ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
スタジアムを包み込む激しい雨が、フィールドの熱気を冷ますどころか、ますます白熱させていく。ニンフィアがルカリオの渾身の『コメットパンチ』を浴びて大きく後退したその瞬間、試合の流れは完全に変わった。
「カグヤはん……本当に泥臭うて、しぶといお人。でも、これくらいでうちのフェアリーたちが止まると思ったら大間違いどすえ!」
マリアンヌが扇子をきつく握りしめ、次々と後続のポケモンをフィールドへ送り出す。カロスの頂点を争うジムリーダーとしての誇りと、カグヤを我が物にしたいという執念が、彼女のタクトをより鋭く、容赦のないものへと変えていた。
――しかし、小細工の通じなくなったフィールドで、マリアンヌは思い知ることになる。
搦め手という分厚い仮面を剥ぎ取った、カグヤのポケモンたちの真の恐ろしさを。
「ルカリオ、そのまま『インファイト』! スピードを落とすな!」
目を閉じたまま、波導のオーラだけで空間を掌握したルカリオが、雨を切り裂くような超高速の連撃をクチートに叩き込む。タイプ相性の不利など関係ない。一撃一撃の重さとキレが、クノエジムのポケモンたちの想定を遥かに凌駕していた。
そう、メロメロ戦法という絶対的なハメ技に隠されていたが、真実はそこになかった。
かつてカロスリーグのアラン戦で味わった、メガリザードンXという圧倒的な力による敗北。あの時の悔しさを決して忘れず、カグヤと彼の手持ちは、その夜から今日まで死に物狂いの特訓を繰り返してきた。マホロバの過酷なバトルを勝ち抜き、世界の頂点を目指して世界一の理不尽のもと、限界まで鍛え上げられたその個々の『純粋な戦闘力』は、もはやマリアンヌの小細工など容易く粉砕するほどに、圧倒的に上だったのだ。
「クチート戦闘不能! ルカリオの圧倒的なパワーが、フェアリーの牙城を崩していく!」
実況の声が響き渡る。
「うそ……うちのクチートが、力負けするやなんて……!?」
初めてマリアンヌの顔に明確な焦りの色が浮かぶ。
カグヤは一瞬の隙も与えない。流れるようなモーションでボールをスイッチした。
「頼む、スピアー! アラン戦のあの日から積み重ねた強さ、今こそ証明しよう! メガ進化だ!」
再びフィールドに舞い戻った毒のエースは、瀕死寸前に追い込まれながらも、雨の中でもその翅(はね)の鋭さを失っていなかった。メガシンカを遂げたスピアーが、初手の誘惑に不覚を取った悔しさを挽回すべく、残像すら置き去りにする神速の駆動を見せる。
「フラージェス、『メロメロ』で迎え撃ち――」
「させない! 誘惑よりも速く駆け抜けろ! 『どくづき』!!」
マリアンヌの指示が響き渡るより前に、メガスピアーの巨大な針が、雨粒を弾き飛ばしながらフラージェスを正確に貫いた。毒タイプの抜群の威力が直撃し、フラージェスはメロメロを放つ暇すら与えられずにその場に崩れ落ちる。
「圧倒的……! これが、兄貴の手持ちの本当の力……!」
観客席のナオが、その凄まじい逆転劇に鳥肌を立てながら叫んだ。シオンの端末に表示された勝率データは、先ほどと違ってすでに90%を超え、カグヤの完全勝利を告げていた。
マリアンヌは、膝をついた相棒たちをボールに収め、呆然とカグヤを見つめた。
雨に濡れながら、首元の青いスカーフを誇らしげになびかせ、真剣な眼差しでこちらを見据えるカグヤ。求婚にタジタジになっていたあの頼りない少年の姿は、そこにはなかった。今目の前にいるのは、かつて彼ががむしゃらに追いかけていた、あの偉大な父親の背中に確実に手が届きつつある、一人の至高のトレーナーだった。
(ああ……やっぱり、うちの目に狂いはなかったわ。……強うて、格好良すぎて、ますます諦められへんようになってしもたやないですか)
マリアンヌは敗色濃厚な状況にもかかわらず、その胸を心地よい敗北感と、さらに深まった恋心で満たしていた。
「マリアンヌさん、これが僕たちの全力です! 最後まできっちり、受け止めてもらいます!」
「ええ、喜んで……! 最後までお相手いたしますえ、カグヤはん!」
カグヤの覚醒したハッサムが、ゲッコウガが、そしてジュカインが、残るマリアンヌのポケモンたちを圧倒的な実力差で次々と捩じ伏せていく。世界の初戦、相性最悪の絶望から始まった戦いは、マホロバの王座が誇る「絶対的な強さ」を見せつける、奇跡の大逆転劇へと昇華しようとしていた。