ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
アコマ・コロシアム。準決勝の幕が上がると同時に、地鳴りのような歓声がスタジアムを揺らした。
だが、その歓声の質はこれまでとは違っていた。一方に向けられるのは、絶対的な信頼と賞賛。そしてもう一方に向けられるのは、昨夜の「路地裏の惨劇」の噂から生じた、畏怖と疑念の入り混じった眼差しだ。
「……うぱ。うぱぁ」
入場ゲートの影で、ウパーがカグヤの腕の中に顔を埋める。数万人の視線が突き刺さる異様な空気感に、敏感なポケモンは怯えを見せていた。
「大丈夫だ、ウパー。……少し、風が冷たいだけだよ」
カグヤは穏やかに、しかしその瞳の奥には決して揺るがない波導の灯を宿して、陽光の降り注ぐフィールドへと踏み出した。
対面に立つのは、白銀の軽甲冑を纏った大男、アーサー。
アコマシティ自警団の長であり、市民から「聖騎士」と慕われる彼は、一切の私心を排した厳格な正義の象徴だった。
「カロスより来たりし少年、カグヤ。君の戦いは見ていた」
アーサーの声は、スタジアムの隅々まで通るほどに深く、重い。
「だが、昨夜の振る舞いは見過ごせん。暴力を以て暴力を制し、あまつさえ戦場に幼き命(ウパー)を連れ歩き、慈しむふりをして危険に晒す。それは愛ではない。ただの執着、そして甘えだ」
アーサーが手にしたボールを掲げる。
「ポケモンは正義を成すための剣。トレーナーはその剣を正しく振るうための律。……その身勝手な家族ごっこ、私がここで断罪しよう。出よ、ボスゴドラ!」
轟音と共に現れたのは、鋼の巨躯を持つ重戦車、ボスゴドラだった。その全身は手入れの行き届いた鎧のように輝き、アーサーの厳格な意志を体現するように微動だにせずカグヤを見据えている。
「……正義、か」
カグヤは静かに、傍らに立つルカリオの肩に手を置いた。
「アーサーさん。あなたの言うことは、きっと正しいんだと思う。でも、俺たちの正義は、あなたのそれとは少し違うんだ」
カグヤの指先から、ルカリオへと静かな波導が伝わる。
「俺たちは、守りたいから強くなる。……行こう、ルカリオ!」
試合開始の合図と共に、ルカリオが動いた。
「しんそく!」
青い閃光。しかし、アーサーは眉ひとつ動かさない。
「『てっぺき』。そして『アイアンヘッド』」
ボスゴドラがその巨体からは想像もつかない速さで頭部を突き出した。ルカリオの拳が鋼の肌に触れる直前、ボスゴドラは最小限の動きでそれを弾き、カウンターの衝撃でルカリオを後退させる。
「無駄だ。私のボスゴドラに、迷いという隙はない。個を律し、感情を排した鋼の防壁に、君の独りよがりな絆は届かん」
ボスゴドラの波波攻撃がルカリオを追い詰める。重厚な『ストーンエッジ』の礫がスタジアムを破壊し、ルカリオは回避に追われ、じりじりと壁際まで押しやられていく。
観客席の最前列で、シオンは拳を握りしめていた。
「……カグヤ。君の『愛』は、あの完成された『正義』に勝てるの? 守るものがあることは、本当に強さになるの?」
彼女の脳裏には、昨夜ルカリオが見せた圧倒的な波導が焼き付いている。だが、今のアーサーが見せているのは、それを上回る「揺るぎない理」だった。
「……ハァ、ハァ……」
ルカリオが膝をつく。ボスゴドラの圧倒的な質量攻撃を受け、その波導が乱れ始めていた。
「終わりだ。家族と共に、家へ帰るがいい」
アーサーが非情な宣告を下し、ボスゴドラがとどめの『はかいこうせん』をチャージする。
その時だった。
「うぱぁっ!! うぱぱぱーっ!!」
トレーナーエリアで必死に叫ぶ、ウパーの声。
その声は、絶望的な状況に沈みかけていたルカリオの意識を、強引に引き戻した。
「ルカリオ。……思い出せ」
カグヤの声が、スタジアムの喧騒を突き抜けてルカリオの心に直接響いた。
「お前が背負っているのは、俺やウパーだけじゃない」
カグヤの脳裏に、カロスに預けてきた仲間たちの声が、熱が、重みが奔流となって流れ込む。
どんな絶望も跳ね返す、ブラッキーの『まもる』。
空からすべてを包み込む、カイリューの『しんぴのまもり』。
そして、父・サトシのスクールで共に学んだ、数多のポケモンの魂。
「俺たちの絆は、依存じゃない。……全員の想いを一つに束ねた、最強の『盾』なんだ!」
ルカリオの全身から、青白い炎のような波導が噴き出した。
それは先ほどまでの鋭い怒りではない。すべてを許容し、すべてを繋ぎ止める、巨大で温かな光。
ボスゴドラの放った『はかいこうせん』が直撃する――が、ルカリオはその光を纏った両手で、エネルギーの奔流を真っ向から受け止めた。
「何だと……!? 指示もなく『はかいこうせん』を力でねじ伏せるだと!?」
初めてアーサーの顔に驚愕の色が走る。
「アーサーさん。あなたの剣は鋭い。でも、俺たちの盾は、カロスのみんなの想いまで詰まってるんだ」
カグヤの瞳が、ルカリオの波導と完全に同調する。二人の精神は、もはや物理的な距離を超え、一つの意志へと昇華していた。
「ルカリオ……いや、みんな! 力を貸してくれ!」
ルカリオの掌に、かつてないほど巨大な波導が収束していく。
それは単なる『はどうだん』ではない。カイリューの破壊力と、ハッサムの精密さ、そしてウパーの純粋な応援を練り上げた、カグヤ一家独自の奥義。
「これが、俺たちの家族の形だ!!」
ルカリオが解き放とうとするその光は、スタジアムの照明すら霞ませるほどに輝きを増していく。
聖騎士の「正義」か。少年の「愛」か。
アコマ選抜杯・準決勝、最大のクライマックスが、今まさに訪れようとしていた。