地下が!長い!話が!進まない!!
けれど!お気に入りが!ついたので!!
作者は頑張りますです。
救出に成功した四人を加え、総勢十人となった俺達はコンバットフレームがあるという格納庫の扉の前まで辿り着いた。
人数が増えればそれだけ戦力が増す。だから必然的に脱出の成功率は上昇する、かと思いきや、現状ではそうとは言い切れない。相手が同じ人間であればその限りではないのだが、今回の敵は拳は元よりナイフですら傷一つ付けられない巨大な人食い生物。故に、唯一の対抗手段である銃の弾がなくなれば、幾ら人数が増えようと結末は餌食のみなのである。
弾薬が心許なくなれば、近場の武器庫を探すか最悪初期地点へ戻れば補給は可能だ。しかし、相変わらず敵の総数がわからないままでは、道半ばで大量の怪物に襲われる危険性を否定できない。万一そんな事になれば辿り着く前に弾薬が枯渇して詰む。
つまり、弾に余裕があるうちに一気に地上へと駆け抜けるのが最善策なのだ。
ただし、ここでコンバットフレームが手に入れば話は百八十度変わるが。
「そういや、コンバットフレームを操縦できるやつはいるのかよ?」
「軍曹がライセンスを持ってる」
「任せておけ」
東郷さんの言葉を聞いて、ここまで来て誰も運転出来ないのかと焦ったがさすがにそんな事はなかった。
俺は口の中で安堵の息を吐く。
「開けるぞ」
三度目にしてもはや見慣れた動作で軍曹はロックを解除し、扉が開いていく。
しかしこれまでと違い、格納庫は密室。怪物はいないはずだ。
この場にいる誰もがそう思っていた。その証拠に、全員が武器を構えていなかった。
「うわあああああああ!?」
だが、空閑さんが悲鳴を上げたことで、もうこの基地内に安全な場所など無いのだと、油断は禁物だと思い知らされた。
「怪物が中に入り込んでいるぞ!!」
「こいつら、壁を食い破って入って来たんだ!!」
全員で格納庫から距離を取りつつ、中から次々と溢れてくる怪物を処理していく。
俺は変わらず最後方で待機。おかげで、周囲に目を配る余裕があった。
空閑さんの言った通り、格納庫内には怪物が開けたと思われる巨大な穴があった。
「ちぃ!!コンバットフレームは目の前だというのに!!」
犇めく黒の隙間から、確かにそれと思しき輝きが見える。
ここさえ凌げば、地上はぐっと近づくという証だ。
「⋯⋯おい、なんか様子がおかしくねえか?」
「⋯⋯?」
戦闘中、俺も東郷さんと同じことを思っていた。
これまで怪物達は動きは読み難いにしても、最終的には人間に噛み付いてきていたので対処出来ていた。
けれど、見える範囲の半分程を片付けたあたりからだ。
距離を詰めるのを止め、急にその場から動かなくなる個体が現れ始めた。
「なんだこいつら、動きが鈍くなったぞ?」
「いいねえ、狙いやすくて助かるぜ!」
確かに、動かなくなれば的と変わりない。合流した兵士達は意気揚々と、止まっている個体から優先して倒していく。
「ははは!俺達に恐れをなして諦めたんじゃないか?」
既に部隊は勝利ムード。
残りの怪物を駆除し、コンバットフレームを手に入れ地上へ一直線。
脳裏にはそんな光景が描かれていることだろう。
(なんだ、この感覚は⋯⋯)
だがしかし、俺はどうにも気分が晴れなかった。
まるで頭の後ろに銃口を突きつけられているような。えも言われぬ不安が付いて離れなかった。
「おい、敵を全滅させるまでは気を抜くな!」
軍曹も何か嫌な予感を感じているのだろう。兵士達の緩んだ気を締め直す為に、鋭い声をぶつけている。
東郷さん達も、勝利ムードに乗じながらも警戒は続けていた。
少なくとも彼らがいれば、滅多なことは起きないか。
(⋯⋯⋯⋯いや)
先程もそうやって気を抜いた瞬間に危機が迫って来たことを思い出し、いつでも行動を起こせるように、ブースターのレバーに手はかけたままにする。
そしてまさにその些細な準備が、功を奏すこととなった。
「っ!?」
現在、銃撃を行なっているのは俺を除く九人。対して、怪物はまだ数十は残っている。
止まっている個体から倒していっているとはいえ、その全てが一斉に止まれば、九人で倒し切ることは物理的に無理だ。
格納庫から出て、少し横にずれたところの壁で止まった一匹の怪物。最も後ろにいた俺だからこそ、そいつに銃が向いていないことに気づけた。
「え?」
前四人、後ろ五人で隊列を組み対応していた中、後列一番左端の兵士に向かって、その膨らんだ腹部からオレンジ色の液体が射出された。弧を描いて飛んでくる液体は大した速度ではない。ただ、不意をつかれたのか、兵士の足は動かず避けられそうになかった。
「くそっ!!」
一部始終を眺めていたからこそ反応出来た。
ブースターを吹かし兵士の前に躍り出ると、盾でその液体を受け止める。
バケツの水をかけられた程度の衝撃だったので、威力は大したものではない。
だが、足元の床や壁、兵士達へ飛散した液体が起こした現象に、自然と背筋が凍りついた。
「こ、これって⋯⋯」
フライパンで食材を炒める時のような。手持ち花火をバケツの水につけた時のような。煮え滾る溶岩に、小石を投げ入れた時のような。
そんな音と煙を立てながら、大部分を受けた床と壁には穴が開いていた。液体の形をなぞって作られた穴が。
兵士達へは小さな粒が飛沫しただけで死傷者は出なかった。しかし、盾が間に合っていなかったかと思うと戦慄しかない。
「⋯⋯はっ!!しまった!!」
驚愕と恐怖で全員の思考が停止する中、いち早く我に返ったのはやはり軍曹だった。
彼は今しがた液体を放った個体と、新たに格納庫から出てきた一匹を鮮やかな銃撃で処理しつつ、全身を露わにしていたコンバットフレームを見やった。
装甲の頑強さに、文字通り怪物達は歯が立たなかったのだろう。
故に、中に残っていた数十匹の怪物達は、俺達の切り札へ向け一斉に液体を放った。先に兵士達すら戦慄させた音と煙が上がり、止めとばかりに爆発音。
まさしく、希望が砕け散る音だった。
「くっそお!!コンバットフレームが⋯⋯!!」
「壊されちまった!!」
「とにかく敵を倒すんだ!あんなものを⋯⋯酸を浴びたらただじゃ済まないぞ!!」
「俺達まで溶かそうってのか!?」
「冗談じゃない!!そんな死に方はごめんだあ!!」
「やられる前に撃て!!」
残存していた怪物は数えられる程度。危険過ぎる攻撃に緊張感を取り戻した兵士達の敵ではなく、即座に駆除は完了した。
だからこそ、コンバットフレームを破壊されてしまったことが悔やまれる。気を張り続けて攻撃していれば、壊される前に倒せたかもしれないから。
「使えるコンバットフレームはなさそうだ⋯⋯」
「一つ残らずダメか⋯⋯」
爆散したものは当然の如く、形を保っているものもあちこちが融解し、動いたとしても自立すら難しそうな有様だった。
「もういい!先へ進むぞ!」
意気消沈した兵士達に力強く声をかけ、軍曹は行軍を再開。先が見えない程に長い通路を進む。
歩みを再開してすぐ、後ろから話しかけられる。
「民間人、お陰で命拾いしたよ。礼を言う」
ぺこりと頭を下げて来たのは、俺が酸から庇った兵士だった。
「お礼なんて!間に合ってほんとによかったです」
「お前、素人の割にはなかなか度胸があるな!」
「ここから出たら軍人目指してみたらどうだ?向いてると思うぞ?」
「いや、そんな⋯⋯俺はただ必死だっただけで⋯⋯」
その両隣にいる兵士達からも口々に称えて来るが、俺が動けたのは彼らが前戦で戦い、俺の負担を極限まで減らしてくれていたからだ。後ろから状況を俯瞰していなければ、きっと今頃は。
「必死だったからといって、咄嗟に行動出来る人間てのは案外少ないもんだ」
「そうだぞ?軍に入って出世していくのは大体そういうやつだ」
「え、ほんとですか?」
「ほんとほんと。現にここにいる碇軍曹は──」
「おい、それ以上は軍の規定に抵触するぞ?」
「あっ⋯⋯。も、申し訳ありません!」
碇軍曹の話に突入する間際、当の本人から釘を刺され兵士は処罰されないよう全力で謝罪していた。
「そうだな、お前の失態を拭う為には⋯⋯民間人が軍に入れば万事解決するな」
「ははっ、そりゃあいい!」
「誠心誠意勧誘しないとな!」
格納庫から少し離れ、切り替えの早い兵士達の間には、死がいつ迫って来るかもしれない状況とは思えないほど穏やかな時間が流れていた。
一方俺に至っては、覚悟も心意気もない身で軍に入ろうとは全く思えず、勧誘に対して乾いた笑みを返すしかなかった。
それから兵士達は一頻り笑い合って、会話が一時的に途切れたタイミングで東郷さんが、それにしても、と話題を変える。
「あの怪物は何処の動物園から逃げてきたんだ?」
「確かに不可解だ、十メートルの怪物が群れを成しているのに誰も気づかないなんて⋯⋯」
「余程いい隠れ家でもあるってことか?」
人間を優に越える巨大を持ち、加えて危害を加える凶暴性。過去に一度でも人里に現れていればニュースになっただろうし、そうでなくとも高空写真などで撮影されていそうなものだが。
まさか地球の外から転送されて来た訳でもあるまいし。
(前人未到の土地からやって来たとか?)
広い海の上にはまだ発見されていない島だって沢山ある。海の底も未知の世界だ、人類が知らない生物はきっと多い。
それか、奴らの姿形から想像するなら。
(例えば、人に見つかっていない地下深く──)
刹那、天井から聞こえた、みしり、という音により、思考を中断せざるを得なくなった。
「ん?なん──」
「っ!!皆さん下がって!!」
酸の時と同じ、何か嫌な予感がして叫ぶと同時。
天井を支えていた壁が、大量の土と共に落下して来た。
「うわあああああああ!?」
「あぶねえっ!?」
「天井が崩れたぞ!!」
「下がれえ!!」
間一髪、俺の声に足を止めてくれた軍曹は崩落に巻き込まれることなく、他の兵士達にも被害はなかった。
しかし、危機はまだ終わらない。
「道が塞がっちまった!!」
「見ろ!穴が!!」
「穴から怪物が出て来るぞ!!」
「冗談じゃねえ!」
崩れた天井から覗いた土部分。それに開けられた横穴から夥しい数の怪物が溢れて来る。
「数が多すぎる!!」
「こんな大軍、一体どこに隠れてやがったんだ!?」
「悪夢だあ!!」
「俺は不眠症なんだ!!眠れなくなったらどうしてくれる!!」
「まずは生き残ることを考えろ!!」
この状況でも冗談を言う余裕のある東郷さんや、冷静な指示を出せる碇軍曹、話しながらでも的確な射撃をして見せる流川さんと空閑さん。他の兵士達には申し訳ないが、彼らはやはり別格に優秀な気がする。
最初に怪物に遭遇した時、助けてくれたのが彼らでなかったら、おそらくもっと早い段階で終わっていただろう。
そんな彼らの活躍と、彼らほどではないにしろ、恐ろしい敵を前に誰一人逃げ出さず連携して銃撃を続ける兵士達の勇気もあり、今回の襲撃も無事乗り切れた。
俺も漏れて来た数匹をスピアで貫いて倒せた。今度はよく狙って撃てたので、少し感覚が掴めた気がする。
このブラストホール・スピアは、おそらく下から持ち上げるようにして放つことを想定されている。練習と咄嗟に打ち出した一回では、全て腕を地面と水平に構え押し出すように使っていたが、戦闘中意図せず下から持ち上げるように放った際の威力がこれと隔絶したものだった。横撃ちが一だとするなら、下撃ちは三。それ程までに違いがあった。
最初の一撃で怪物を倒せたのは本当に当たりどころがよかっただけだったのだ。
それがわかった上で、態々横撃ちのままにする理由はなく、以降は下撃ちを多用していこうと思う。
「誰か応答してくれ!こちら碇。現在、地下に取り残された数名と共に脱出を試みているが、正体不明の怪物が跋扈している影響で身動きが取りづらい!至急救援を要請する!」
軍曹はヘルメットに付属した通信機を使い地上へ救援を求める。武器庫にいた時から既に幾度か通信を試みているものの、いずれにも反応が返ってくることはなかった。
「ダメか⋯⋯」
「怪物が現れたってのに、地上の奴等は何やってんだ!」
「先に外へ向かった部隊とも連絡が取れない。何か問題が起こっているのかもしれないな⋯⋯」
「はっ、何があったにせよ、今の俺達ほど酷くはねえさ」
東郷さんの言葉は尤もだと思う。
地下空間に閉じ込められ、弾薬に限りがある中で人を喰い、強力な酸を出す化け物と戦わなければならず、尚且つ敵は地中を移動する。いつ何処から現れても不思議はない。格納庫に辿り着く以前よりも精神にかかる負荷は大幅に増し、一刻も早く脱出しなければ待っているのは踊り食いか融解。
過酷な現実に目を背けたくなった。
(俺、荷物運びに来ただけなんだけどな⋯⋯)
ただの運搬作業をこなすだけのはずが、気づけば死と隣り合わせの戦場にいる。
運命とは何が起こるかわからないものなのだと初めて実感した。
そうこうしているうちに、ルートを変えた軍曹に追従した俺達はまたもや隔壁の前に立った。
「残る脱出路はこの隔壁の向こうにあるものだけだ。開くぞ」
「軍曹待ってください、心の準備を」
もう最初の一枚を開けた時の倍近い速度で壁を開こうとする軍曹に、流川さんが待ったをかける。
「ドアの向こうは怪物だらけに違いねえ!」
「ふぅぅー⋯⋯。よし」
軍曹は深呼吸や残弾数を確認する各々の準備が完了するのを見届けて、最後にもう一度問いかける。
「⋯⋯いいか?ロックを解除する」
皆が頷くのに合わせ、俺も一つ首を振った。
もう何度目かわからなくなるほどに見た隔壁が開いていく光景。
「うううううおおおおお!!!ってあれ!?脅かしやがる!」
威勢良く突入しようとした東郷さんだったが、今回の扉の先には巨大な黒い影は一つも見当たらず肩透かしを食らった。兵士達もあからさまに安堵している様子だった。
「やれやれだ⋯⋯」
「先を急ぐぞ!」
みんなに続いて部屋へ入る。見回せば室内の構造はこれまでと大差ないものであるとわかった。が、全てが同じでは無く、二点だけ違いが見つかった。
「軍曹、すでに隔壁が開いているようですが⋯⋯」
兵士の一人が言ったように、四角い部屋の一角。俺達が開けた扉の対面と、向かって右手の扉はすでに開かれた後だった。
対面した扉から続く通路には数匹の怪物が死体となって転がっており、俺達以外の生き残った兵士達がここを抜けていったのは間違いないだろう。
「どうやら先行する部隊がいるようです」
「怪物に襲われているかもしれない。急ぐぞ!」
「イエスサー!」
軍曹は正面ではなく、右手の道へ進んでいく。そちらが正解の道らしい。
正直、この広大な基地内を一度も迷うことなく進んでいく軍曹は凄過ぎると思う。自身が務める職場だからといっても限界があるだろうに。実際、兵士の一人に道を覚えているか尋ねてみれば、完璧ではないと言っている。数年務めていても無理だというのだから、軍曹の優秀さが窺い知れる。
開放済みの扉を越えると、再び急斜面が登場した。
全員からうんざりするような気配を感じるも、誰も文句を吐かず淡々と登り始める。これは脱出の為ならば仕方ないからではなく、文句を言う体力も勿体ないという理由からだと思われた。
常に緊張の糸を張り巡らせながらの行軍。遠い出口に状況がわからない不安。そこへ散発する怪物との戦闘。
足取りは確実に重くなっており、各員の疲労は隠しきれない。口数も少なくなって、流れる空気は明らかに沈みつつある。数人の弾薬が心許なくなって来たこともそれに拍車をかけていた。
「あの怪物は何処かの国の兵器かもしれないな」
重たくなる空気を変える為か、流川さんが口を開いた。
「そんな馬鹿な?」
いち早く空閑さんが反応を示す。
「生物ほど恐ろしい兵士はない、実際のところはな」
「そんなSFを読んだぜ?宇宙船にネズミが紛れ込むやつだ。宇宙旅行中に増えて、食料を全部食っちまう」
東郷さんの語った作品の内容は俺にも覚えがあった。中学生の時に呼んだので記憶が曖昧ではあるが、確かその後宇宙船が故障して未知の惑星に不時着し、水や食料を自力で確保しながら現地の猛獣達と戦うというサバイバルものだったと思う。
タイトルはそう、"モルス・ユビキタス"。
名前の響きが格好良いと子供ながらに思ったものだ。ラテン語だったと思うのだが、意味は忘れてしまった。
「機械と違って、生物は繁殖する」
「なるほど。確かに、一度に大量の卵を産む生物だったりしたら目も当てられないな」
何気ない発言だったのだろう。しかし、兵士の一人が口にしたその可能性は、軍曹をはじめここにいる全員の足を止めるには十分だった。
「おい、待てよ?まさか、あの怪物⋯⋯増えたりしないよな⋯⋯?」
言った途端、東郷さんはあっ、と声を漏らした後やってしまったと後悔を浮かべた。
言葉の力とは偉大なもので、それは良い方向に働くこともあるし、逆もまたしかり。今回は後者に作用した。
不用意な言葉に空気が一層重くなったのは言うまでも無く、坂を登り切るまで会話の無い時間が続くことになった。
その先には、案の定閉じられた壁がある。
「碇!無事だったか!」
沈黙を破ったのは、隔壁の前に待機していた兵士のうちの一人。軍曹に敬語を使わないことから、同等の立場にある人だと推測する。
「お前達も無事なようだな。ならば共に地上に出るぞ。隔壁を開けてくれ」
「それが⋯⋯」
兵士が言葉を詰まらせ、隔壁に顔を向ける。それだけで意図は伝わった。
反対側には巨大な隔壁が揺れる強さでノックしている存在がいるのだと。
「そうか⋯⋯だが、ルートはここしかない⋯⋯ここを抜けさえすれば、出口は目の前だ」
軍曹の言葉に間違いはないはず。ここを越えた先に平穏が待っているのだろう。ならば、兵士達が出す答えは一つだった。
「怪物を撃破するぞ!!」
地下で聞いた中で一番強い言葉に、全員が一斉に頷いた。
怪物がいると分かっているならと、兵士達は軍曹の指示に従い陣形を整えていく。
ここには少し下がった位置に坂がある。軍曹はそれを足場の不利と捉えるのでは無く逆に利用しようと考えた。斜面の縁に一列に並び、坂を塹壕に見立てたのだ。実物ほど遮蔽物の役目を果たしてくれるとは思えないがそんなことは百も承知。平面にいるよりも遠距離からの酸に被弾し難くなるだけで心にはゆとりが生まれるのだから大いに意味はある。
「開けるぞ!」
ロックを解除出来る軍曹が壁の前から此方に叫ぶ。
そして、彼はカードを翳した瞬間に身を翻し、全力で駆けて此方に合流。素早く銃を構えた。
その見事な身のこなしに目を奪われていれば、壁はすでに半ば開きかけていて。
「っ!?思ったよりいやがるぞ!」
「怖気づくな!撃ちまくれ!!」
怪物が通れるほどに開いた隙間からは、我先にといわんばかりに怪物が溢れてきた。その様は、例えるなら通勤時間帯の満員電車の如く。部屋に収まらないくらいに入り込んだ黒い化け物が、津波となって押し寄せる。
「くそっ!処理が追いつかない!!
「数が多すぎます!!」
「怯むな!!全滅させろ!!」
右も左も上も中央も。何処を見ても黒黒黒。兵士達は絶え間なく銃声を上げているというのに、一向に数が減る様子はない。怪物達が巨大な牙をカチカチと鳴らす度に、断頭台に立たされた気分になる。
兵士達は動きを止めた個体を優先的に処理する。そのまま放置すれば、何が起きるかを知っているからだ。
「死ね!化け物め!!死ね!死ねええええ!!!」
「落ち着け!冷静になれ!!」
「頭がおかしくなりそうだあ!!」
「ちきしょう!!こんな奴らと戦うなんて想像したこともなかったぜ!!」
さしもの彼等でさえ冷静さを欠く状況。俺に出来ることは上部から迫る撃ち漏らしの対処。ただ、兵士達が優秀なため俺に回ってくる怪物など片手で数えられる程度。実質固唾を飲んで見守っているだけだ。
これが当然の役割分担だとは理解している。俺は軍人でも何でも無い。素人が下手に出しゃばれば反って迷惑になるのは火を見るより明らか。碇軍曹は、撃ち漏らしの処理すら任せるのを渋っていた。
(くそっ!)
しかし、戦う術があるのに指を咥えて見ているしかないのは、何とも歯痒いものだった。
「ちぃ!弾が切れた!!」
「くっ!こっちもだ!」
そんな時、状況に変化が生じる。
戦闘が始まって数分かもっと長い時間が経った頃。数人の兵士達から弾切れの報告が上がったのだ。見れば彼等は最初の坂の先で合流した人達だった。
「くそったれ!こっちも渡せるほど残ってねえぞ!!」
「同じくだ!!」
「ちくしょう!あと少しなのに!!」
軍人の意地を見せた兵士達は、絶望の怒濤を凌ぎ切った。
怪物達は誰が見ても明らかなほどに数を減らし、この程度なら万全の状況であれば難なく倒し切れたはずだ。
しかしながら、相次ぐ弾切れの知らせ。もう部隊の半数以上が戦闘困難なった今、押し切るには博打の要素が絡んで来る。運が悪ければ一人二人では済まない犠牲が生まれてしまうことは俺にでもわかった。
「くそっ!!ここまで来て⋯⋯!!」
現状は、想定していた最悪の事態に陥りつつある。一時後退するにしても、予備弾はほぼ空。補給地点に戻る前に襲われればそこで終了。だが、奥にまだ怪物が大量に残っていると考えるならば、このまま突き進むことも躊躇われる。
前にも後ろにも動けない。雁字搦めとはまさにことことだ。
「⋯⋯」
俺の左手にはこの状況を打開せしめる力がある。撃ったのは数発。弾は存分に残っていた。
武器はある。弾もある。覚悟は、自信を持ってあるとは言い難い。
だがそれでも、命を救ってもらった恩に報いるためにも。
「⋯⋯碇軍曹、俺が前に出ます」
意を決して、俺は言葉を発した。
「なっ!?正気か!?お前は民間人なんだぞ!?戦闘経験どころか訓練すら碌に積んでいない!そんな奴を前に出せるはずがないだろう!!」
当然の如く、軍曹は叱咤にも似た言葉を投げ返される。
碇軍曹にとって俺は守るべき対象。戦場に同伴するだけでも度し難いのに、最前線に置くことなど絶対に許可しない。
だけど、何もしなければ状況は悪いままだ。
どうせ死ぬことになるとしても、俺は光を求めながら死にたい。最後まで、手を伸ばし続けたい。諦めるのはそれでもダメだった時だけだ。
「⋯⋯軍曹達のおかげで、スピアの残弾は有り余っています。酸を防げる盾もあるから、防御力も一番高い。俺がおとりになれば、少ない弾数で敵を倒せるはずですよね」
武器のリロードは既に終え、それでも弾は有り余っている。
酸を受けても、右手の盾は溶けなかった。仕組みはいまいちわからないが、耐えられるなら問題ない。牙による攻撃も、巨大による突進もパワードスケルトンがあればどうにかなる。
少しでも怪物の注意を逸らせれば倒しやすくなって弾薬の節約になる。
俺が出張る利点を一つ一つ説明していく。
「なるべく敵を倒しつつ前進します。軍曹達は俺に釣られた怪物を」
「おい、人の話を──」
「いいんじゃねえか!?」
それでも軍曹が断固とした態度を崩さない中、賛同の声を上げたのは迎撃の最中であった東郷さんだった。
彼はリロードの合間を縫って軍曹に叫ぶ。
「このままじゃ埒があかねえ!どうせ賭けるなら俺は生き残る確率が高い方にするぜ!」
「そうだな!俺もそうする!」
「並みの兵士よりはセンスも度胸もある。悪くない選択肢だとは思います!」
「お前達⋯⋯」
空閑さんと流川さんも後押ししてくれる。まさかそんなにも評価して貰えているとは想像もしていなかったが。
彼等の加勢は軍曹の意見を変えるのには申し分なかった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯わかった、お前に賭ける」
「⋯⋯!!」
怪物の侵攻を片手間に捌きながら、軍曹は様々な可能性を探ったのだろう。そして、俺に任せるという結論を出したのだ。
「ただし!無理はするな。危ないと感じたら迷い無く後退しろ」
いいな、と念を押してくる軍曹に大きく肯定を返し、俺は行く先に立ちはだかる黒い壁を見やる。
対応可能な数ではある。が、それは総勢十三人で応戦した場合の話。一人で受け持つにはどう考えても多すぎるし、訓練も経験もない俺が倒しきるのは天地がひっくり返っても有り得ない。
しかし、俺の後ろには強く頼もしい戦士達がいる。俺は注意を退くことに専念し、その間可能な範囲で撃破していけばいいのだ。
(⋯⋯怖いな)
射線にかぶらないように慎重に歩いて防衛線の一歩前に出ると、死の近さを嫌というほど感じる。
牙による圧殺。酸による融解。味方の誤射。スピアの暴発。あげれば死因などきりが無い。
(⋯⋯)
なのに、不思議と心は穏やかだった。視界に曇りは無く、頭も正常に機能している。
「すぅー⋯⋯行きますっ!!」
肺いっぱいに吸い込んだ空気を出撃の叫びに乗せて。レバーを握り込み、ブースターが今日一番の咆哮を上げた。
「まずは一匹⋯⋯!!」
推進力を落とさぬまま、最接近した怪物に向け全力で左腕を振る。思った通り、下から振り上げたスピアは威力を増し、ブースターによる加速も合わさって圧倒的な威力を見せる。突出した槍は正面の三匹を纏めて屠り、しかし飛び出した勢いのままに戻って来た反動によって俺の左腕は身体ごと後方に弾かれる。
「う、くっ!」
左肩に砲弾でも受けたのではないかという衝撃に顔が歪む。普段使うことの無い筋肉が急激な動きに悲鳴を上げている。軽く上下させて被害を確認するが、問題なく稼動するので運良く肩は外れなかったようだ。
「ならもう一回!」
液体が如く開いたスペースをすぐさま埋めてくる怪物に辟易としつつ、左腕をもう一度振り抜く。だが推進力による底上げがなく、今度は二体を貫くだけに留まった。後ろの固体に関しては仕留め切れていない。
「っ!!」
左方からの異音。左手の中指以下三本に軽く力を込めて後方へ移動すると、間髪入れず凶刃が目の前を掠めていく。
額から嫌な汗が溢れてくるのを感じる。
(止まったら死ぬ!!)
鮮明な死の予感に従い、前へ後へ。右へ左へ。時に小さく、時に大きく。持てる神経、集中力を注ぎ込み、今出来る最大限の動きを為す。怪物の動きを模倣するように、しかし的確に死から遠ざかるように通路の幅を目一杯使い、死体に躓かぬよう注意を払いながら蠢く黒の間を縫って動き回る。
生存本能が全力で反応でもしているのか、周囲を囲むどの怪物が次に攻撃して来るかが漠然とではあるが把握出来た。
ブースターは二、三回連続で噴かすと、冷却機構が働くようで少しの間使えなくなってしまう。時間にすれば一秒かそこら。しかし、敵のど真ん中にいる今の状況では、その一秒は致命的な隙となる。それを補うため、勘とも言うべき生への欲求を頼りに、攻撃体制に入っていない怪物が多くいる方向へ移動を続ける。たとえ囲まれたとしても、スピアで一点をぶち抜いてそこに滑り込む。奴等には偏差攻撃、要するに俺の動きを先読みして攻撃するような頭はなく、移動さえ出来れば躱し続けていられた。
どうしても間に合わない場合は、盾で受け止めて即座に左腕を振り抜いた。
(くそがっ!!気が遠くなりそうだ⋯⋯!!)
しかしながら、それを行い続けるには急激な加速と方向転換による慣性の暴力が伴う。戦闘機まではいかずともレーシングドライバーにかかるものと同程度はありそうなそれが、加速する度に身体を襲う。
既に時間感覚は失われた。
まだ数分しか逃げ回っている気がしないが、実際はどれだけ経っているのか。周囲の様子を伺う余裕などない。酸が飛んでこないのは唯一の救いだ。軍曹達が狙い撃ちしてくれているのだろう。
けれど盾を構え続ける右手は疲労が溜まり今にも落ちそうで、急停止の際に踏ん張る足にも痛みが生じている。何より、全力で振り続けているせいで、左肩へのダメージは甚大だ。
限界が近いことは自身が一番よく理解していた。
だが。
(っ!?しまっ──)
初めての敵中。初めての射撃。初めての死戦。
何一つ体験したことのない、こんな命綱なしの綱渡りが逆によくここまで保ったものだと自分を褒めてあげたいところだった。
かちり、という音が、巨大な死を前に虚しくも響き渡る。
逃げ道を作ろうと引き金を引いた瞬間だった。
削られた精神力と集中力も原因ではあるのだろうが、最たるはおそらく経験の無さ。
敵を倒しつつ動くという考えが脳内を占拠し、武器の弾数制限を失念してしまったのだ。
一秒の冷却時間を埋めるための攻撃、噛み付く動作に入り掛けていた個体の排除は失敗。何とかジャンプで噛みつきを避け、その間にブースターは再度使用可能になった。がしかし、巨体に逃げ道を塞がれてしまっている。それでも足掻くことは止めず、後方の怪物に最後の手段である体当たりを敢行するも、体格に差がありすぎてパワードスケルトンを持ってしても跳ね返された。
尻餅をついた俺を嘲笑うかのように、キシリと、怪物が鳴く。断頭の刃が、今まさに落とされようとしている。
(ここまでか⋯⋯⋯⋯)
「──伏せろっ!!」
「っ!!」
諦観に支配されかけた中で、声に反応出来たのは奇跡だと思う。
言われるがまま、全力で身体を伏せる。直後、頭上を鋼鉄の嵐が通過していく。
怪物の身体が貫かれる際の独特な異音。加えて、夥しい量の体液が頭の上から降り注いだ。
「撃ち方やめ!!」
訪れる静寂。
恐る恐る顔を上げると、周囲には巨大な怪物の死体が山のように積み重なっている。
左胸に手を置けば、普段よりも早い心臓の鼓動が返ってくる。
俺の首はまだ繋がっているようだった。
「おい!無事か!?」
「⋯⋯⋯⋯ぇ、あ」
停止した頭が再び思考を始める頃には、駆け寄ってきた兵士達が俺を囲むように立っていた。
「大丈夫そうだな⋯⋯立てるか?」
軍曹が一歩前に出て手を差し伸べてくれる。まだ少し呆けた頭で、とりあえず手を取ろうと左手を伸ばす。
「いっ!?」
戦闘中はアドレナリンのおかげで気がついていなかったのだろう。気持ちが落ち着いてくると、左肩の痛みがじわじわと激しくなって来る。
「ちょっと見せてみろ」
軍曹の後ろからスッと顔を覗かせた流川さんが、俺の左手に座り込み肩に手を伸ばして来た。
「痛むかもしれないが頑張れ」
「えっ待っあだだだだだだ!!」
軽い触診に安心していたところに、此方の静止も聞かず流川さんは痛みを伴う触り方を始めた。
「ふむ、骨は折れていないようだな」
「いやいっ!あのおっ!ほんとにいったぃ!?いででいで痛いってえぇ!?」
猛烈に痛みを訴えているのだが、流川さんは気にした素振りも見せずに触診を続けていく。いや、その手つきはもはや触診ではなく指圧だ。患部をぐいぐいと押し込み、再起不能になるのではと思うほどの痛みを与えて来る。
「上官の命令に従わなかった罰だな!」
ざまあないと東郷さんは実に楽しそうに笑った。周りの兵士の半数が同調して笑い声を上げ、残りは憐れみの目を向けて来た。空閑さんは後者に含まれていた。
「よし、これで終わりだ」
周囲の様子に気を取られ、痛みへの準備を怠ったところに最も強烈なそれが加えられた。
「あああいああああ────い?」
今できる最大の悲鳴を上げている途中に気付く。
唐突に左肩が軽くなったことに。
「あ、あれ?痛くない⋯⋯?」
流川さんの手が離れた途端、それまでの痛みが嘘のように消え去った。試しにぐるぐると腕を回してみても、痛みが襲って来ることはない。
何が起こったのか理解が追いつかず困惑していると、俺の肩に魔法をかけた本人が説明してくれる。
「痛みと炎症を抑えるツボを押したんだ。だいぶ楽になっただろう?」
「つ、ツボ⋯⋯?」
ツボ。ツボである。
ツボ療法の話はテレビやら何やらで無論聞いたことはあったが、まさかここまで劇的な効果があるとは。
いやそれよりも驚くべきは、軽く触っただけで怪我の具合を把握し、それをさらりと施してしまう流川さんだろうが。
「⋯⋯言いたいことは多くあるが、その痛みに免じて止めておくとしよう。お前は軍人ではないしな」
軍曹がもう一度伸ばして来た手を、今度はしっかりと握りしめて立ち上がる。
お説教は覚悟の上だったのだが、流川さんのおかげで免除らしい。肩の痛みもひいたし、彼には是非とも感謝を送りたい。尋常ではない痛みを味合わされたけれど。
「ここを出たら伍長のところへ案内してやろうか?入隊手続きをしてくれるぞ?」
「そりゃあいい。お前は頼りになりそうだ」
空閑さんと東郷さんを筆頭に、冗談混じりに入隊を進めて来る兵士達。しかし、割と本気で誘われている気もする。全員の目がなんだか怖いのだ。まるで獲物を狙う肉食獣に包囲された気分にさせられる。
「何にしても、地上へ出てからだ。出口はあの扉の先にある。行くぞ」
積み上がった怪物の死体を越え、巨体によってめちゃくちゃにされた物資を横目に辿り着いた扉。
もういい加減飽き飽きするほどに見た開放。当然のように現れる長い斜面。それも今までの中で一番に長いもの。
けれど、その先から溢れる光を見れば、萎えていく気持ちなど一瞬で消し飛んだ。
「出口だ!」
「助かったんだ!」
「生きてる!俺は生きてるぞ!!」
上がる喜声。響く歓声。
喜色に満ちる兵士達を人口の光ではない、太古から地球上の生命を育んできた希望の光が包み込む。
安堵か喜びか、単に眩しかっただけか。じんわりと目頭が熱くなっていく。
だが、ここで泣いては格好がつかないので、上を向いて懸命に涙を堪えた。
既に号泣している兵士も複数見受けられるが。
「民間人、もう安全だ」
後光が指す軍曹に俺は強く頷きを返し、光への一歩を踏み出した。
地下から脱出!これでもう安心だね!
しかし華がない。
如何せん華がない。
女の子は!女の子はどこじゃ!
まだ暫くはそんな話が続きそうです(陳謝)。