ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
ギルガルドが倒れ、ディランの残る手札は3体。対するカグヤも3体。
数値の面ではようやく並んだ。しかし、スタジアムに漂う空気は依然としてディランの支配下にあった。
ハイドロポンプの激流、インファイトの猛撃――それらで確かにディランの駒は砕けたが、それはすべてディランが敷いた「罠の檻」の中で起きたことに過ぎない。カグヤの足元で鈍く明滅する『ステルスロック』の鋭い岩片。
そして何より、今しがた大金星を挙げたルカリオの肉体は、度重なるインファイトの反動により、目に見えて消耗していた。肩を激しく上下させ、その強靭な脚は連戦による疲労で微かに震えている。
「……素晴らしいアドリブだ。僕の計算式にこれほどのノイズを混入させた者は、レオンを含めても君が初めてだよ、カグヤ」
ディランは相変わらず眉一つ動かさず、4体目のモンスターボールを指先で弄んだ。その漆黒の瞳には、怒りも焦りもない。ただ、ボロボロになったルカリオの残体力(HP)を正確にカウントしているだけの、冷徹な機械の目だ。
「だが、無理な制動と突撃を繰り返したその個体のHPは、残すところ一割強。毒の次の一回(ターン)のダメージで、自動的に戦闘不能の数値に達する。君がどれほど吠えようが、この事実は動かせない」
ディランの腕が振られる。放たれたボールから現れたのは、巨大な怪獣を思わせる、岩石の鎧を纏った巨躯――バンギラスだった。
地響きを立てて着地した瞬間、その特性『すなおこし』が発動する。スタジアムの空気が一変し、激しい砂嵐が吹き荒れ、カグヤたちの視界を遮り、ただでさえ満身創痍のルカリオの肌を無情に削りにかかる。
「ステルスロックに砂嵐。これで君のルカリオは、僕が何もしなくても、このターンの終わりに倒れる。――『まもる』」
ディランの指示は徹底していた。ルカリオの最後の足掻きを警戒し、一切の攻撃を行わず、ただ「ターンが経過してルカリオが勝手に力尽きる」のを待つ構え。バンギラスの前に、強固な緑色の障壁が展開される。
「どこまでもケチなチェスを指しやがる……!」
カグヤの瞳に、苛烈な「オン」の波導が限界突破して灯った。
頭の上のウパーが、吹き荒れる砂嵐の痛みに耐えながら、カグヤの頭の上で応援している。その重みを感じながら、カグヤは前に手を突き出した。
「力尽きるのを待つ? だったら、その一瞬が訪れる前に、お前のその分厚いトカゲの盾ごとブチ抜くだけだ!! ルカリオ、父さんと庭でやってきた全てをここに置いてこい!! 最大火力の『インファイト』だぁぁぁ!!」
「ルカァァァァァァァッ!!!」
ルカリオが咆哮した。それは、ステルスロックの激痛を、砂嵐の暴風を、そしてディランの冷徹な合理性をすべて拒絶する野生の咆哮。
ルカリオの全身から蒼い波導のオーラが文字通り爆発し、砂嵐を丸ごと吹き飛ばすほどの衝撃波となってフィールドを圧する。
激痛で動かないはずの身体が、床のコンクリートを爆砕しながら前へと進み出された。
光速。いや、光すら置き去りにするような、魂の特攻。
バンギラスの『まもる』の障壁に対し、ルカリオは無数の拳を叩き込んだ。
カグヤの庭からの生え抜き、その誇りを込めた一撃が、バンギラスの巨体をスタジアムの防壁まで一直線に吹き飛ばした。
「バ、バンギラス戦闘不能!!」
実況の声が、興奮で完全に裏返る。ディランの4体目が、ルカリオの意地によって跡形もなく粉砕された瞬間だった。
だが、直後、ルカリオの全身の力が抜け、その膝がゆっくりとフィールドに着く。
極限まで耐えていた体力を使い果たした、完全なる「燃え尽き」。
ルカリオは、戦闘不能となりながらも、カグヤに向かって、誇らしげに小さく拳を突き出し――そして、満足げに目を閉じて、そのままゆっくりとフィールドへ倒れ込んだ。その表情には、やるべきことを全て成し遂げた充足感が満ち溢れていた。
「ルカリオ戦闘不能!」
「……最高だったぞ、ルカリオ。まずはジョーイさんの元へ行こうな」
カグヤは震える手でボールを構え、相棒を労うように光の中へと戻した。
ディランは沈黙していた。吹き飛ばされたバンギラスを無言で引き戻すと、その指先が、怒りとは違う「不快なノイズを排除する」ような冷たさで、5体目のボールへと伸びる。
「……計算外の連続だ。だが、これだけ大暴れした代償は大きい。君の本陣たるルカリオはもういない。そして、盤面に配置された僕の罠は、まだ1ミリも減っていないんだよ」
ディランが5体目のボールを冷酷に投じる。
いよいよ、バトルは最終局面の入り口へと差し掛かろうとしていた。