ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
『――カロス代表、マリアンヌ選手のトゲキッス、戦闘不能! よって勝者、マホロバ代表、カグヤ選手!!』
スタジアムの四方に設置された巨大スクリーンに、カグヤの勝利の文字が鮮やかに踊る。その瞬間、シュートスタジアムを埋め尽くした何万人もの観客から、鼓膜を震わせるほどの割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「やったぁぁぁ! 兄貴、勝ったよ!」
観客席のナオが飛び跳ねて喜び、シオンはふうと小さく安堵の息を吐きながら、端末の画面を閉じた。ベンチでは、カイリューが「当然だ」と言わんばかりに誇らしげに胸を張り、ブラッキーやゾロアたちも嬉しそうに声をあげて飛び跳ねている。
フィールドに立ち込めていた雨雲が徐々に引いていき、スタジアムの天井から一筋のまばゆい陽光が差し込んできた。
カグヤは、最後まで戦い抜いて勝負を決めたジュカインの肩を優しく叩き、「ありがとう、最高のバトルだったよ」と労うと、ゆっくりとマリアンヌの元へと歩み寄った。
「ありがとうございました、マリアンヌさん。本当に……いろんな意味で、今までで一番ハラハラしたバトルでした」
カグヤは首元の青いスカーフを少し緩め、いつもの等身大の、どこか照れくさそうな苦笑いを浮かべながら右手を差し出した。
マリアンヌは、最後の相棒を愛おしそうにボールへ戻すと、ふわりと振袖の袖を揺らして歩み寄る。その表情には、敗者としての悔しさを含みつつ、どこか晴れやかで、確信に満ちた艶やかな笑みが浮かんでいるように見えた。
「ふふ……完敗、どすえ」
マリアンヌはカグヤの差し出した右手を取る――かと思いきや、そのまま滑らかに懐へと飛び込み、カグヤの体にその華やかな両腕を回して、そっと優しく抱きしめた。
「わっ……!? ま、マリアンヌさん!?」
柔らかなぬくもりと、クノエシティの香水がふわりと鼻腔をくすぐり、カグヤは脳の処理が追いつかずに全身を硬直させ、顔をトマトのように真っ赤にした。
「目の前でいちゃつくな!爆ぜろリア充!」
巨大モニターに映し出されたその光景を見たスタジアムの観客席からは、凄まじい冷やかしと爆発的な怒号が降ってくるが、マリアンヌは一切意に介さず、カグヤの胸に顔を寄せたまま、満足そうに囁いた。
「ますます惚れ直してしもいましたわ。……実はね、カグヤはん。うちが今回、こんな露骨な『メロメロ戦法』を用意したのは、カグヤはん、あなた一人のためだけやったんどすえ?」
「えっ……?」
「カグヤはんの手持ちは全員オス。そんなデータ、うちの頭には完璧に入ってますわ。ジムリーダーとしての誇りを少し横に置いてでも、あなたを絶対的な相性不利でハメて、うちの旦那様にしてクノエに連れて帰る……。その一心だけで、この日のために妖精たちを鍛え上げてきましたん。……破られてしもたけれど、うちの『本気』、届きましたやろか?」
世界大会の初戦という大舞台で、ただ一人をターゲットに絞った執念の戦術を告白され、カグヤは戦慄すら覚えながら、ますます顔を真っ赤にした。スタジアムの冷やかしと怒号はいよいよピークに達する。
「マ、マリアンヌさん、熱烈なのはわかりましたから、マリアンヌさん……早く引っ込みましょう……!」
冷や汗を流しながら、カグヤはただこの場から逃げ出したい一心で、そう口にした。……それが、マリアンヌの仕掛けた最後の、そして最も強力な「搦め手」であるとも知らずに。
その瞬間、カグヤを抱きしめていたマリアンヌの体が、ビクリと震えた。ゆっくりと体を離した彼女の顔には、これまでの妖艶な微笑みではなく、まるで満開の桜が咲いたような、この上なく純粋で、けれど絶対に何かを掴み取った確信に満ちた笑みが浮かんでいた。
「――はい。今、『わかりました、早く(クノエの家に)引っ込みましょう(一緒になりましょう)』と。確かに承りましたえ、カグヤはん」
「え……? いや、それはスタジアムの冷やかしがうるさいから、控室にっていう意味で――」
「言質(げんち)、しっかりとらせてもらいましたわ。世界中が見てる前での、あなたからの正式な『求婚への了承』。これで母が進めていたお話も、正式な『婚約確定』どすえ」
マリアンヌは扇子をパチンと鳴らし、カグヤの唇に自身の指先をそっと添えて、反論を封じた。
「カグヤはん、逃げてもあかんえ。あなたはもう、うちの旦那様になる運命なんどす。……まずはこの大会、将来のお嫁さんとして、しっかり応援させてもらいますえ?」
「……っ!!」
バトルには勝った。けれど、私生活においては、カロスの妖精の恐るべき搦め手に、未来永劫に渡って囚われることとなったマホロバチャンピオン。カグヤは完全に真っ白になりながら、スタジアムの怒号の嵐の中を、マリアンヌに手を引かれるようにしてフィールドから去っていった。
その様子を選手席から見ていたシオンは、「……戦術的な勝利、人生の敗北。データの不確定性ここに極まれり、ね」と、かつてないほど手厳しい、けれどどこか楽しげな評価を下していた。