ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

11 / 28
牙を剥くアコマの闇

 準々決勝でのシオンとの死闘から一夜。アコマシティの空気は、目に見えて淀んでいた。

 カグヤの圧倒的な勝利は、大会の配当金を巡る裏組織の計算を大きく狂わせたのだ。そんな不穏な気配を他所に、カグヤはいつものようにポケモンセンターのロビーにある併設カフェのボックス席で、のんびりとパフェをつついていた。

「ウパァ、ウパウパ!」

「よしよし、ウパー。この生クリーム、ちょっとだけだぞ。ルカリオも食べるか?」

 カグヤは隣に座るルカリオと、膝の上のウパーに目尻を下げてデレデレとしている。その向かい側には、複雑な表情で腕を組む少女――シオンの姿があった。

「……理解不能。なぜ、勝負の翌日にこれほど無防備になれる。カグヤ、君を狙う者は、今この瞬間も増え続けているというのに」

「え? だってここのパフェ美味しいし。シオンも食べればいいのに。ほら、このラズベリーソース、絶品だぞ」

「私は、君の強さの『欠陥』を見極めるために同行しているだけ。……不合理な甘さは、必ず破綻を招く」

 シオンは冷たく言い放つが、カグヤは「まぁまぁ」と笑って受け流す。ナオが「兄貴、シオンさんの言う通りですよ! 街のチンピラたちが、兄貴を潰そうって息巻いてるって噂が……」と震えながら忠告するが、カグヤの耳には届いていないようだった。

 

 センターを出て、夕闇に包まれ始めたレンガ造りの路地裏を通り、宿舎へと向かう。

 街灯が不自然に消されているエリアに差し掛かった時、前方の闇から、鉄パイプや鈍い光を放つモンスターボールを手にした男たちが次々と姿を現した。

「……カロスのお坊ちゃんよ。お前のせいで、俺たちの賭け金が全部パァだ。責任、取ってもらわねえとな」

 男たちの背後から、大柄なゴロンダと、凶暴な目をしたヘルガーが数体這い出してくる。その殺気は、スポーツとしてのバトルではなく、明確な「暴力」のものだった。

「下がっていろ、カグヤ」

 シオンが迷いなく一歩前に出た。その手には、既にアリアドスのボールが握られている。

「君の戦力は準決勝のために温存すべき。こんな雑多な不合理、私が排除する」

「シオン……?」

「勘違いしないで。君がここで潰れたら、私の理論が正しいと証明できなくなる。……アリアドス、クロスポイズン!」

 シオンのアリアドスが闇に紛れ、鋭い毒の刃でヘルガーの群れに応戦する。しかし、相手は数に物を言わせる荒くれ者たち。シオン一人では防ぎきれない数のポケモンが、カグヤの足元で怯えるウパーを目掛けて飛びかかった。

「……まずはそのマヌケ面(ウパー)から教育してやるよ! 行け、ゴロンダ! 『かみくだく』だ!」

 ウパーが「ウパァっ!?」と悲鳴を上げ、カグヤの足元にうずくまる。

 その瞬間、アコマシティの淀んだ空気が、一瞬で凍りついた。

「…………ッ」

 カグヤの口から、音が消えた。

 ウパーを庇うように一歩踏み出したカグヤの瞳から、それまでの温厚な光が一切失われ、深淵のような、あるいは宇宙の暗闇のような冷徹さが宿る。

「……ルカリオ」

 カグヤの影から、静かに、だが圧倒的な圧力を伴って、青き勇者が姿を現した。ルカリオの瞳はカグヤの怒りと完全に同調し、その全身から溢れ出す波導が、物理的な衝撃波となって周囲の地面を爆ぜさせる。

「目をつむってろ、ウパー。……三十秒で終わらせる」

 カグヤの声は、もはや人の発するものとは思えないほど低く、鋭かった。

 

「ルカリオ、しんそく。……一撃も、残すな」

 指示が終わる前に、ルカリオの姿が消失した。

 ドォォォォン!!

 空気を切り裂く轟音とともに、ウパーへ襲いかかろうとしたゴロンダの巨体が、くの字に折れ曲がって壁まで吹き飛んだ。ルカリオの動きは、もはや視認することすら不可能。

「な、なんだ!? 何が起きた――ぎゃあああかっ!?」

 悲鳴が上がるたびに、男たちのポケモンが一瞬で沈んでいく。ルカリオは波導によって敵の急所を完璧に捉え、無駄のない最短距離で制裁を加えていく。

 シオンは、戦う手を止めて呆然と立ち尽くしていた。

 精密機械のような自分の合理主義とは違う。カグヤのそれは、家族を汚されたことへの「絶対的な報復」。

「ヒッ……化け物かよ、お前ら……!」

 腰を抜かした男たちが逃げ出そうとするが、ルカリオはその行く手を阻むように着地し、掌の中に青白い波導の塊――『はどうだん』を凝縮させる。

「……待て、ルカリオ」

 カグヤの静かな声が響く。ルカリオは即座に動きを止めた。

 カグヤはゆっくりと、震える男たちの元へ歩み寄る。その足取りは静かだが、一歩ごとに男たちの精神を削り取っていくような威圧感があった。

「俺の家族に触れようとしたこと、死ぬ気で後悔しろ。……次はないぞ」

 カグヤの放つ殺気に耐えきれず、男たちは無様に這いつくばりながら夜の闇へと逃げ去っていった。

 

 静寂が戻った路地裏。

 ルカリオが静かに波導を収め、カグヤの傍らに立つ。カグヤは深く吐息をつくと、しゃがみ込んで、足元で震えているウパーを優しく抱き上げた。

「……よしよし、ウパー。もう大丈夫だ。怖かったよな、ごめんな」

 顔を上げたカグヤの表情は、先ほどの魔王のような冷酷さが嘘のように、とろけるような「ウパー溺愛モード」へと戻っていた。ウパーの頬をすりすりと撫で、柔らかいお腹の感触を確かめては「あー、癒やされる……」と溜息をついている。

「…………」

 シオンは、そのあまりの落差に言葉を失っていた。

 怒りの頂点から慈愛の極致まで、僅か数秒。

「カグヤ……。君の強さは、その『ギャップ』にあるのか? それとも……」

「んー? ギャップなんてないよ。俺はただ、みんなのことが大好きで、みんながいてくれるから戦える。それだけさ。な、ルカリオ?」

『ワォン』

 ルカリオもまた、信頼に満ちた目でカグヤを見上げている。

「不合理……。そんな理由で、これほどまでの波導を……」

 シオンは呟き、自分の掌を見つめた。

 徹底的な合理性で「心を殺す」戦い方を貫いてきた自分。対して、愛ゆえに「心を燃やす」ことで無敵を誇るカグヤ。

「ナオ君、パフェの続き食べに行こうか。ウパーもお腹空いたろ?」

「あ、兄貴……はい! どこまでもついていきます!」

 カグヤは鼻歌混じりに歩き出す。その後ろを、シオンは吸い寄せられるように追っていく。

 強さの秘密。それは理論や計算ではなく、魂の根底にある「愛」そのものであることを、彼女はまだ認めきれずにいた。

 

 アコマ選抜杯、準決勝。

 アコマの闇を力でねじ伏せたカグヤを、さらなる因縁と「最強の壁」が待ち受けている。

 カグヤの、そしてウパーとの武者修行は、いよいよ佳境へと向かおうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。