ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
マホロバ中央スタジアムでの激闘から数日後。チャンピオンとなったカグヤに与えられた特権アクセス権により、カロス地方アサメタウンからの定期転送ゲートが開かれようとしていた。
マホロバのメイン転送センター。最新鋭の量子デジタル技術で構築されたその施設は、チリひとつない白銀の壁と、緻密に制御されたエネルギーラインに囲まれている。
「兄貴、いよいよだね! カロスリーグを戦い抜いたっていう先輩たちと対面できるの」
ナオが興奮を抑えきれない様子でゲートの防護ガラスに張り付いている。その隣では、シオンが高精度端末に表示された転送データをチェックしていた。
「マホロバの転送システムは世界一のセキュリティを誇るわ。何事もなければ、あと数秒で完了よ」
カグヤの頭の上では、相変わらずウパーが「うぱー?」とのんきに声を上げ、足元ではゾロアが新しい仲間の気配を察知しようと鼻をピクつかせている。そして、カグヤの左右に立つルカリオとハッサムは、ゲートをじっと見つめていた。実家の庭で共に汗を流し、カロスリーグの熱風を共に駆け抜けた、あの「飢えた狼たち」との再会の瞬間を、誰よりも待ち望んでいたのは彼らだった。
『――カロス地方より、転送を完了しました』
無機質なアナウンスと共に、巨大なガラスカプセルの中に青白い光が整然と渦巻き、5つのシルエットを形作っていく。
だが、その輪郭が完全に実体化した瞬間、センター内の空気の「密度」が、劇的に変化した。
ピピッ、ピピピピピ……!
「え……!? 端末の戦闘エネルギー測定値が……嘘、一瞬で限界値(カンスト)まで振り切れた……!?」
シオンが目を見開いて端末の画面を凝視した。エラーを起こして故障するのではない。マホロバのシステムが設定していた「通常の最大想定値」の枠を、彼らが静かに放つ純粋な「闘気」の質量が、一瞬で、完璧に満たしてしまったのだ。
静かにゲートが開く。光の霧の向こうからゆっくりと歩を進めてきたのは、カグヤの「誇り」そのものである5体の精鋭たちだった。
「ガルゥゥゥ……」
真っ先に一歩を踏み出したのは、巨躯を誇るカイリューだ。
その全身の鱗には、父サトシのピカチュウが放つ「世界一の電撃」を正面から何度も受け止め続けたことで刻まれた、独特の鈍い鈍光が宿っていた。ハーフバトルのベンチで指をくわえて見ているしかできなかったあの日の悔しさが、その強固な肉体を「あらゆる攻撃を耐え抜く絶対の盾」へと完成させている。
そのカイリューの前に、ハッサムが迷わず歩み出た。
カチ、カチ、と重いハサミを鳴らし、あの決勝戦でメガメタグロスを道連れにした深紅の腕を突き出す。カイリューはそれを見て、獰猛に、しかし嬉しそうに目を細めると、その巨大な前足をハッサムのハサミへと力強く打ち付けた。ガツィン! と鋭い金属音が室内に響く。あの日、リングの上で散った矛と、リングの外で見守るしかできなかった盾が、言葉なきハイタッチで互いの無事を、そしてさらなる進化を讃え合った瞬間だった。
シュバッ、と音もなく床に着地したのはゲッコウガ。
視覚ではなく、心の眼で周囲を捉える「波導の居合」を極めたその佇まいは、まるで一本の美しく研ぎ澄まされた名刀のようだった。
そんなゲッコウガの前に進み出たのは、ルカリオだ。カロスで共に戦い、今はマホロバでカグヤと共に波導を練り上げた戦友。二体は無言のまま真っ直ぐに向き合い、どちらからともなくスッと右手を差し出すと、パシィィン! と互いの手のひらを力強く合わせた。手のひらを通じて、お互いがどれほどの地獄のような特訓を潜り抜けてきたか、その波導が瞬時に伝播していく。ルカリオの拳、ゲッコウガの眼光、そこには確かな絆の再燃があった。
ブンブンブン……! と、室内の空気を鋭く引き裂く、規則正しい羽音が響く。
空中を完全に制圧するように静止しているのはスピアーだ。父のリザードンの劫火を髪の毛一本分の差でかわし続けたその神速は、マホロバの超高速カメラの演算すら容易に置き去りにする領域に達していた。スピアーは着地したハッサムの頭上をかすめるように飛び、そのハサミの横を自身の双針でツン、と軽く突いて「待たせたな」と挨拶を交わす。
「ジュカァッ!」
低く構え、鋭い眼光を覗かせたのはジュカインだ。
両腕の『リーフブレード』は、父のフシギバナの蔓を何万回と切り伏せてきたことで、草タイプの常識を覆すほどの圧倒的な斬撃のオーラを放っていた。ジュカインはルカリオの肩をポンと叩くと、カグヤを苦しめた「炎」や「鋼」の弱点など、その牙が届く前にすべてを断ち切る――と言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべた。
そして、最後尾から静かに影を引いて現れたのはブラッキー。
父の闇を司るポケモンたちの猛攻を一切遮断し続けた鉄壁の防御術。アサメの夜気を取り込んだ全身のリングが、マホロバの人工的な照明の中でもなお、神々しく明滅している。ブラッキーはハッサムとルカリオの足元へ歩み寄ると、互いの身体を軽く寄せ合い、万が一、二体の矛が崩れたとしても、最後の一線として主を護り抜き、戦盤をひっくり返す準備はとうに完了していることをその佇まいで示した。
「凄い……何、この完成された気配……。データ云々じゃなくて、存在そのものの格が違う……!」
シオンが感嘆の声を漏らす。マホロバの洗練されたポケモンたちとは根本的に違う、地獄のような悔しさをガソリンにして世界一の壁に挑み続けた「本物の強者」が、そこにはいた。
「う、うぱぁ……!」
カグヤの頭の上で、ウパーがその圧倒的な先輩たちの気配に怯え、ガタガタ震え出す。
だが、カロス組の5体は、カグヤの足元のゾロアや、ウパー、カメックスたちの姿を見ると、その鋭い闘気をすっと収め、温かい眼差しを向けた。彼らの瞳にあるのは、新参への拒絶ではない。
『俺たちはもう、あの日のベンチには座らない』
『主がテッペンを獲ったなら、次は俺たちがその手足となって、世界を獲りに行く』
再会を祝うハイタッチを終え、再びカグヤの前に整列した彼らの誇り高き立ち姿が、その研ぎ澄まされた肉体が、何よりも雄弁にそう語っていた。
「……お待たせ、みんな。完璧に仕上げてきてくれたみたいだね」
カグヤは柔らかく、しかし最高に嬉しそうに笑った。
一歩前に進み、カイリューの硬質な胸に拳を当て、ゲッコウガと視線を交わす。マホロバの洗練されたチェス盤の上に、ついに世界一飢えた精鋭たちが上陸した。居残り組との固い絆を再確認し、新参組をも巻き込んで、カグヤの不揃いな家族は、世界のテッペンすらも掴み取る最強の布陣へと完成したのだ。