ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
スタジアムの大歓声が頭上から降るように響く中、ベンチの最前列では、バトルに選出されなかったカグヤの控えのポケモンたちが、固唾を呑んでフィールドを見つめていた。
ナオが祈るように拳を握りしめ、シオンが猛スピードで端末に数値を叩き込むそのすぐ横で、巨体を縮めるようにしてフィールドを凝視しているのは、カグヤの最古参の相棒・カイリューだった。
(……また、俺は見てるだけなのか)
カイリューの大きな拳が、きつく、悔しそうに握りしめられる。
脳裏に過るのは、昨年のカロスリーグ、あの激闘のアラン戦だ。強大なメガリザードンXを前に、カグヤのために何もできず、ただ見守るしかなかったあの時のもどかしさと無力感。あの悔しさを胸に、もっと強くなると誓ったはずだった。
だが、世界大会の舞台となった今も、別の意味での壁が立ち塞がっていた。出陣してカグヤの力になりたい。けれど、ドラゴンの自分が立てばフェアリーの圧倒的な相性補正の前に、カグヤをさらに窮地に追い込んでしまう。それを誰よりも自覚しているからこそ、手を出せない。昨年のカロスリーグでのアラン戦とはまた違う、絶対的なタイプ相性の壁というもどかしさが、カイリューの胸を容赦なく締め付けていた。
「ブラッ……!」
カイリューの足元で、ブラッキーが鋭い瞳をフィールドへ向けながら、低く唸り声をあげた。悪タイプである彼にとっても、フェアリーは明確な天敵。普段は冷静沈着なブラッキーの身体からも、焦燥感からか、かすかに黄色い模様がチリチリと発光している。
その隣では、ゾロアが落ち着きなく尻尾を振り、ヒノヤコマが羽を震わせ、ウパーがペタッと地面に伏せながら、フィールドの土煙をじっと見つめていた。
みんな、気持ちは同じだった。カグヤを助けたい。マホロバの王座が、世界大会の初戦で無様に崩れるところなんて見たくない。
自分たちに今できるのは、フィールドで泥臭く戦う仲間たちと、青いスカーフをなびかせる主(あるじ)へ、ただひたすらに祈りと声援を送ることだけだった。カイリューは天を仰ぐようにして、心の底から吠えた。
(主……! 勝ってくれ、主の力はそんなもんじゃないはずだ……!)
――その、ポケモンたちの切なる願いが、フィールドの魂に届いたのだろうか。
「カメックス、そのまま耐えて『あまごい』だ!」
フィールド中央、ニンフィアの猛攻を浴びていた新参のカメックスが、カグヤの叫びに応えるように咆哮した。甲羅を激しく震わせると同時に、スタジアムの天井にドス黒い雨雲が立ち込め、激しい豪雨がフィールドを濡らし始める。
「あら、雨を降らせて水技の威力を上げようって腹どすか? でも、うちの足止めは崩せませんえ」
マリアンヌが不敵に微笑む。しかし、カグヤの狙いは別のところにあった。
「シオンに教えてもらったんだ。データの裏をかく、等身大の泥臭い戦い方をね! ルカリオ、もう一度いってくれ! 『波導』に意識を集中させるんだ!」
カメックスに代えてカグヤが再び送り出したのは、先ほどメロメロにされたルカリオだった。ニンフィアが再び妖艶なウインクを投げかける。しかし、激しい雨のノイズがフィールドを支配する中、ルカリオはすっと己の目を閉じた。
「――ッ!?」
マリアンヌが初めて目を見張る。
ルカリオは視覚を完全に遮断し、雨粒の弾ける波形と、相手が放つ『波導(オーラ)』だけで空間を捉えていた。可愛い外見も、惑わすようなハートのエネルギーも、目を閉じたルカリオには一切届かない。ただ、目の前に存在する「打倒すべき強敵のオーラ」だけが、冷徹にルカリオの脳裏に浮かび上がっていた。
「今だ、雨を切り裂け! 必中――『コメットパンチ』!!」
メロメロを完全に克服したルカリオが、一筋の閃光となって突撃する。雨を巻き込んだ鋼の拳が、完璧な軌道でニンフィアの胸元へと炸裂した。
「ニンッ!?」
悲鳴をあげて吹き飛ぶニンフィア。
絶対有利の陣形を強引にこじ開けられたマリアンヌの顔から、余裕の笑みが消え失せる。
「やった……! 相性を、ハメ技を破った!」
観客席のナオが歓喜の声をあげ、シオンの端末の勝率シミュレートが、初めてカグヤ側へと大きく跳ね上がった。
ベンチで見守るカイリューたちは、目の前の大逆転劇に、今度は歓喜と興奮に震えながら、喉が裂けんばかりの声でフィールドの主へとエールを送り続けるのだった。