ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
伝説の特別授業は、サトシのニカッと笑う一言から始まった。
「ハッサム、ルカリオ! お前らはアサメタウンでの鍛錬を経験してないもんな。よし、ピカチュウ! まずはその2体に、俺たちの特別講義をガツンと届けてやろうぜ!」
「ピカァッ!」
ピカチュウが四足で地を蹴り、フィールド中央へと躍り出る。その瞬間、電気袋からバチバチと弾けた黄金の火花が、屋内ステージの空気を一瞬で沸騰させた。
(お前らがマホロバの看板背負ってる二大巨頭か。いい度胸だ、世界一の鍛錬ってやつを体に叩き込んでやるよ)
その好戦的な瞳に、ハッサムとルカリオの闘志がパッと燃え上がる。
「ハサァッ!」
「ルカッ!」
2体はカロス組の絶望を「情けない」とばかりに一蹴し、一歩も引かずに構えを取った。カグヤと共にマホロバの修羅場を潜り抜け、頂点を掴んだエースのプライド。小さな電気ネズミが相手なら、こちらが先手でねじ伏せる――そう確信して地を蹴った、その瞬間だった。
バチィィィンッ!!!
空間が、黄金の雷光によって爆裂した。
超高速の『電光石火』。ハッサムが反射的に鋏を交差させて防御の構えを取るよりも早く、ピカチュウの身体はハッサムの鉄壁の装甲を紙切れのように踏み台にし、その背後へ。直後、ルカリオが波導でその軌道を捉えようとしたが、眼前に迫ったのは山をも穿つ質量を秘めた、超重圧の『アイアンテール』だった。
ドゴォォォォンッ!!!
「ハ、ハサッ……!?」
「ル、カ……ッ!?」
一切の容赦のない、文字通りの神話級の暴力。
わずか一瞬、たった一交差の攻防だった。マホロバの王座に君臨していたはずのハッサムとルカリオは、ピカチュウの想像を絶する速度と破壊力に防戦一方どころか、知覚することすら許されず、そのままフィールドの岩盤に叩きつけられた。衝撃の煙が晴れた時、そこにいたのは、白目を剥いて完全にノックアウトされ、ピクピクと痙攣している2体の姿だった。
「「…………!!」」
フィールドの隅で、それを見ていたシオンとナオの手持ちポケモンたちが、一斉に魂の底からガタガタと震え出した。
シオンのシャワーズは水流の体を縮こまらせてブルブルと震え、アリアドスは恐怖のあまり自身の糸でがんじがらめになりかけている。ナオのナエトルに至っては、先ほどよりもさらに深く甲羅に引きこもり、石のように固まっていた。
そして、ハッサムたちの惨劇を、天井の通気口からそろりと覗き見ていたナオのエアームドは――、
「ガ、ガァァァァァァーーーーーーッ!!??(ひぃぃぃぃ!! さらに化け物が来たぁぁぁぁ!!!)」
あまりの恐怖に脳の回路が完全に焼き切れた。自分が特訓の対象(練習台)ですらないという事実など、パニックに陥った巨鳥の脳裏には1ミリも残っていない。エアームドは通気口から飛び出すと、凄まじい金属音を響かせながら、またしても明後日の方向――今度はステージの反対側にある非常口のシャッターに向かって、マッハに近い速度で絶叫しながら逃亡を開始した。
「ああっ!? エアームド、だからそっちじゃないってばぁーっ! また逃げたぁーっ!」
ナオの悲鳴が再び響き渡る。
その騒がしい背景音の中、ピカチュウは逃げるエアームドを一瞥すらせず、白目を剥いて倒れているハッサムとルカリオの前にトコトコと歩み寄った。
「ピカ、チュウ……(おいおい、たった一撃でもうおねんねか?)」
不敵にニヤリと笑ったピカチュウが、その小さな尻尾を軽く突き立てる。
バチバチバチバチッ!!!
「ハサァァァーーーッ!?!?(痛い痛い痛い!!)」
「ルカァァァーーーッ!?!?(目が覚めたァァァ!!)」
文字通りの『電気ショック』が二体の全身を駆け抜けた。目覚まし時計代わりとしてはあまりにも過激すぎる、情け容赦のない電流の洗礼。ハッサムとルカリオは強制的に意識を叩き起こされ、跳び起きるようにしてその場に絶叫しながら直立不動になった。
だが、世界最強の鬼教官の「授業」は、これだけでは終わらなかった。
「ピカ、ピカチュ(おい、そこの後ろでガタガタ震えてる連中も、ただ見てるだけか?)」
ピカチュウはゆっくりと振り返ると、後ろで小さくなっていたカロス組のゲッコウガ、カイリュー、ジュカイン、スピアー、ブラッキーの5体に加え、隣のフィールドから合流していたカメックス、ヒノヤコマ、そして小さなゾロアまでをも、そのギラギラした目で見据えた。そして、その小さな尻尾をクイックイッと手前に動かし、冷酷な笑みを浮かべる。
(お前らも全員見てないで来いよ。まとめてあの地獄の続きを思い出させてやるからさ)
その明確な『挑発』に、全個体の顔がさらに引きつる。しかし、元世界王者の相棒を前にして「嫌です」と逃げることなど、勝負師としての彼らのプライドが許さなかった。
「……ッ、コウッ!」
「ピキィィッ!」
ゲッコウガとヒノヤコマが意を決して叫び、ハッサムとルカリオも涙目になりながら再び戦闘態勢を取る。カメックスがどっしりと最前線に構え、その背後からゾロアが『ばけがく』の幻影を乱舞させる。こうなれば意地もクソもない。カグヤの誇る最強の精鋭、総勢10体が完全にプライドをかなぐり捨てて、たった一匹の電気ネズミを包囲した。
「よし! みんなまとめて相手だ! ピカチュウ、暴れろ!」
サトシの熱い怒号が飛ぶ。
「ピカァァァァァッッ!!!」
次の瞬間、フィールドは文字通りの『災害空間』へと変貌した。
10対1。圧倒的な数的優位。しかし、そのアドバンテージは『世界一の暴力』の前には何の慰めにもならなかった。
ゲッコウガの影分身が一瞬で本物ごと『十万ボルト』に薙ぎ払われ、超高速で突撃したヒノヤコマとスピアー、カイリューの3体は、空中を網の目のように駆け抜けたピカチュウの縦横無尽な『電光石火』によってまとめて撃墜される。
「ガァァァン!」とカメックスがシオンの計算通りに鉄壁の防御を展開するが、ピカチュウはその巨大な甲羅を垂直に駆け上がり、脳天へ『アイアンテール』を叩き込んでその防御力ごと強引に粉砕した。ゾロアが必死に幻影でカメックスのダミーを作り出すも、ピカチュウは一瞬のブレすら見逃さず、本物のゾロアの尻尾を掴んでブン回し、鉄壁を張っていたブラッキーへと投げつける。
ハッサムとルカリオが左右から挟み撃ちを仕掛けるも、ピカチュウはまるで未来を予知しているかのような身のこなしで全ての攻撃を紙一重でかわし、逆にその加速を利用した強烈な体当たりを二体の腹部にめり込ませた。
ドカ、バキ、ドグォォォンッ!!!
激しい爆鳴音と土煙が何度もフィールドを揺らし――そして、わずか数分後。
そこには、アサメの庭と全く同じ光景が広がっていた。カグヤが誇る一騎当千の怪物たちが、1体の例外もなく、全員が泥まみれになって地面に転がり、ボロ雑巾のように のされていた。
「ウ、ウパ……(みんな全滅しちゃった……)」
唯一、特訓の枠外にいたウパーが、呆然としながらその大惨事を見つめていた。
「ハ、サッ……ゲホッ……」
ボロボロになったハッサムは、地面に這いつくばり、全身の節々の痛みに耐えながら、白目を剥きかける頭で激しくボヤいていた。
(いや、おかしいやろ……。何で10対1で挑んで、ただの1発も掠りもせえへんねん……。あんなのただの小さな電気ネズミやろ……。何やねんあの生き物、世界一の暴力ってレベルじゃねえぞ……)
マホロバの頂点に立った絶対の自負を、ものの数分で塵も残さず粉砕されたハッサムの心は、身体の傷よりも深く絶望に染まっていた。
「……なるほど、これが『世界王者』のベースライン。データ主義なんて、あの理不尽の前には何の役にも立たないわね」
指令席のシオンが、身体を完全にガタガタと震わせながら、手元のキーボードを叩くのを止めて愕然と呟く。ナオは「ひ、ひえぇぇ……」と声を漏らしたまま、完全に石化していた。
「ふふ、やっぱり父さんのピカチュウは凄いね」
カグヤは、全滅した手持ちたちの惨状を見つめながらも、どこか楽しげな口調で言った。
「……さあ、みんな。世界はもっと広いよ。せっかく父さんが壁になってくれているんだ。壁の越え方を学ぼう。起きて、もう一度挑戦しようか」
「おう! まだまだここからだぞ!」
サトシの熱い声が重なり、ピカチュウが再びバチバチと電気袋を鳴らす。
涙目で這い起きる、マホロバとカロスの最強混成部隊。
世界一の理不尽な壁を超えるための、マホロバの地獄の特別授業は、まだ始まったばかりだった。