ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
伝説の夫婦が残していった青空の余韻が、ゆっくりとマホロバの地平線へと溶けていく。
ヘリポートに立つカグヤの首元では、セレナから託された鮮やかな青いスカーフが、心地よい潮風に吹かれてパタパタと音を立てていた。
「――よし。それじゃあみんな、一度ボールに戻ってゆっくり休んでよ」
カグヤが腰のベルトからボールを外すと、フィールドにいた精鋭たちが次々と赤い光に包まれていく。
ピカチュウの電気ショックで強制起動させられ、そこからさらにボロ雑巾にされるまで酷使されたハッサムとルカリオも、その表情にはどこか晴れ晴れとした充実感が漂っていた。ゲッコウガやカメックス、ゾロアたちも、アサメの庭の悪夢を完全に乗り越えた、恐れを知らない精悍な顔つきでボールへと収まる。
最後に、ウパーだけが「うぱー?」と名残惜しそうにカグヤの足元を見上げていた。カグヤはしゃがみ込むと、その丸い頭を優しく撫でて笑いかけた。
「ウパーも、ピカチュウの応援に応えないとね。世界大会、一緒に頑張ろう」
「うぱっ!」
ウパーが嬉しそうに鳴き、カグヤの肩へと器用に飛び乗った。
その様子を見届けてから、ナオが大きく一つ深呼吸をして、自分の顔を両手でパンッと叩いた。
「よしっ……! なんか、サトシさんたちの熱血特訓を見てたら、僕まで世界大会が待ちきれなくなってきちゃったよ! 兄貴、エントリーの最終確認、シオンさんの部屋でやろう!」
「うん、行こうか」
三人は中央コントロールルームへと移動した。
部屋に入ると、シオンはすでにメインモニターの前に陣取り、もの凄い速度でキーボードを叩いていた。画面には、世界大会――『ワールド・チャンピオンズ・トーナメント』の公式エントリー画面が表示されている。
「待たせたわね。サトシ氏とピカチュウ先輩から得られた神話級の戦闘データ、すべて我がチームのバトルシミュレーターに同期完了したわ」
シオンは瞳を鋭く光らせ、画面を切り替えた。
「これにより、世界大会でどんな規格外の理不尽(バケモノ)と遭遇しても、我がチームの予測演算が狂う確率はコンマ数パーセント以下にまで抑え込める。ハッサムたちの限界突破値も、完全にデータに組み込んだわ」
「さすがシオンさんだね……! データだけ見てると、もう僕たちに死角はないみたいに見えるよ」
「慢心は禁物よ、ナオ。データはあくまで過去の最強を証明するもの。世界大会の舞台に集まるのは、そのデータをその場で塗り替えてくる狂人たちの集まりなんだから」
シオンは冷徹に釘を刺しながら、コンソールの画面をスクロールさせていく。
「それに、今回の世界大会のルールはマホロバよりずっとシビアよ。登録可能なメンバーは交代要員を含めて最大12体まで。私たちができるのは、対戦のたびにその中からフルバトルを戦う6体をその都度登録・変更する方式になっているわ」
「対戦のたびにフルバトルの6体を入れ替える……」
ナオがゴクリと息を呑んだ。
「それって、相手の傾向に合わせてこっちのチーム編成をガラリと変えられるってことだけど……逆に言えば、相手もこっちをカモにするために編成を歪めてくるってことだよね」
「ええ。単に強い6体を並べるだけじゃ、勝ち抜くのは不可能ね。幅広い戦術に対応できる手持ちの層の厚さと、相手の裏をかくトレーナーの戦術眼が試されるわ。……でも、その点に関しては、私たちのチームは最高の条件が揃っていると言えるわね」
シオンの言葉に、カグヤは静かに頷いた。
カグヤの現在の登録手持ちは、カロス組とマホロバ組、そしてウパーを合わせて総勢11体。
ハッサムやルカリオというマホロバを制した二大巨頭に加え、ピカチュウによる特訓の地獄を生き抜いたゲッコウガ、カイリュー、ジュカイン、スピアー、ブラッキー、そしてカメックス、ヒノヤコマ、ゾロアの8体。そこにウパーを加えた11体の精鋭たち。
最大枠である12体のうち、すでに11枠を埋めているという圧倒的な層の厚さこそが、世界大会の変則ルールにおいて、カグヤの最大の武器になる。
シオンがコンソールの赤いエンターキーに指をかける。画面には、カグヤの顔写真と、11体の精鋭たちのリストがズラリと並んでいた。
「カグヤ。これが最後の承認よ。このボタンを押せば、あなたの名前は世界最高峰の戦場へと刻まれるわ。――心の準備はいい?」
カグヤは静かに歩み寄り、画面に映る自分の手持ちたちを見つめた。
カロスから始まった旅。アサメの庭での隠棲。そして、マホロバの地で出会ったナオやシオン、ハッサムたちという新しい絆。すべてが、この瞬間のために繋がっていた。
カグヤの瞳の奥で、サトシから受け継いだあのギラギラとした王者の焔が、静かに、けれど絶対に消えない確混たる意思となって燃え上がる。
「ああ。俺たちの牙が、どこまで世界に通じるか――。シオン、お願いするよ」
「了解したわ」
カチリ、と静かな電子音が響く。
画面が激しく明滅し、金色の文字で【ENTRY CONFIRMED(登録完了)】のログが踊った。それと同時に、世界大会の開幕を告げる、重厚な号砲のようなファンファーレがスピーカーから鳴り響く。
もう、後ろを振り返る必要はない。
マホロバの狼たちは、伝説の夫婦から翼を授かり、11体の精鋭を武器に真の最高峰へと羽ばたく準備を完全に整えた。
世界の頂点へ至る、本当の戦いの幕が、今ここに切って落とされた。
「さあ、行こう。俺たちの、新しいバトルの始まりだ」
青いスカーフを翻し、カグヤは力強く一歩を踏み出した。