ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
カグヤたちの咆哮が響く荒野フィールド、シオンの冷徹な数式が編まれる洞窟フィールド。それらに挟まれた中央の空中立体ステージでは、完全に別の意味で、ナオの悲鳴が木霊(こだま)していた。
「あ、明後日の方向ーーっ!? エアームド、そっちじゃないよ! ヒノヤコマの練習相手を頼んだはずでしょ!」
ナオが頭を抱えて叫ぶ。
その視線の先では、鋼鉄の強固な身体を持つはずの巨鳥・エアームドが、文字通り狂ったような速度で、フィールドの最果てにある観客席の防護壁に向かって垂直跳びを見せていた。ガガガガ、と鋭い爪で壁を掴み、そのまま天井の通気口の隙間に頭を突っ込んで、大きな尻尾だけをぶるぶると震わせている。
「ピキィ……?」
空中にとり残されたヒノヤコマは、翼を広げた形のままピタリと静止し、完全に点になった目でその哀れな背中を見つめていた。
(おい……どこ行くねん……)
そんな無言のツッコミが、その鋭い嘴(くちばし)の隙間から漏れ出てきそうなほど、ヒノヤコマの表情は冷めきっている。
ナオとしては、世界大会の激戦を想定して、ヒノヤコマの空中機動を高めるために、大型のエアームドを練習の盾役として配置し、その背後や側面を突く特訓をさせてもらうつもりだった。
だが、いざ特訓が始まり、ヒノヤコマが「ピキィッ!」と気合いを入れて翼をバサリと一振りした瞬間、エアームドの脳裏にあの「極光の断崖」の悪夢がフラッシュバックしてしまったらしい。まだ小さかったヤヤコマにボロ雑巾のように叩き落とされた恐怖。それが進化した姿を前にして、練習のサポートどころか、ただのパニック映画の被害者と化していた。
「ガ、ガァァッ……ガガッ……!」
通気口からお尻だけを出したエアームドが、「僕は金属の塊です、ただの壁の飾りです」と言わんばかりに気配を消そうとしている。
「もう……全然ダメだあ。どうしてそんなに怖がるんだよぅ……これじゃあヒノヤコマのいい練習相手にならないじゃないか……」
ナオががっくりと膝をついた。カグヤのローテーション枠を預かるという大役に、早くも暗雲が立ち込めている。
「うぱ! うぱぱーっ!」
そんな頼りないトレーナーの足元で、ウパーが元気に短い声をあげた。身体を器用にゆすりながら、ウパーは、カロス組の闘気にすっかり気圧されてナオの足の間に挟まっていたナエトルの前へと歩み寄る。
「うぱっ」
ウパーはナエトルの小さな鼻先に、自分の丸い頭をぽんと優しくぶつけた。
(大丈夫、僕がついているから、一緒に頑張ろう?)
言葉はなくとも、その穏やかな「凪」の波導が、ナエトルのおくびょうな心をじんわりと包み込んでいく。ダークライの悪意すら耐え抜いたウパーの背中は、ナエトルにとって、どんな大型ポケモンよりも大きく、そして頼もしく見えた。
「な、なえっ……!」
ナエトルの瞳に、ウパーへの強烈なリスペクトと、小さな勇気が再び灯る。ナエトルはゆっくりと足を伸ばし、ウパーの隣に並んで、天井で尻尾を震わせているエアームドを「しゃきっとしてください!」と叱るように見上げた。カグヤのウパーが、練習相手であるナエトルの心を引き上げた瞬間だった。
「ウパー……! ありがとう、本当にいい子だなぁ。よし、それじゃあまずは、地上でウパーの動きにナエトルが合わさせてもらう形で、基礎の特訓を始めよう!」
ナオが涙目でウパーを見つめる中、ウパーは「うぱー」と涼しい顔でフィールドへと歩き出す。
それを見たヒノヤコマが、あきれ顔のまま、滑空してウパーの隣へと着地した。
(しょうがねえな。じゃあ、まずはこの小さいのの相手からしてやるか)
そんな風に首を振るヒノヤコマだったが、その瞳には、かつて断崖で自分をずっと見つめてくれていたウパーへの、確かな信頼が宿っている。
「ガ、ガァッ……?」
地上のウパーたちが妙にいい雰囲気で特訓の準備を始めたのを見て、天井の通気口から、ようやくエアームドがそろりと顔を覗かせた。
「ほらエアームドも! いつまでもそこにいないで、早く降りてきてヒノヤコマの飛び方を間近で勉強しなさい!」
ナオの怒声が響く中、カグヤ陣営の「最軽量にして最凶」の2体と、練習相手として大忙しのナオのパートナーたちの、賑やかすぎる修行はまだまだ続くのだった。