ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
ルカリオがバンギラスを執念のインファイトで道連れにしたことで、ディランの残る手札は2体。カグヤも残り2体。
数値の上では完全に並んだ。だが、フィールドに漂う絶望的なまでの重圧は、依然としてカグヤの喉元を冷酷に締め付けたままであった。
「……優秀な駒を二枚同時に失うとは、完全に想定の範囲外だ」
ディランの声音は、冷たい氷のようだった。彼は無言で5体目のモンスターボールをフィールドへと転がす。
「だが、これで君の『波導』による攪乱は消えた。――戻れ、盤面の王よ。『メタグロス』」
激しい金属音と共に現れたのは、鋼鉄の巨躯を持つ超能力の怪物、メタグロスだった。マホロバのスーパーコンピュータを遥かに凌駕する4つの脳を持つその巨体は、ディランの冷徹な戦術を最も完璧に遂行する、彼のもう一つの頭脳。
カグヤの足元を見るメタグロスの赤い瞳が、冷酷に光る。フィールドに潜む『ステルスロック』は、最後の獲物が檻に飛び込んでくるのを今か今かと待ち構えていた。
「本陣が倒れて、残るは実質1体。――次の一手で、君の勝率はゼロになる」
「ゼロ、ゼロ、うるせえんだよ。俺の家族の意地を、お前の安っちいデータなんかで測れると思うな!」
カグヤの瞳が、限界を超えて深い「オン」の光を宿す。
頭の上のウパーが、メタグロスの圧倒的な威圧感に身を縮めながらも、必死に戦況を見つめている。
「実家の庭の『もう一頭の怪物』を見せてやる。――頼むぞ、ハッサム!!」
カグヤが放ったボールから飛び出したのは、深紅の甲冑を身に纏った戦士、ハッサムだった。
だが、着地した瞬間、無情な罠が発動する。バキバキと音を立てて『ステルスロック』の鋭い岩片がハッサムの硬質な身体を激しく削る。鋼タイプゆえに足元の『どくびし』こそ効かないものの、これまでの連戦による疲労と、岩のダメージは確実にその肉体を蝕んでいた。
「フッ、鋼タイプで毒を無効化しようと、削れたHPの計算は変わらない。……それに、メタグロスの『サイコキネシス』の網からは逃れられないぞ」
「そんな網、最初から相手にしてねえよ。ハッサム、あの庭での日々を思い出せ。泥まみれになって、父さんのポケモンたちと何千回、何万回と繰り返したチャンバラ(見切り)を、今ここで全部出し切るぞ!!」
カグヤが左胸のメガリングに手を添える。カグヤの「オン」の波導がハッサムの闘志と完全に共鳴し、目も眩むような進化の光がスタジアムを包み込んだ。
光の向こうから現れたのは、より鋭利で、より強固な重装甲を纏った深紅の重戦士――メガハッサム。
「キィィィィン!!!」
「メガシンカか。だがカグヤ、それもまたデータの範疇だ」
ディランが冷たく命じる。その瞬間、メタグロスの身体もまた眩い光に包まれ、より凶悪で、より巨大なメガメタグロスへと姿を変えた。4つの脳がさらに同調し、フィールド全体の空気の振動、メガハッサムの筋肉の僅かな弛緩すらもすべてデータ化して処理を始める。
「『コメットパンチ』。一撃で粉砕しろ」
メガメタグロスの巨大な鉄拳が、流星のような速度でハッサムへと振り下ろされた。計算され尽くした、避けることの許されない絶対的な一撃。
だが、カグヤは不敵に、獰猛に笑った。
「避けるなハッサム! そのままハサミで受け止めろ! 『つるぎのまい』!!」
「キィィィッ!!」
メガハッサムは逃げなかった。メガメタグロスの鉄拳が迫る狂気的な風圧の中で、自らのハサミを高速で交差させ、鋭く回転させた。
ズガァァァァァン!!!
スタジアムが激しく揺れ、衝撃波で防護壁にヒビが入る。ハッサムの足元のコンクリートが完全に粉砕された。
しかし、砂煙の向こうで、ハッサムの深紅の甲冑は、メタグロスの巨大な拳を真っ向から受け止めて静止していた。攻撃を受けながらも、自らの攻撃力を爆発的に高める『つるぎのまい』を完成させたのだ。
「何……!? メガメタグロスの質量を、その細い腕で完全に相殺したというのか!?」
ディランの計算に、決定的な致命傷(バグ)が刻まれる。
「これが俺たちの、庭で磨いたチャンバラの力だ!! やっちまえハッサム! 最大火力の『バレットパンチ』だぁぁぁ!!」
剣の舞によって限界まで高まったハッサムの攻撃力。特性『テクニシャン』によってさらに威力を増した一撃が、至近距離から光速の弾丸となってメガメタグロスの顔面に叩き込まれた。
一撃、二撃、三撃――!
ドババババババババギィィィン!!!
鋼鉄と鋼鉄が激突する凄まじい火花がスタジアムを白く染める。ハッサムの執念の連打が、マホロバの「絶対的な王」の巨体を力任せに圧し潰していく。