ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
お祭り騒ぎのスタジアムの喧騒から少し離れた、ホテルの一室。
公式戦用の華やかな振袖を脱ぎ、白いガウンに身を包んだマリアンヌは、薄暗い部屋のベッドの上で、膝を抱えて小さく丸まっていた。
「……うう、ひっく……。カグヤはんの、いけず……」
枕に顔を埋めた彼女の目からは、大粒の涙が次から次へと溢れ、シーツに黒いシミを作っていく。
スタジアムでは、世界中が見守るカメラの前であれほど妖艶に立ち回り、カグヤの言質を取って勝ち誇ってみせた。けれど、それは「クノエジムリーダー」としての意地と、大好きな人の前で無様な姿を見せたくないという、彼女なりの精一杯の強がりだったのだ。
やはり、悔しくないわけがなかった。
カグヤを驚かせ、完膚なきまでにハメて自分のものにするために、血の滲むような特訓を重ねて完成させた、クノエ秘伝のメロメロ戦術。カロスの看板を背負い、本気で勝ちにいった大舞台。それが、彼の泥臭くも圧倒的な力と絆の前に、跡形もなく打ち破られた。敗北の重みと、自分の本気が届かなかったかもしれないという不安が、今になって一気に押し寄せていた。
「フニィ……」
静かな部屋に、心配そうな鳴き声が響いた。
マリアンヌが涙に濡れた顔を少しだけ持ち上げると、ベッドの脇からリボンをそっと伸ばし、彼女の涙を優しく拭おうとするニンフィアの姿があった。激しい雨に濡れそぼりながらも、主のために戦い抜いた、自慢の相棒だ。
「ニンフィア……」
さらに、マリアンヌの悲しみを察したマホイップが、小さな体で一生懸命に彼女の頬にすり寄り、ペロリームは甘い匂いを漂わせながら、元気づけるようにガウンの裾を優しく引っ張る。フラージェスも、その大輪の美しい花を誇るように広げ、マリアンヌを包み込むようにして静かに寄り添ってきた。
「みんな、ごめんね……。うちの我が儘に付き合わせて、痛い思いまでさせてしもたのに、勝たせてあげられなくて……本当に、ごめんねぇ……」
相棒たちのちいさな温もりに触れた瞬間、張り詰めていた糸が完全に切れ、マリアンヌはニンフィアの首元に顔を埋めて声をあげて泣いた。
ポケモンたちは嫌がる素振りなど微塵も見せず、ただ静かに、マリアンヌの涙を受け止め続けた。勝っても負けても、彼女が自分たちを誰よりも愛してくれる最高のトレーナーであることを、妖精たちはよく知っていたからだ。
どのくらいそうして泣いただろうか。
ひとしきり涙を流し尽くすと、マリアンヌの胸の奥の重苦しい霧は、驚くほどスッキリと晴れ渡っていた。赤くなった目を擦りながら起き上がると、周りには彼女の回復を待っていたポケモンたちが、一斉にホッとしたような表情を浮かべる。
「ふふ、ありがとう。みんなの温もり、ちゃあんと届きましたえ」
マリアンヌは、側にいてくれた妖精たちを愛おしそうに一体ずつ抱きしめた。
鏡に映った自分の顔は、涙で少し腫れている。けれど、その瞳の奥にある恋の炎は、消えるどころか、より一層激しく燃え盛っていた。
「……でも、やっぱりカグヤはんは格好ええなぁ。うちの最高のおもてなしを、あんな真っ直ぐな力で破ってまうなんて。あの強さがあるからこそ、うちはあの人に一生を捧げたいって思ったんやわ」
クッと拳を握りしめ、マリアンヌは再び不敵で艶やかな笑みを取り戻す。
「言質はしっかり取りましたし、次は絶対に負けまへん。カグヤはん、覚悟しておいておくれやす?」
涙を拭った妖精の姫君は、愛する相棒たちと共に、マホロバの王を完全に射止めるための次なる戦略を、早くも胸の中で描き始めるのだった。