ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「最後だ。僕のすべてを懸けて、君たちをねじ伏せる! ――王の咆哮を聴け、ガブリアス!!」
レオンが絶叫と共に放った、最後にして最強の相棒。
フィールドに地響きを立てて現れたのは、これまでの相手とは一線を画す威容を誇る、マホロバジュニアユースの絶対的象徴――ガブリアスだった。その身から放たれる圧倒的な覇気と砂塵が、スタジアムの空気をビリビリと震わせる。
「ハッサム、続けて頼む」
カグヤの指示に、メガハッサムは巨大なハサミを打ち鳴らして応えた。まだメガ進化の輝きは衰えていない。
「ガブリアス、メガ進化!!」
レオンが左腕のメガリングを掲げると、ガブリアスの身体が凄まじいエネルギーの光に包まれた。光が弾けた後に現れたのは、両腕が禍々しい鎌へと変貌し、さらに凶暴さを増したメガガブリアス。
マホロバ最強のエリートと、カロスの異端児。互いの最高火力が、ついに激突する。
「『じしん』でフィールドごと粉砕しろ!!」
メガガブリアスがその巨体で大地を激しく踏みつけると、スタジアムの床が激しい地割れを起こし、ハッサムの足元を爆裂させた。凄まじい衝撃波がハッサムの鋼の肉体を襲う。
「耐えてくれ、ハッサム! 『つるぎのまい』だ!」
ハッサムは地響きに耐えながら、強引にその場でハサミを回転させ、自身の攻撃力を限界まで引き上げた。しかし、先の連戦の疲労もあり、その装甲には確実にダメージが蓄積していく。
「一気に決めるよ! 『だいもんじ』!!」
レオンの非情な追撃。メガガブリアスの口から、ハッサムの絶対的な弱点である炎が大文字の炎となって放たれた。直撃すれば、メガハッサムの耐久をもってしても一撃で焼き尽くされる。
「ハッサム、あのチャンバラの感覚だ。――『見切り』!」
ハッサムの目が鋭く光る。迫り来る焦熱の炎の、わずかな空気の歪み。幼い頃からカグヤと、そして庭の仲間たちと磨き上げてきた野生の勘が、炎の僅かな隙間を捉えた。
シュン! と、炎の渦の真ん中をすり抜けるように、ハッサムの深紅の身体が奇跡的な軌道で回避する。
「なっ……大文字を至近距離で躱すだと……!? だけど、そこが限界だ! 『げきりん』で圧殺しろ!!」
レオンの叫びと同時に、メガガブリアスの瞳が真っ赤に染まった。理性を失うほどの圧倒的な破壊衝動。両腕の巨大な鎌が、目にも留まらぬ速さでハッサムへと襲いかかる。
ドガガガガガガアン!!!
「ハッサム!」
カグヤの声が響く。
見切りを使った直後のハッサムには、メガガブリアスの猛烈な連撃を完全に躱し切るだけの猶予は残されていなかった。ハサミでガードを固めるが、圧倒的なパワーの刃がハッサムの身体を何度も弾き飛ばす。
凄まじい衝撃の煙が晴れたとき、ハッサムは膝をつき、メガ進化の光が解けてストライクの姿へと戻っていった。
「ハッサム、戦闘不能! レオン選手のメガガブリアス、王者の意地を見せました!」
スタジアムが今日一番の大歓声に包まれる。レオンは肩を激しく上下させながら、狂おしげに笑った。
「見たかいカグヤ選手! これが僕たちの、マホロバの最強のスペックだ!」
「よくやってくれた。ありがとな」
カグヤはストライクを静かにボールへと戻すと、頭の上の相棒へと手を伸ばした。
「……さあ、俺たちの本当の『理』を、あいつに見せてやろう。――行くぞ、ウパー」
「う、うぱ……ぅ?」
カグヤの頭からフィールドへと降ろされたウパーは、目の前で真っ赤な目を剥いて咆哮を上げるメガガブリアスを見た瞬間、あからさまにビクッと身体を震わせた。
あまりの恐怖に、小さな身体をぎゅっと縮こまらせ、今にもカグヤの足元へ逃げ帰ろうと涙目で後ろを振り返る。本来なら戦場に立つことすら恐ろしい、臆病な小さなウパー。それがこの子の本当の性格だった。
「大丈夫だ、ウパー」
カグヤは腰を落とし、怯えるウパーの視線に高さを合わせた。その瞳には、静かで温かい「オン」の波導が灯っている。
「お前がどれだけ怖がりでも、俺が全部受け止めてやる。あいつの攻撃をよーく見て、いつも通りにやるんだ。……信じてるぞ」
カグヤの波導が、ウパーの小さな背中をそっと支える。
ウパーは涙目をきゅっと拭うと、ガタガタと震える短い足で一歩前へ踏み出し、メガガブリアスに向き直った。怖くてたまらない。だけど、大好きなカグヤが後ろにいてくれる。だから、逃げない。
「冗談だろう……! 最後がその怯えきった未進化のウパーだと!? 僕を、マホロバを愚弄するのも大概にしろ!」
レオンのプライドが、怒りで爆発する。「ガブリアス! そのトカゲごと、すべてを『げきりん』で噛み砕け!!」
咆哮を上げ、大地を揺らしながら突進してくるメガガブリアス。その巨大な爪が、ウパーの小さな身体を今度こそ消し去らんと振り下ろされる――。
ウパーは恐怖のあまり、思わずぎゅっと目をつぶった。
「ウパー、今だ。――『カウンター』」
ドゴォォォォォン!!!
メガガブリアスの凄まじい一撃が、ウパーの真上に炸裂した。衝撃でフィールドの土砂が激しく巻き上がり、視界を完全に遮る。誰もがウパーの即死を確信した、その刹那――。
土煙の奥から、青く澄んだ強烈な波導の光が爆発的に膨れ上がった。
「なっ……何……!?」
レオンが目を見開く。
そこには、メガガブリアスの巨大な爪に押し潰され、泥まみれになりながらも、必死に目を瞑って耐え忍ぶウパーの姿があった。
ウパーの特性『てんねん』。相手がどれだけ能力を上げようが、どれだけ狂暴になろうが、その「スペックの上昇」を完全に無視して、ただの等倍の衝撃として受け流す、檻の外の理。
そして、ウパーの小さな身体が、恐怖を耐え切った反動のエネルギーを数倍の質量に変え、目を瞑ったままメガガブリアスの肉体へと叩き返した。
ズドォォォォォン!!!
スタジアムの空気が激しく震動し、メガガブリアスの巨体が、信じられないといった様子で宙を舞った。そのまま凄まじい音を立てて仰向けに倒れ込み、メガ進化が解けて元の姿に戻る。その瞳は、完全に意識を失っていた。
「ガ、ガブリアス戦闘不能! 勝者、カグヤ選手!!」
一瞬の静寂の後、スタジアムが崩れ落ちんばかりの大歓声と拍手で満たされた。マホロバの頂点に君臨していた金獅子が、怯えながらも戦い抜いたウパーの一撃によって、完璧にねじ伏せられたのだ。
「う、うぱぁ……」
静まり返る戦場で、ウパーはようやく恐る恐る目をあけると、倒れたガブリアスを見て、ホッとしたようにその場にへなへなと座り込んだ。
「バカな……僕の方程式が……完全に……」
レオンはその場にへたり込み、呆然と空を見上げた。
「お前の計算は綺麗だったよ、レオン」
カグヤは足元へ歩み寄り、泥だらけのウパーをそっと両手で抱き上げた。ウパーは安心したようにカグヤの胸に顔をうずめる。カグヤはそんな相棒の頭を優しく撫でながら、レオンへと言った。
「だけど、数字だけで測れないものが、この世界には確かにあるんだ」
カグヤはウパーを大切に抱えたまま、静かに背を向け、ゲートへと歩き出す。客席からは「兄貴ィィィ!!」「カグヤ、信じられないわ……!」と、ナオとシオンの興奮した声が響いていた。
マホロバの「常識」を打ち破り、カグヤと不揃いな家族たちは、ついに決勝の舞台へと駒を進めるのだった。