ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

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爪と牙の交差点

 マホロバの広大な屋内トレーニングエリアに、鼓膜を激しく震わせる爆音が連続して鳴り響いていた。

 フィールドの天蓋(てんがい)を限界まで高く設定された疑似荒野ステージ。その大気を切り裂いて、一条の黄金の雷光のような速度で突撃する影があった。

「ガルゥァッ!!」

 カイリューだ。その巨体からは想像もつかない爆発的な加速。かつてカロスリーグのベンチで、ハッサムやルカリオたちの背中を悔し涙で見上げていたあの頃とは、出力の次元が違っていた。アサメの庭で世界一の電撃を浴び、それを耐え抜くための筋肉と波導を極限まで練り上げたその突進は、文字通り空間を歪ませるほどの質量兵器と化している。

「ハサッ……!」

 その真正面から迎え撃ったのは、カロス時代から陣営を引っ張ってきた絶対的エース・ハッサムだった。

 限界まで研ぎ澄まされた金属の鋏(はさみ)を交差させ、カイリューの『ドラゴンダイブ』を真っ正面から受け止める。凄まじい衝撃波が走り、ハッサムの鋼鉄の脚が強固な岩盤を数十メートルにわたって削りながら後退していく。

「ルカッ!」

 ハッサムが耐え切った一瞬の隙を見逃さず、同じく古参のエース格であるルカリオがカイリューの死角へと回り込む。波導の力を拳に凝縮し、限界突破の威力を誇る『インファイト』を叩き込もうとした――その瞬間だった。

 ザザァッ!!

 空間の影から滑り出るように現れたのは、ハッサムたちと共に陣営を支えていたもう一体の絶対的エース・ゲッコウガだった。

 水流を纏(まと)った凄まじい脚撃が、ルカリオの拳の軌道を正確に弾き飛ばす。さらに天井の死角からは、かつて二体の背中を追っていたスピアーがマホロバの超高速演算すら置き去りにする神速の双針を突き出し、地を駆けるジュカインのリーフブレードが、ハッサムの懐へと一瞬で滑り込んで一閃を放つ。ハッサムは紙一重でそれをかわしたが、頬の装甲に薄く鋭い太刀筋が刻まれた。

 

「……そこまで!」

 中央の監視席から、カグヤの透き通った声がフィールドに響いた。

 その声と同時に、怪物たちがピタリと動きを止める。お互いに間合いを取りながら、荒い息を吐き出すフィールドの熱気は、測定器の温度を一気に上昇させていた。

「みんな、素晴らしい動きだよ。カロスにいた頃よりも、技のキレも破壊力も、見違えるように上がっているよ」

 カグヤはしゃがみ込み、フィールドに引かれたラインの焦げ跡を見つめながら、穏やかに微笑んだ。しかし、その瞳の奥には、父親譲りのバトルの熱が静かに灯っている。

 

 カグヤの言葉を聞きながら、ハッサムは自身の右の鋏を見つめていた。先ほどカイリューの一撃を受け止めた金属の腕が、微かに、けれど確実に震えている。

 ルカリオもまた、胸の奥の波導を整えながら、静かにカイリューたちを見据えていた。

(……ここまで、追い上げてきていたのか)

 ハッサムとルカリオの胸に去来したのは、深い感慨だった。

 カグヤと共にマホロバの修羅場を潜り抜け、泥臭い意地で頂点(テッペン)を掴み取ってきた二体には、エースとしての確固たる自負がある。けれど、離れていた間に後輩たちがアサメの庭で遂げた成長は、その自負を根本から揺るがすほどに規格外だった。

 かつては自分たちの遥か後ろを走っていたはずのカイリュー、ジュカイン、スピアー。彼らが世界一の暴力を浴び、這いつくばり、死に物狂いで牙を研ぎ続けた結果、いまや自分たちと「完全に同格」の化け物として目の前に立っている。仲間の成長は純粋に誇らしかったが、それと同時に、腹の底から冷徹な『焦り』が競り上がってくる。

 カロス時代、自分たち三体が突出していたあのパワーバランスは、もう存在しない。

 一歩間違えれば、今度は自分たちが、かつて後ろを歩いていたはずの後輩たちの背中を見上げる側になってしまう。

「ハサァッ……!」

「ルカッ!」

 ハッサムが鋏を激しく打ち鳴らし、火花を散らす。ルカリオの全身から、焦燥をガソリンに変えた濃密な波導のオーラが、陽炎のように立ち上った。絶対的エースとしてのプライドが、その瞳を獰猛に飢えさせていく。

 

「ふふ、やっぱりそう来るよね」

 二体の波導の変色を察知して、カグヤは嬉しそうに目を細めた。

 カグヤの足元では、ナオに抱えられたウパーが「うぱっ!」と、お兄ちゃんたちの闘志を応援するように短い声をあげている。ナオのおくびょうなナエトルは、その凄まじい空気感に圧倒されて甲羅に閉じこもりかけていたが、ウパーがその背中をぽんぽんと叩くと、憧れの眼差しを隠せないまま、じっとフィールドの熱気を見つめ返した。

「コウ……」

 ハッサムたちの闘気に呼応するように、ゲッコウガが腕を組み、不敵な眼光を投げかける。同じくかつてのトップを張っていた者として、ハッサムたちの焦りと意地を誰よりも理解していた。ジュカインがブレードを構え直し、カイリューが獰猛な笑みを浮かべて巨体を震わせる。「いつでも超えてみせる」と、無言の挑戦状を叩きつけるように。

「さあ、休憩は終わりだよ。お互いの牙がどれだけ鋭くなったか、もっと確かめ合おうか」

 カグヤの静かな号令と共に、再びマホロバの荒野に、狼たちの咆哮が響き渡るのだった。

 

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