ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「初手からこれほど陰湿な罠を……!」
客席でナオが歯噛みする。フィールドに撒き散らされた『ステルスロック』の鋭い岩片、そして足元で鈍く紫色の光を放つ『どくびし』の棘。交代を基本とするフルバトルにおいて、これらがどれほど致命的か、マホロバの素人でも一目で分かった。
だが、カグヤは焦るどころか、不敵な笑みを浮かべていた。
「ハメ盤面ねえ。だったら、その盤面ごと焼き尽くすまでだ。ヒノヤコマ、『ニトロチャージ』連打!」
「ピキィィィ!」
ヒノヤコマが再び激しい炎を纏い、ナットレイへと突撃する。一撃、二撃。炎が炸裂するたびに、ヒノヤコマの移動速度がさらに加速していく。
しかし、ディランの表情は変わらない。ナットレイは『たべのこし』でじわじわと体力を回復しつつ、ただ冷徹にカグヤの焦りを待っていた。
「愚策だな。無駄に速度を上げたところで、僕の計算は狂わない。『やどりぎのタネ』」
ヒノヤコマが三度目の突撃を仕掛けようとした瞬間、ナットレイの触手から不気味な種が放たれ、ヒノヤコマの体に根を張った。じわじわと体力が奪われ、ナットレイへと還元されていく。罠の設置、体力の吸収、そしてタイプ相性の不利を補う圧倒的な耐久力。ディランの戦術は完璧に噛み合っていた。
「……ここまでだな。君のヒノヤコマの体力は残り僅か。ここで引けば、後続が『ステルスロック』と『どくびし』の餌食になる。引かねば、このまま削り殺されるだけだ」
ディランが漆黒の瞳でカグヤを見据える。「どちらを選んでも、君の詰みだ」
カグヤの頭の上で、ウパーが「う、うぱ……」とバトルの重苦しい空気に怯える。カグヤは左手で頭の上のウパーをそっと宥めながら、瞳の奥にギラリとした「オン」の波導を宿らせた。
「詰み? 笑わせるな。俺の辞書にそんな小綺麗な言葉はねえんだよ」
カグヤの怒号が響く。
「マホロバに来てから、こいつの翼がどれだけ強くなったか、お前のその薄っぺらい計算式に叩き込んでやる! ヒノヤコマ、最大火力で『おんがえし』だ!!」
その指示に、ヒノヤコマの瞳がカッと見開かれた。
マホロバの冷たい崖で出会い、カグヤに拾われ、泥臭い特訓を重ねて信頼を築いてきた。カグヤと過ごしたこの街での時間が、ヒノヤコマの肉体に限界を超えた熱量を爆発させる。
キィィィィィン――!!
ニトロチャージで限界まで高まった速度、そしてカグヤへの絶対的な絆が、ヒノヤコマを「一筋の白い閃光」へと変えた。やどりぎのタネの根を引きちぎり、空気の壁をぶち破るほどの神速の体当たり。
「何……!? データの想定火力を上回って――」
ディランの顔に、初めて明確な驚愕が走る。
ドガァァァァァァン!!!
スタジアムが激しく揺れた。ヒノヤコマの命を賭した『おんがえし』が、ナットレイの強固な鋼の装甲を真っ向から粉砕し、その巨体を壁まで吹き飛ばしたのだ。
「ナットレイ、戦闘不能!」
審判の声が響く。ディランの堅牢な第一の盾が、力任せにブチ抜かれた瞬間だった。
しかし、反動ダメージ、そしてやどりぎのタネの負荷により、ヒノヤコマもまたその場に力なく着地し、静かに目を閉じた。
「ヒノヤコマも戦闘不能! 相打ちです!」
「よくやった、ヒノヤコマ。ゆっくり休め」
カグヤは相棒をボールへ戻すと、鋭い視線をフィールドへと戻した。
ディランのナットレイは崩した。しかし、フィールドに撒き散らされた『ステルスロック』と『どくびし』の最悪な網は、未だに消えることなくカグヤの足元で牙を剥いている。
「……優秀な駒を一枚失ったか。だが、盤面の優位は変わらない」
ディランは冷酷に次のボールを構えた。
「次はどうする? 舞台に上がるだけで、君のポケモンは地獄を見るぞ」
一歩も引けない泥沼の中盤戦。カグヤは次なる「家族」のボールへと手を伸ばした。