其は明日を鎭る者   作:へっこむす

7 / 11
大晦日、皆様はいかがお過ごしでしょうか。どうもへっこむすです。
リアルに忙殺され、いつの間にかクリスマスが終わり、今年までもが終わりかけております。時間の流れについて行けない⋯⋯。
それはさておき、今回もまた短めになってしまいました。
理由は簡単。


年内に一話は更新しておきたかったからです!




悪夢は等しく降り注ぐ 2

「なに⋯⋯あれ⋯⋯」

 

 落ち着かない気持ちを抱えたまま、励やスタッフさん達と一緒に外へ出ると、心地良い陽気とは裏腹に、信じ難い光景が目に飛び込んできた。

 

「え、っと⋯⋯?ドッキリか何か、じゃないわよね⋯⋯?」

 

 励も同じ思いを抱いているようで、いつもクールな彼女にしては珍しくぽかんとした顔を浮かべている。

 どうしても信じられなくて、ベタに自分の頬を引っ張ってみるも、普通に痛い。そもそも夢であれば、さっきお客さんの列を見て回った時にあの人を見つけられてるはずだから、これは紛れもない現実ということになる。

 

 黄金の円盤がグッズ売り場に並ぶファンのみんなと同じように列を成して、空を飛んでいくこの非日常的な光景が、現実なのである。

 

『此方はEDFです!只今、非常事態宣言が発令されました!この地域は攻撃を受けています!戦闘に巻き込まれないよう、市民の皆様はEDFスタッフの指示に従い速やかに避難してください!これは訓練ではありません!繰り返します!これは訓練ではありません!!』

 

 市内放送用のスピーカーからは、EDFの人が切羽詰まった様子で避難を促している。

 EDFは地球の平和を守る為の軍事組織だ。

 どの国にも属さない中立な立場を保つ彼らがいる限り、他国間で軋轢が生じても迅速に落とし所を提案され戦争の火種は吹き消える。クーデターやテロが起きれば国軍よりも先に駆けつけ、世界有数の軍事力を以て事態の終息を図る。

 冗談でも誇張でもなく、彼らは事実として世界の平和を維持しているのだ。

 ところが近頃は、悪い噂ばかりが取り上げられているのをテレビやネットでよく見かける。

 例えば、やり過ぎとしか思えないほどの兵器の配備だとか。大手企業に入社予定の新人や、第一線で働く優秀な人材を引き抜いて回っているだとか。

 つい最近にも、何処かの基地に対して抗議運動が起こったと言っていた。

 大き過ぎる力は私たちを守る為のもの。でも庇護下にあると分かっていても、もしその刃が自分達に向けられたらと思うと不安になるのは仕方のないことだと思う。

 だけど今、そんな悪印象を払拭するように、何処からか颯爽と駆けつけたEDFの人達は、必死に懸命に動き回って、それでも丁寧な姿勢と真心を忘れない対応を心掛けてくれている。

 彼らが来ていなければ、周辺の人々はパニックに陥っていたし、私だって冷静にはいられなかったはずだ。

 

「お、おい⋯⋯あれ⋯⋯」

「象、か何か、か⋯⋯?

 

 けれど本当に大変なのは、悪夢の本番はここからなのだと私は知ることになった。

 イベントスタッフさん達が指差した先に目を向ける。

 高いオフィスビルの上。本来そこにはこれといって特筆すべきものは何もない。何度かこ会場を訪れているけれど、銅像の類が置いてあるところを見た試しがないし、新たに設置する為の工事も行われていなかった。

 では、あれは。

 遠目でもわかる大きさを持つあの黒い影はなんだというのか。

 背中がぞわぞわと百足にでもなぞられるような感覚。それを助長させるように、巨大な影は一つ、また一つとビルの背後から姿を現してどんどん数を増していく。

 私達以外にも避難している殆どの人が影に気づき、固唾を飲んでその様を見守っている。

 

『こ、こいつら、人間を食うぞ!?』

『なっ!?誰だ無線を使ってるバカやろ、う、は⋯⋯え⋯⋯う、うわあああああああ!!』

「っ!?おい!!全員今すぐ無線を切れ!!」

「は、はい!!」

 

 突如、避難誘導に当たっているEDFスタッフの無線から発された銃声と怒号と断末魔。余興にしては音も演技も現実味に溢れ過ぎていた。

 銃声が聞こえてきた瞬間、自発的に無線を切断した隊員もいたようだけど、駆けつけた多くの隊員全員がそれを真似出来るはずもない。EDFの優秀さが裏目に出てしまったのだ。

 彼らの顔色が青くなっていく過程を眺めてしまったのも、無線の先の隊員が最後に見たのが、あのビルの上の存在だと想像出来てしまったのも最悪だった。

 市民に届けられた恐怖は瞬く間に伝搬。一人が和を乱し列から離れてしまえば、集団心理は自分も逃げて良いのだという許可を与えてしまう。

 抑えられていた不安が爆発。周囲は我先にと逃げ出す人々でごった返し、パニックに陥った。

 

「梁!アタシ達も逃げるよ!」

「に、逃げるって、灯和(とうか)達は!?」

「あの子達が案外しっかりしてるって知ってるでしょ!きっと避難してるわよ!」

 

 他のメンバー達が個性が強い割にしっかり者なのは当然知ってる。だから励の言う通り、避難指示には真面目に従って行動してるはずだとは思う。

 

「でも、そうは言ったって⋯⋯」

 

 私達の動きを察知したのか、黒い影の集団は凄まじい速度でビルを下り始めていた。多分あれは訓練を受けた彼らでさえ狼狽え、悲鳴を上げる相手。私達がどうこう出来る存在じゃない。

 首を回して周りを見れば、人、人、人。イベントにより人が一箇所に集まり過ぎたせいで、混乱の度合いは増す一方だ。

 

「あっ!」

 

 ふと目を向けた先、敷地の外へと続く門の手前で、髪をおさげにした三歳くらいの女の子が足を縺れさせて転ぶ姿が見えた。私は咄嗟に駆け寄ろうと一歩踏み出すも、すぐに彼女の父親と思しき男性が女の子と彼女が持っていた熊のぬいぐるみを抱き上げて連れて行く。

 前に出した足を戻して、ふう、と安堵の溜息を吐く。

 

「⋯⋯」

 

 それと一緒に、転んで涙していた少女が過去の自分と重なり、幼き日々の思い出が甦って来た。

 十年以上経っても全く色褪せず残る愛しい日々。

 いつも私の前を歩いてくれた大きな背中を持つ人。道に迷っても、道端で転んでも、いつもいつも暖かい手を差し伸べてくれた人。

 勇敢で頼もしく、誰よりもかっこいい人。

 あの人ならきっと、こんな時慌てふためいて逃げ惑ったりしない。困っている人を見ないふりして、一人で逃げたりしない。

 

「⋯⋯そうだ、そうだよ」

 

 あの人みたいに上手くは出来ないし、かっこよくはないかもしれないけれど。

 私にだって、やれることがある。私にしか出来ないことがある。

 私は飛行士。私には空を翔ける翼があるんだから。

 

「⋯⋯励、ごめん先に行ってて。私はまだやることがあるから!」

「え⋯⋯?ちょ、梁!?どこいくのよ!?」

 

 励は申し訳ないけど、左手を掴んでいた彼女の腕をそっと解いて私は来た道を駆け戻る。

 さっきと同じく関係者用入り口から入って、目指すは私達に用意された控え室の側。厳重に施錠された扉。

 私を私たらしめる武器が待つ部屋だ。

 広い通路を全速力で駆け抜けて、息が上がり始めた頃に漸く見えて来た目的地。呼吸を整えるのも忘れ辿り着いた扉の鍵穴に、ポケットから取り出した鍵を差し込んで回す。

  

「よかったあった!」

 

 入ってすぐの台に並べられているのは、メンバー個人個人に合わせてカスタマイズされた空への切符、フライトユニット。色分けもされていて、私のは優しめの金とオレンジが混ざり合ったものだ。

 フライトユニットは数年前ほどではないにしても高価な代物。だからこの保管部屋の鍵を持っているのは、私を含めたメンバー全員とマネージャーにプロデューサーにメンテナンス担当の技術者さんなど両手の指で数えられる程度。疑ったつもりはないけれど、火事場泥棒がいなくて本当に良かったと思う。

 これで私は自分の役目を果たせる。

 

「急がなきゃ!」

 

 私は自分の翼の前に立ち、早速装着しようと手を伸ばす。しかしそれは、横から伸びてきた誰かの手によって遮られてしまった。

 驚いて手の主を確認すれば、そこには私と同じく息を切らした励がいた。

 

「はぁ、はぁ、あんた、それ着けて何するつもり?」

 

 励は肩で息をしながら質問してくる。

 

「何って、みんなを助けるんだよ!」

 

 私は止めようとする励を説得する為に言葉を尽くす。

 

「外で何が起きてるのかはわからない。でもこのまま何もしなかったら、誰かが怪我をする。もしかしたら、命だって危ないかも⋯⋯」

 

 さっきは運良く両親が近くにいて女の子は無事だったけれど、あの混乱の中では逸れてしまっている子だって絶対にいる。そんな子達が大人の波に飲まれたら、きっと怪我どころではすまない。

 

「フライトユニットがあれば、避難誘導だってし易くなる!顔を知られてる私なら、みんなの不安を少しでも取り除けるかもしれない!」

 

 私だったら。アイドルだったら。きっとその光でみんなを導ける。

 

「やれることがあるなら私はやりたい!今やらなきゃ絶対後悔する!だからお願い励!手を離して!」

 

 彼女の目を見て、はっきりと私の意志を伝える。

 反響した自分の声を最後に、室内は静寂が支配する。

 その中で少しの間、励は私に真剣な眼差しを返してきたけれど、不意に、はあぁ、と大きな溜息をついた。

 さっきあの人を見つけられなかった時の私のように。

 

「まさかあんたがそこまで正義感溢れる人間だとは思わなかったわ」

「な、何よ!悪い!?」

 

 私は真面目に一生懸命話したのに、呆れたと言わんばかりの態度を取られて心が少しささくれ立つ。

 

「もういい!私急いでるから!」

 

 感情のまま軽く振り払うようにして励の手から逃れ、今度こそフライトユニットを装着する。

 身体に慣れ親しんだ動作でブースターを背負い、肩とお腹と腰、それから脚をベルトで固定する。プラズマコアの着装は確認済み。後は利き手ではない方にブースターコントロール用のグローブを、利き足に方向制御ブーツを履いてコアを起動させれば、私は空へと飛び立てる。

 

「コアよし。ベルトよし。グローブ、ブーツよし」

「心意気よし」

「え」

 

 自分の準備と嫌な緊張感から思ったより視野が狭くなっていたらしい。

 すぐ隣に、励がいるのに気が付かなかった。それも、私と同じ、フライトユニットを身につけた姿で。

 

「なに、して」

「ん?何って、みんなを助けに行くんでしょ?」

 

 何を今さらと励は言う。

 

「で、でも励は反対してたんじゃ」

「アタシは理由を聞いただけ。止めるつもりは最初からなかったよ」

 

 あっけらかんとしている励に私は間の抜けた顔を見せてしまったのだろう。彼女はくすくすと相好を崩している。

 でも明らかに笑い過ぎだった。

 次第に私の頬が膨らみ始めたところで、彼女は目尻に浮かんだ涙を拭って、それに、と言葉を続けた。

 

「あんた、止めても聞かないでしょ?」

「⋯⋯うん」

 

 本当に、この二つ歳上の友人は私という人間をよく理解していると思った。

 照れ臭いし、悔しくもあるけれど。

 今はそれがこんなにも頼もしく心強い。

 

「行こう!」

「おうよ!」

 

 声を掛け合ってから、私達は入ってきた時とは違う一番近い場内への入り口を目指す。空の使者となった私達なら、屋外にさえ出てしまえばどうとでもなるから。

 眩い日差しが目を刺し、青い空が真上に見えた瞬間、右手に付けたグローブの人差し指、第二関節付近にある四角いボタンを親指で軽く押す。

 コアは呼応するように放電を開始。ブースターには火が灯った。

 この離陸前の独特な感覚が私は一番好きだ。

 

「明日梁、進空します!」

「あはは、それアイドルっぽくない!」

 

 ついアスリート時代の様式美を声に出してしまい、また励に笑われる。けれど今度は頬を膨らませる気分にもならず、寧ろ私も面白くなって吹き出してしまった。

 リラックスした心をそのままに離陸。緩んだ目元に力を込めて飛行に集中する。幾らいい成績を残したからといって、私はまだ飛行士になって五年足らずの身。油断し過ぎれば命に直結する。向かう先に危険生物が溢れ、競技とも舞空とも違う飛行を行うのであるなら尚更だ。

 

「励!」

 

 呼びかけと一緒に手でも合図を出し、ひとまずバックスクリーンの上に着地。周囲の状況を観察する。

 でもすぐに、見なければよかったと後悔した。

 

「え⋯⋯」

「こ、れ⋯⋯現実なの⋯⋯?」

 

 状況は私達が思っていたよりもずっと悪くて、正直に言えば今すぐにでもどこか遠くへ逃げ出したいくらいには怖かった。

 まず一番に飛び込んで来たのは、横浜で一番高いビルと同等の高さを有する塔のようなもの。幾何学的な模様が描かれた機械的なそれは、昨日まで存在していなかった。

 何処からどうやっていつの間にあんな高いものを建てたのか。わからないことだらけで、胸の内で困惑と不安が渦巻いていく。

 けれどその塔から巨大な生物が続々と現れるのを目にした瞬間、それらは恐怖に変わった。加えて高高度を飛んでいた金色の円盤が低い位置まで降りてきて、塔と同じく滝かと見紛う勢いで巨大生物を投下している。

 下へ目を向ければ、あちこちから銃声が響き続けており、既に黒い煙が立ち昇っている場所もあった。爆炎も当たり前のように散発している。

 真っ先に浮かんだのは、戦争という二文字。続いて子供の頃に見た、宇宙人の襲来を題材としたSF映画の一場面も思い起こされた。

 

「っ!!み、みんなは!?」

 

 戦慄する眺めに消沈しかけた勇気を振り絞り、助けようと決めた人々の姿を見る。

 誘導に回っていたEDFの隊員達も今や銃を手に取り迫る怪物達を抑えるのに必死。道標を失った人々は混乱を極め、散り散りになって逃げ回っていた。道路は事故が多発し渋滞が発生。怪物が間近に迫るのを確認したドライバー達は車を捨てて走り出す。

 今日の会場の収容人数は三万人を超える。チケットは昼の部も夜の部も完売であったから、ここには少なくともそれだけの人がいる。今尚、周囲の飲食店やビルから飛び出してくる人達も合わせれば、実際はもっといるはずだ。

 この全員を助ける。

 私達だけで。

 たった二人だけで。

 

 そんなの。

 

 

「無理、なんて言わないわよね?」

「え」

 

 心を読んだかのタイミングで語りかけられ、胸がどきりと跳ねる。

 励へ顔を向ければ、此方を叱咤するような目とかち合った。

 

「あんた、さっき自分が言ったこと忘れたの?」

 

 覚えているに決まっている。出来ることがあるならやりたい。助けられる人がいるなら助けたい。大見えを切った時の気持ちに嘘はない。

 だけど、こんなにも絶望的な状況だなんて思ってなくて。

 励から視線は逸れていき、下へ下へと沈んでいく。

 

「⋯⋯⋯⋯その姿、お兄さんに見せられるの?」

 

 けどその言葉を聞いた瞬間、視線は一気に跳ね上がった。

 




今回は梁ちゃん視点のお話でした。
フライトユニットの仕組みとかがばがばな気がしてならない⋯⋯。


次のお話は年始の早い内に投稿できる⋯⋯⋯⋯はずだと思いますので、どうぞよろしくお願いします。



それでは皆様良いお年を!!
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