其は明日を鎭る者   作:へっこむす

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クリスマスシーズンですね、どうもへっこむすです。
割と早く書けて作者はほっとしておりますが、前回予告した通り、今回のお話は原作にない展開に加えオリキャラが登場致します。苦手な方はご注意!
なお、諸事情により今回も短めです。


悪夢は等しく降り注ぐ 1

 九月中旬のある日、関東地方は高気圧に覆われ晴天に恵まれた。平年と比較しても格段に低い気温ということもあり、過ごしやすい気候はまさに絶好の行楽日和といえる。

 その関東地方を構成する首都圏の一つである神奈川県の、県庁が設置されている中枢都市、横浜。港が近く、遊園地や観覧車、歴史的建造物に中華街など普段から多くの人が集まる場所ではある。が、本日、集まった人々の半数はいつもなら野球観戦などに使われる施設に詰め寄せていた。

 会場の外には中に入り切るか心配になるほどの長蛇の列。

 客層はどちらかといえば男性が多いが、女性も決して少なくはない。比率で表せば六対四といったところ。年齢層も幅広く、老若男女が入り乱れている。

 

 そんな彼らから少し距離を置き、列をなぞるように歩いていく少女が一人。

 唾がついた大きめのキャップを被り、目元にはサングラス。そこへマスクも着けているものだから、顔立ちを把握するのは難しい。意図的に隠しているのは明らかで、首から上だけを見れば不審者とすら疑われそうな装いだ。がしかし、敷地内で販売されているTシャツにカジュアルなホットパンツという服装と際立ったスタイルの良さがそれを緩和しており、警備員に声をかけられることはなかった。

 彼女はチラチラと列を気にする素振りを見せながら進む。時折足を止め、首を伸ばしては肩を落とし歩みを再開する。さして間を置かずもう一度足を止め、背伸びをしたかと思えば肩を落とす。

 関係者用の入り口に辿り着くまで繰り返し続いたその不審な行為は、側からみれば誰かを探しているようにしか見えなかった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁー」

 

 世界を憂鬱で包み込んでしまいそうな長い溜息を吐いた彼女は、建物内に入った瞬間に一転、先とは別人のように落ち着きを纏い背筋を正して歩き出す。

 キャップをとり、サングラスもマスクも外せば、現れたのは美。誰が見ても女優か、それに類似する職に就く人物だと思うほどに整った顔立ちをした少女がそこにはいた。

 肩口で揃えられた艶めく胡桃色の髪。透き通る白皙。切長の大きな目と長い睫毛。すっと通った鼻筋。程よい厚みの唇。少し丸めの輪郭。

 その容貌は、他者の目を惹きつけて止まないものだった。

 加えて彼女は愛想も良い。すれ違うスタッフ一人一人の前で足を止め、頭を下げてよろしくお願いしますと挨拶を送る。

 彼女の経歴と外の群衆が彼女を目当てに来ていることも含めれば、まさに神が二物も三物も与えた人間といえよう。

 

「あ、(りょう)見っけ。何処行ってたの?」

(れい)。ちょっと野暮用がね」

 

 彼女に与えられた控室が近づいて来たところで、少女の前方から声がした。

 早足でやって来たその声の主も、少女に負けず劣らず麗しい容姿を持つ人物だった。

 すらりと伸びた手足とメリハリのある身体を少女と同じTシャツと黒いジーンズで覆い隠すその女性は、背中まである長い黒髪と落ち着いた雰囲気も相まって、少女よりも幾らか歳上に見える。

 

「ああ、またいつもの彼氏探しか」

「ち、違うって言ってるじゃん!!」

「どーだかねぇー」

 

 揶揄うような表情を浮かべる黒髪の女性は、少女の同僚だ。

 彼女達を含めた五人が本日の主役。

 飛行演という舞台で瞬く星々である。

 

 

 

 2015年。人類は、数百年に渡り抱き続けた空への想いを、飛行機とは別に、限りなく理想に近い形で実現させる。

 "ala cras(アラクラス)"という名で発表された個人用飛行補助装置、"フライトユニット"。

 曰く、それは誰も見たことのない世界を見せてくれる。

 曰く、人は終に天を翔ける権利を得た。

 世界には激震が走り、情報は瞬く間に拡散。過去に例を見ないほどの注目を受けることとなった。

 

 発表から数ヶ月後、世界はその情報が真実であると知る。

 盛大に開かれたセレモニーにて、多く人々が目撃したのだ。自由気ままに、鳥のように、大空へ飛び込み散歩を楽しむ人類の姿を。

 世界はその姿に夢想した。自分もあのように空を飛んでみたいと。

 しかしながら実際に翼を授かる名誉を与えられたのは、選ばれた極々一部の者達だけだった。

 

 当初の問題は、コスト。

 飛行を可能とするエネルギーを生み出す心臓部、"プラズマコア"は戦車程とはいかないが一つの作製に相当の費用がかかる。数を用意するには時間も必要で、もし出回ったとしても一般市民にはとても手の届かない値段がつく。

 故に、"フライトユニット"が最初に実践配備されたのは、人命を左右する現場に立つ人々の下。各国の軍部であった。

 僅か数名で構成された飛行部隊は己が特性を最大限に生かし、山岳部での救助活動や高層ビルでの暴徒鎮圧など様々な場面で有用性を示す活躍を見せた。人々はその姿に心を躍らせ、新時代の幕開けだと叫ぶ。各国の首脳陣にも概ね好評で、以降量産に前向きな姿勢を見せる国が増える結果となった。

 

 だがここでも、コストとは別の新たな壁が立ちはだかった。

 ユニットの数が増えるのに対し、それを操る人材が不足してしまったのだ。

 理論や物理法則は元より、飛行はほぼ感覚を頼りに行うため、"フライトユニット"は人を選ぶ。必要となってくる才能の度合いは、一流のアスリートや研究者に匹敵する。

 無論、生半可な技術では飛行部隊には入れない。誰かを助けに向かったのに、向かった本人が命を落とすような事態は到底容認出来ないからだ。

 故に飛行部隊への入隊希望者には座学と実技の試験が設けられている。

 飛行に際して必要な知識は膨大で、全てを網羅するには頭の出来にもよるだろうが、少なくとも相当な努力がいる。それを覚え切ったとて、過酷な訓練を前に脱落者は後を絶たない。努力では塗り潰せない才能という壁が高すぎるのだ。

 この時点で半数、悪い時は四分の三が失格となる。

 ただ恐ろしいのは、それらを乗り越えたとしてももう一枚、最後の砦が残っていることだ。

 

 飛行において、最も重要なものは何か。

 "フライトユニット"に携わる人々や実際に空を舞った経験者ならば、皆が口を揃えて、それはウエイトだ、というだろう。

 ウエイト、つまりは体重だ。

 体重が重過ぎても軽すぎても飛行に支障が出る為、"フライトユニット"には厳密な重量制限がある。

 具体的にいえば、五十キロ前後。許容誤差は上下三キロ未満。それが"フライトユニット"を背負う上での第一にして最大の関門である。

 現状、その範囲に収まるのは基本的には女性しかいない。勿論、それ以上の重量を持つ男性でも飛ぶだけなら問題はない。が、それは単に上下運動のみの飛行であって、前後左右、斜めの動きが加われば途端に精度は落ちる。現場で最大の力を発揮出来る。それが五十キロ前後なのだ。

 とはいえ、七年が経過した現在、技術が進歩したこともあり、飛行士の敷居は低くなりつつある。

 翼は一部民間にも提供され、一般の人々が空を体験できる施設の造設やイベントも開催。飛行士免許取得専門の学部や学校も設立、他にも飛行士の技術を競う競技が生まれ、大会なども既に何度か開かれている。

 相変わらず、第一線で活躍するのは女性のみであるが、それも結果的には男女差別の緩和に繋がったのだから、悪いばかりではなかったといえるだろう。

 

 

 

「そんなに否定するなら、そろそろその指輪の意味、教えてくれてもいいんじゃない?」

 

 昨今、飛行士免許を取得した際の選択肢は増加傾向にある。軍やアスリートのみならず、消防や警察、時には高所での命綱代わりなんてことも。

 そんな中、今最も注目を受けているのが、彼女達"ウイングアイドル"である。

 人命救助でも技術の競い合いでもなく、ただひたすらに煌めきを放ち夢を届けるアイドルという仕事。"フライトユニット"と歌とダンスを融合させたそれが、女性ばかりの飛行士によって形成されたのは、あるいは必然だったのかもしれない。

 

 今をときめくアイドルグループ、"astella(アステラ)"の一人、日月励(たちもりれい)は後輩であり同僚でもある明日梁(あけびりょう)の胸元を指差して言った。

 

「だ、だからこれは御守りだって前にも言ったでしょ!」

 

 場所は移って控室傍の談話室。

 声の制御を失いながら主張する梁の胸元には、チェーンを通して首から下げられた赤い指輪がある。凝った意匠も施されておらずただただシンプルなデザインのそれは輝きを放つ類のものではない。一見、子供が飯事に使いそうな、プラスチック製の代物。言ってしまえば、齢二十歳にして歴史の一ページに名を刻み、世界から注目される存在である彼女が身につけるには些か分不相応に思えた。

 

「御守りねぇ」

 

 嘘ではないのだろうが、核心でもないような理由に励は納得がいかないという声を出す。

 

「じゃあ誰から貰ったのそれ?」

「む、昔自分で買った⋯⋯」

「ふーん」

 

 過去に何度か似たような覚えのあるやりとり。既に励は指輪の真相を梁に尋ねており、いつもこうして煙に巻かれてしまう。

 今までならば励はこれ以上は問わない。梁と親しくなって三年が経つが、親しき中にも礼儀ありという言葉があるように、誰にだって言いたくない過去の一つや二つある。励にだって当然あるのだから、言わないのはお互い様。良好な関係を保つのに相手の全てを知っている必要はない。何より彼女を不快にさせてまで聞きたいとも思わない。だからこれまで深くは聞いてこなかった。

 

「⋯⋯彼氏?」

 

 だが、今日は違った。

 朝目が覚めてから、励は不快な胸騒ぎを覚えていた。空は青く澄んでいて、必死に練習を重ねて来たのだから演舞にも自信がある。頼りになる仲間も側にいる。だというのに、胸の奥にはえも言われぬ漠然とした不安が渦巻いていて、今この話を聞いておかなければ一生後悔する気がした。

 その予感に従うように、励は畳み掛ける。

 

「⋯⋯そんなのいない」

「⋯⋯」

 

 梁が嘘を言っている様には見えなかった。元より普段から頻繁に交流を図っている励が彼氏の存在に気づかないはずもない。反応を見る為に一応口に出した言葉は、予想通りハズレであった。

 

「じゃあ、幼馴染とか」

「漫画の読み過ぎじゃないの」

 

 頬を膨らませ始めた梁に申し訳なさを感じつつ、励は次の候補を思い浮かべる。

 励は漫画やアニメ、ゲームを人並み外れて嗜む。本人は並みだと思い込んでいるが、推しのグッズを使用用、観賞用、保存用の他に、布教用と売上貢献用を買っている時点で、全身沼に浸かっていると言わざるを得なかった。

 さておき、励は梁を主人公に見立てて、乙女ゲームに現れそうな人物を列挙していく。

 クラスメート。同級生。部活仲間。学校の先生。帰省の際に出会った男子。家庭教師などなど。思い付いたものから口に出していくがそのどれもに否を返される。

 

「あ、もしかしてお父さんだったり?」

「やめてよ気持ち悪い」

「お、おう」

 

 ファザコンという線も踏まえあえて父の存在を挙げてみれば、返ってきたのは思った以上に冷たい言葉。酷い言われ様だ、と励は未だ見ぬ梁の父親に憐憫を抱く。明日家の大黒柱の扱いを垣間見た気がした。

 

「んー、なら学校の先輩」

「違うし。そもそも一緒に通えなかったもん⋯⋯あ」

 

 何気なく溢れた一言は二人の間に一瞬の静寂をもたらす。

 

「ほお?ほほぉぉお?」

「ち、ちがっ、今のなし!!」

 

 遂にぼろが出たことでこれでもかと顔をにやけさせる励と、必死に発言を取り消そうと努める梁。

 正確な情報はないまでも、少なくともこれで自分で買ったという梁の発言は嘘であると判明した。更にはいじらしい言い方から推測するに、まず間違いなく好意がそれに付随する感情を指輪の送り主に抱いている。

 他者の色恋は人生に彩りを与えてくれると励は思っている。しからばこの状況で彼女のとる行動は一つ。新たなる供給を求め、オタクの経験を活かして供給源を追い詰めるのみだ。

 

「なるほどなるほど、一緒に通えなかった、ね。先輩に反応したところを見るに、それはつまり、梁が入学した時には既に卒業してしまった後ということかしら?」

「う⋯⋯」

「公演毎に探しに行くということは、毎回チケットを渡している。となると思ったより距離感は近そうね」

「うぅ⋯⋯」

 

 ラノベ、漫画、アニメ、ゲーム。オタクはそれらに触れれば触れただけ、多くの物語に出会い、人物を眺める機会を得る。つまり、性格や個性の知識が増えるのだ。想像力が鍛えられると言い換えてもいい。

 

「幼馴染ではないなら、そうね⋯⋯近所のお兄さん⋯⋯は違う。なら昔馴染みの従兄なんてどう⋯⋯?その顔は違うわね。でも遠くもなさそう」

「うぅぅ⋯⋯」

「⋯⋯あら?そういえば、梁のスマホの待ち受けって⋯⋯」

「っ!?」

 

 顔色を見計らいながら攻める最中、励はふと、頻繁に見かける梁のスマホの画面を思い出した。

 自宅と思しき場所での自撮り。家にしては化粧も服装もやけに気合いの入った、ファンが見れば悶絶ものの写真は、彼女くらいの年齢なら一般的だろうし特に疑うべきところはない。

 ただし、それはよく見れば違和感があった。

 梁が写っているのは画面右寄りで、全体の左側三分の一程度は隙間が空いていて、確かそこには鏡が置いてあったと励の優秀な頭脳は覚えていた。

 自宅で。態々広めのスペースを開け、自分以外に鏡を写した理由。

 ここまでの手がかりから導き出される答えを、励は的確に見出した。

 

「梁⋯⋯あんた、お兄さんいる?」

「い、いいいいいない!いないもん!!」

 

 つまるところ、百戦錬磨のオタクは洞察力に優れ、観察力も備え、推理力をも会得するのである。

 無論、大いに個人差はあるが。

 

「なあぁーるほどねえ。まさか梁が妹だったとは」

「だからいないんだってばぁ!!」

 

 梁は軽く目を潤ませながら必死になって否定する。その姿を見た励は良心の呵責に苛まれながらも、好きな子をいじめたくなる小学生男児のような思いと、予想以上に面白くなりそうな事情を前に止まるという選択を捨てた。

 

「まあまあ、もうアタシにはお兄さんの存在はバレちゃったんだし、誰にも言ったりしないからさ。観念してお姉さんに話してごらんよ。協力だって惜しまないよ?」

 

 励の言葉に嘘はない。可愛い後輩がこの三年間メンバーや関係者の誰にも明かさなかった兄の存在。それを明け透けと口外するつもりはないし、彼女が悩んでいるようならば、先輩として、歳上として喜んで手を貸す所存だった。

 それがたとえ、外聞の悪い内容であろうとも。

 

「⋯⋯⋯⋯ほんとに?」

「ほんとほんと」

 

 暫く俯いていた梁は、上目遣いに羞恥と不安がないまぜになったか細い声を乗せて問いかける。

 対して励は一切躊躇わず肯定する。

 

「⋯⋯笑わない?」

「笑わない」

 

 にやけるかもしれないけど、と励は心の中で付け足す。

 

「気持ち悪いとか思わない?」

「絶対に思わない」

 

 むしろご馳走様ですと思う、と励は口に出さず付け足す。

 梁はまだ少し悩んでいるようで、また顔を俯かせる。

 その間に励はスマホを出して時間を確認。開演まではまだ余裕があるので、それまでに事情くらいは聞けるだろうと思った。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯じゃあ」

 

 長い長い葛藤の末漸く決心が付いたのか、聞いて、と梁が顔を上げた。

 

 その刹那。

 ドン、という衝撃音。

 

「っ!?じ、地震!?」

「結構大きいよ!?」

 

 更に間髪入れず、身体を支えていられないほどの揺れがってくる。

 

「皆さん!一先ず全員外に出てください!!」

「落ちついて!誘導は我々が行いますから!!」

 

 少しの間続いた地震が収まってすぐ、駆けつけた警備員の指示に従い周囲のスタッフ達は慌てて避難を開始。梁と励も一度顔を見合わせてから、流れに沿って外へと向かう。

 

「なんだろう、何か⋯⋯変⋯⋯」

 

 騒然とする通路を進みながら、ぼそりと、隣を歩く梁に聞こえない程度の声で励は呟く。

 彼女の胸中では、朝から変わらず抱きつつけていた不安が、風船の如く一気に膨れ上がっていた。

 

 




はい、ということで、前回の明日君のモノローグから想像出来た方もいらっしゃるとは思いますが、はい。妹ちゃんとその友人の登場でした。
いやあ、フライトユニットの説明がぐだぐだになってしまいましたかねえ⋯⋯。公式の情報が少なくてなかなか⋯⋯。あと設定ぶち込み過ぎた感が否めない⋯⋯。
因みに、姉か妹かで最後まで悩みました。姉党の方はごめんなさい。いもう党の方は万歳!
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