ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

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マホロバ本戦・決勝編
漆黒のチェス盤、開戦の鐘


 その日、マホロバ中央スタジアムは、歴史上類を見ない異様な熱気に包まれていた。

 マホロバチャンピオントーナメント、決勝戦。

 客席を埋め尽くすのは、精密なデータを愛し、洗練された勝利のシステムを信奉するエリート観客たちだ。だが、今の彼らの目は、これまでの「常識」をすべて泥臭い力任せの野生で踏みつぶしてきた異端児――カグヤに向けられていた。

「兄貴……! ついにここまで来た。頼む、マジで勝ってくれ……!」

 最前列の柵に身を乗り出し、ナオが祈るように拳を握りしめる。その隣でシオンは、手元の端末に表示されたディランの予測データを睨みつけながら、青ざめた顔で唇を噛んでいた。

「レオンが一度も勝てなかった、マホロバの絶対的な影……ディラン。あいつのバトルには『美しさ』も『誇り』もない。ただ、冷徹に相手をハメ殺すだけの機械よ……」

 スタジアムに重々しい電子音が響き渡り、両側のゲートが開く。

 カグヤは、いつも通り落ち着いた佇まいでフィールドへと歩み進んだ。その頭の上には、これから始まる頂上決戦の空気などどこ吹く風といった様子で、小さなウパーが「うぱ?」とのんきに座っている。ジョーイさんの完璧な治療により、手持ちのコンディションは全員万全だ。

 対角線上、対戦席に立った男――ディランは、一切の感情を排した漆黒の瞳でカグヤを見据えていた。

 レオンのような華やかな金髪も、エリートとしての傲慢な笑みもない。ただ勝つためだけに研ぎ澄まされた、凍りつくようなリアリストのオーラ。ディランにとって、目の前のカグヤがどれほどの熱量を背負っていようが、それは処理すべき「ノイズ」の一個に過ぎなかった。

『さあ、マホロバの頂点を決めるチャンピオントーナメント決勝戦! 運命のフルバトル、ついに開幕です! 互いの先鋒に注目しましょう!』

 実況の声が響き渡る。

 

「行くぞ。――ヒノヤコマ、お前のスピードを見せてやれ!」

 カグヤが放った最初のボールから、鋭い鳴き声と共に、炎の翼を持つヒノヤコマがフィールドを舞った。マホロバに来てから仲間になった、自慢の俊足アタッカーだ。ヒノヤコマは闘志を剥き出しにし、上空から相手を睨みつける。

 対するディランは、表情一つ変えずに最初のボールを静かに転がした。

「……展開しろ、ナットレイ」

 現れたのは、頑強な鋼の刺に覆われた鈍重な植物ポケモン――ナットレイだった。タイプ相性的には、炎タイプを持つヒノヤコマが圧倒的に有利。観客席の一部から「カグヤが初手を取った!」と声が上がる。

 だが、カグヤの瞳は、一瞬で「オン」の深い色へと切り替わった。

(……誘ってやがるな)

 ディランの目が、冷酷に光る。

「『ステルスロック』」

「させるか! ヒノヤコマ、『ニトロチャージ』で出鼻をくじけ!」

 カグヤの鋭い指示。ヒノヤコマが全身に激しい炎を纏い、マホロバのシミュレータを置き去りにするような超高速の突撃を敢行した。炎の弾丸が、ナットレイの鋼の肉体へと一直線に向かっていく。

 しかし、ディランは微動だにしない。

「構わん。そのまま『どくびし』を重ねろ」

 ズガァァァン!!!

 ヒノヤコマの炎の体当たりがナットレイに炸裂し、抜群のダメージを与える。だが、ナットレイはその強固な肉体で衝撃を耐え忍びながら、不気味に触手を蠢かせた。

 次の瞬間、ヒノヤコマが跳ね返ったフィールドの地面、そしてカグヤ側のすべての空間に、目に見えない無数の尖った岩と、禍々しい紫色の毒の棘がバラバラと撒き散らされた。

 ディランが仕掛けた、この試合中ずっと消えない最悪の罠――『ステルスロック』と『どくびし』。

「相性差など関係ない。君がこれからどのポケモンを繰り出そうと、舞台に上がった瞬間に、その肉体は削られ、毒に侵される」

 ディランは淡々と、まるでチェス盤の駒を動かすように告げた。

「これが僕の構築した、必勝のハメ盤面だ」

 カグヤの先鋒ヒノヤコマの前に立ち塞がる、冷徹極まるリアリズム。マホロバの絶対的な影が、初手からカグヤの『家族』を奈落へと引きずり込もうとしていた。

 

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