ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
数日間に及んだ伝説の「地獄の特別授業」が終わりを告げた、その翌朝。
マホロバの青空が広がるヘリポートには、アサメの庭へと帰路に就くサトシとセレナ、そして見送りに集まったカグヤたちの姿があった。
そこに並ぶカグヤのポケモンたちの佇まいは、初日のボロ雑巾のような姿から見違えるほどに変わっていた。
全身に新しい傷と泥を刻みながらも、ハッサムとルカリオの瞳には「世界一の暴力」を身を以て体感したからこその、獰猛なまでの勝負師の輝きが宿っている。カロス組の面々も、かつての悪夢を乗り越えて一回りも二回りもタフな面構えになり、ヒノヤコマは空中で鋭く羽ばたいていた。特訓に全く関係無いナオのエアームドすら、ピカチュウの横を通り過ぎる時に羽をピシッと伸ばして敬礼するほど、全員の精神が極限まで鍛え上げられていた。
「みんな、本当にいい顔になったな! 初日とはバトルのキレがまるで大違いだ。俺も、講師としてお前たちを鍛えられて最高に熱かったぞ!」
サトシが赤い帽子を少し持ち上げ、白い歯を見せて笑う。その肩の上で、ピカチュウも「ピカ、ピカチュ!」と、マホロバの狼たちへ「本番でもその気概を忘れるなよ」とでも言うように、満足げに腕を組んで頷いていた。
「父さん。ピカチュウ。本当に、言葉では言い尽くせないほどの素晴らしい経験をありがとう」
カグヤは一歩前に出ると、深く、丁寧に一礼した。その物腰は変わらず優雅でありながらも、纏うオーラには、世界の理不尽な壁を一度知ったからこその絶対的な安定感が備わっている。
「ふふ、お父さんのスパルタによく耐え抜いたわね、みんな」
セレナがクスリと笑いながら、カグヤの元へと歩み寄る。彼女の手には、丁寧にラッピングされた小さな小箱が握られていた。
「カグヤ。これは私からの、世界大会へ向かうあなたへのお守りよ」
「母さん、これは……?」
カグヤが両手で恭しくそれを受け取り、包みを開ける。中に収められていたのは、カロスの最高級の布地で編まれた、目の覚めるような鮮やかな青いスカーフだった。その中央には、カグヤのチームを象徴するような、気高き狼の紋章が繊細な刺繍で施されている。
「あなたが大舞台に立つ時、どんな緊張に襲われても、私たちがずっと背中を支えていることを忘れないで。カグヤ、あなたのバトルは確かにお父さんの熱さを受け継いでいるけれど……その熱さを形にするのは、いつだって周りの仲間を信じる『優しさ』よ。その丁寧さを、世界大会でもあなたの最大の武器にしなさい」
セレナの温かく、そしてカロスクイーンとしての説得力に満ちた言葉が、カグヤの胸の奥にじんわりと染み渡っていく。
「……はい。母さん、このスカーフと共に、俺のすべてをステージで表現してくるよ」
カグヤは大切にそのスカーフを首元へと巻き、セレナ譲りの気品に満ちた仕草で微笑んだ。その姿を見たサトシは、誇らしげに腕を組み、ガハハと笑い声をあげる。
「よし! これでもう、お前に授けるものは何もない! 世界大会、お前たちの牙を世界中のど真ん中に突き立ててこい、カグヤ!」
「うぱ! うぱぱーっ!」
足元でウパーが元気いっぱいに飛び跳ね、サトシとセレナを乗せたヘリのローターが、重低音を響かせて回転を始める。
ナオが「サトシさん、セレナさん、本当にありがとうございましたーー!」と涙ながらに手を振り、シオンもまた「貴重な実戦データ、世界大会の戦術構築に100%活用させていただきます」と、敬意を込めて一礼を送る。
轟音と共に、伝説の夫婦を乗せた機体がマホロバの青空へと舞い上がっていく。窓から大きく手を振るサトシと、優しく微笑みかけるセレナの姿が、雲の向こうへと小さくなっていくのを、カグヤはずっと見つめていた。
「……兄貴。いよいよ、僕たちの番だね」
ナオが涙を拭い、引き締まった表情でカグヤの隣に並ぶ。シオンも手元の端末の画面を世界大会の登録画面へと切り替え、静かに頷いた。
「ああ。父さんと母さん、そしてマホロバのすべてを背負って……俺たちは世界の頂点へ、殴り込みに行こう」
首元の青いスカーフを風になびかせ、カグヤの瞳に世界王者のギラギラとした闘志が宿る。
伝説の壁を超えたマホロバの狼たちの視線は、今、遥かなる世界大会の大舞台へと真っ直ぐに向けられていた。