ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
ワールド・チャンピオンズ・トーナメントの開会式が華々しく幕を閉じ、メインモニターに予選リーグの全組み合わせが一斉に発表された。
スタジアム中の観客とメディアがどよめく中、カグヤたちは選手控室のモニターを見上げていた。
「出たね、兄貴! 予選リーグ、僕たちの最初の相手は……カロス地方代表、クノエジムリーダーの、マリアンヌ選手だ!」
ナオが対戦表を指差して声をあげる。カロス地方の現役ジムリーダーであり、かつてサトシたちとも縁の深かった伝説のデザイナー・マーシュの娘。妖精のような美貌と、それに見合わぬ苛烈なフェアリー戦術を操る強豪だ。
シオンがすぐさま端末のキーを叩き、データを引き出す。その表情はいつになく険しい。
「カグヤ、最悪の相性ね。マリアンヌが操るフェアリータイプを相手にするには、私たちの手持ちは不利が多すぎるわ」
「やっぱりそうなるよね……」
カグヤが小さく息を吐く。カグヤの主力はハッサム、ルカリオ、ゲッコウガ、カイリュー、ジュカイン、そしてスピアー、ブラッキーの面々だ。
「ええ。ドラゴンタイプのカイリュー、悪タイプのブラッキーやゲッコウガ、さらに格闘タイプを持つルカリオにとって、フェアリーは明確な天敵。ルカリオの場合、鋼タイプでもあるから技の通りは良いけど、もし彼女が母親譲りの『トリックルーム』でこちらの俊足をハメにきたら、一気に型に嵌められるわ。ジュカインだって有利とは言えないし、メガ進化なんてしたらドラゴンタイプになるから最悪ね。……純粋にタイプ相性で主導権を握れるのは、ハッサムとスピアーくらいのものよ。油断できないどころか、かなりの劣勢からのスタートになるわ」
シオンが突きつける冷徹な現実に、ナオがゴクリと息を呑む。しかし、カグヤは腕を組み、モニターを見つめたまま、どこか居心地悪そうに苦笑した。
「実力も相性も言うことなしの強敵だけど……実はね、別の意味でもちょっとやりにくい相手なんだ……」
「やりにくい相手? データ上、彼女とあなたの公式戦での対戦記録は白紙のはずよ?」
シオンが不審そうにカグヤを見る。カグヤは首元の青いスカーフにそっと触れ、タジタジとした調子で白状した。
「バトルじゃないんだ。僕がカロスにいた時、クノエシティでの買い出しや特訓で彼女と会うたびにね……『カグヤはん、うちと結婚してクノエのジムを一緒に継ぎましょ。カグヤはんなら、うちのフェアリーたちも大喜びやわ』って、事あるごとに猛烈に求婚されてたんだよ」
「は、はあ……? それって完全に――」
「それだけじゃないんだ」
カグヤはさらに声を潜め、耳まで赤くしながら続けた。
「マリアンヌさんの本気に引っ張られて、母親のマーシュさんまで動いちゃってさ。僕の親のところに、正式な打診というか、半分お見合いの提案みたいな話を裏で持ってきてたらしくて……」
「「……ええっ!?」」
ナオとシオンの声が完璧にハモった。親同士まで巻き込んだまさかの外堀の埋め方に、二人は呆気に取られて言葉を失う。
「ふ、ふーん……兄貴、カロスでそんなことになってたんだ。で、兄貴としてはどう思ってたの?」
ナオがどこか引きつった笑みを浮かべ、じっとカグヤの顔を覗き込む。
「いや、本当に綺麗で素敵な人だから、その……アプローチされること自体は、実はそんなに嫌じゃなかったっていうか……ちょっとドキドキしたりもしてたんだけどね。でも、あまりにも熱烈でペースを握られっぱなしだったから、気恥ずかしくて逃げ回るしかなくて。まさか世界大会の初戦でぶつかるなんて――」
「――あら、そんなところでうちの噂話をしてはるなんて、相変わらず可愛い人やなぁ、カグヤはんは」
その艶やかな声が響いた瞬間、控室の入り口に、華やかな振袖を模した衣装をまとった美女が立っていた。独特の瞳の奥に、妖艶な光を宿したカロス代表――マリアンヌその人だった。
「マリアンヌさん……!」
カグヤが驚いて声をあげる。マリアンヌはふわりと袖を翻してカグヤへと近づくと、周囲の視線など意に介さず、その端正な顔を覗き込んできた。
「久しぶりやねぇ。アサメからマホロバへ行って、立派に王座に就いたって聞いて、うちはもう嬉しくて。……どない? うちの母がサトシはんたちにお願いしたお話、まだ色褪せてへんえ? 世界大会が終わったら、今度こそ諦めてうちと結婚してくれますやろか」
直球すぎる熱烈な言葉に、カグヤは顔を真っ赤にしながら、等身大の苦笑いを浮かべて一歩退いた。
「マリアンヌさん、相変わらず冗談がキツいです……。僕はマホロバの代表としてここに戦いに来たんです。まずは、目の前のバトルに集中させてください」
「ふふ、やっぱり照れてはる。でも、その生真面目なところも素敵やわ」
マリアンヌは上品に袖口で口元を隠して微笑むと、その瞳の奥に、一瞬にしてカロス最高峰のジムリーダーとしての、鋭く冷徹な闘志を宿してみせた。
「ええよ。お互い全力で戦いましょ。……うちのフェアリーたち、あなたの手持ちにはかなり手厳しいと思うけど、どないして崩してくるか楽しみにしていますえ?」
「……手加減なしで、全力でいかせてもらいます」
カグヤもまた、顔の赤みを引っ込め、マホロバを制した王としての凛とした表情へと切り替え、真っ直ぐに彼女の視線を受け止めた。
『――第一競技場、予選リーグ第1試合。マホロバ代表・カグヤ選手 VS カロス代表・マリアンヌ選手。両者はフィールドへ入場してください!』
スタジアムに鳴り響くアナウンスが、二人の戦闘開始を告げる。
「それじゃあ、フィールドで待ってますえ、カグヤはん」
マリアンヌは意味深な笑みを残し、静かに去っていった。
「兄貴……あの人、バトルになると雰囲気がガラッと変わるね。それにタイプ相性も本当にきつい……」
ナオがゴクリと息を呑む。シオンは冷静に端末を収め、フンと鼻を鳴らした。
「圧倒的に不利なデータ。けれど、それを覆してこそのマホロバの王よ。カグヤ、その理不尽な相性の壁も、彼女の搦め手も、すべてバトルの力で捩じ伏せてきなさい」
「うん、分かってるよ」
カグヤは大きく深呼吸をし、青いスカーフをきゅっと結び直した。等身大の気恥ずかしさを確かな闘志へと変え、マホロバの王として、光り輝くランウェイへと歩き出す。世界の初戦は、文字通りカグヤの「すべて」が試される、波乱の幕開けとなった。