある者は恐れに呑まれる。

 放置すれば、彼ら彼女らは簡単に命を落としてしまう。

 だから射落は添え木となって、若葉が強く真っ直ぐしなやかに育てるようにする。

 現にこの数年間はそうやって、若者達の育成に尽力してきた。

 彼らがいざという時、持てる力を十全に発揮し、自らの命を守れるように。

 

 そしてそんな彼らの一助となれるように、射落も鍛錬を怠ったことはない。

 

 しかし蓋を開けてみれば、射落の努力など何の役にも立たなかった。

 既に多くの若者が死んだ。

 名誉も誇りもない、ただただ苦しく残酷な死を与えられた。

 そしてまた一人、犠牲者が増えようとしている。

 なのに、指を咥えて見ているしかない。

 

『さよ、ならっ⋯⋯!!』

『いやあぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 世界がゆっくりと動いていた。

 

 憎らしい青い空の元。

 最期の言葉。

 拒絶の絶叫。

 夥しい死。

 酸の雨。

 動かない自分の指。

 動き出す彼女の指。

 覚悟の涙。

 

 そして爆炎が、戦場を包み込む。

 

 諦観と絶望に支配された射落の瞼はゆっくりと落ち、裏側でその未来を幻視させた。

 

 終わった、と確信した。

 

 

 

『あきらめるなあああああああああああ!!!!!!!』

 

 

 

 その刹那だった。

 

「っ!?」

 

 蔓延する負の全てを払拭するほどの大き過ぎる雄叫びが戦場にこだました。

 荒々しくも、温かい。消えかけた心の炎を再び輝かせてくれる、そんな声。

 それに呼応するように、射落の閉じられた目は、もう一度光を受け入れた。

 

『ぁあああああ!!!』

 

 スコープの先の彼女も射落と同じだった。

 絶望に諦めた明日。

 それを掴み取りたいから。

 もう一度空を拝みたいから。

 だから必死に、懸命に、どこまでも抵抗してみせた。

 

 背中に向けていたパワーランスの銃口を真下へ。引いていたトリガーを離せば、溜まったエネルギーが光と共に放出される。

 近距離特化型のパワーランスは、威力が高い分反動も大きい。それを如何に制御するかでウイングダイバーとしての力量が見極められると言ってもいい。

 しかし今のダイバー5には反動制御をしようという意思が見受けられなかった。

 ただ真下へ撃ち出した光。

 だがそれをきっかけに、彼女は残る出力全てを使って大空へ身を飛ばした。

 一瞬の爆発力により、ダイバー5は弾き飛ばされ花火のように打ち上がる。

 みるみるうちに上昇し、最高到達地点は二本の忌わしい塔よりも上だった。

 ただし、昇り切ったとしても爆発はしない。

 一秒足らずの静止を経て、重力に従い自由落下を始めるだけ。

 力を使い果たしたのか、はたまた強烈な重力負荷を受けて気を失ってしまったか。ダイバー5は指ひとつ動かさない。

 落下の先にあるのは死。

 アスファルトに激突しシミになるか。

 酸に撃ち落とされ液体になるか。

 無惨に貪られて肉片になるか。

 常であれば、待ち受ける未来はそれしかない。

 

 だが不思議と、射落はもう目を背けようとは思わなかった。

 

 

 




というわけで、後半は本編にちらっと出て来たハンマーズ、そのオリキャラ、射落さんの視点でお送りしました。
展開としてはちょっと違いますがご容赦いただければなと。


あとお気に入りと感想くださった方々、感謝感激雨あられです!!
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