ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
遠くカロス地方、緑豊かな静かな街・アサメタウン。
風に揺れる木々のざわめきと穏やかな昼下がりの中、一軒の家のリビングルームでは、テレビの画面から響くシュートスタジアムの大歓声が部屋いっぱいに反響していた。
画面に映し出されているのは、激闘の果てに絶対王者ワタルのカイリューを撃破し、見事に初戦の勝利を掴み取ったカグヤの姿だ。
その光景を、リビングの特等席――ソファの真ん中にちょこんと座り、じっと凝視している一匹の小柄な影があった。
ピカチュウである。
ふっと、ピカチュウは鼻を鳴らし、満足げに長い耳をぴくりと揺らした。
テレビのなかでホッとした表情を浮かべ、満身創痍で仲間たちと共に引き上げていくカグヤのカイリューを見て、ピカチュウの脳裏には、数え切れないほどの懐かしい記憶が鮮やかに蘇っていた。
「ピカチュ(よくやったな、カグヤ。……だが、まだトーナメントの1回戦を突破しただけだ。本当の戦いは、ここからだぞ)」
カグヤは、サトシとセレナの息子だ。
かつて世界を駆け巡り、幾多の頂点に挑み続けた二人の背中を見て育った少年は、いつしか自分だけの旅路を歩み始め、いまや世界の強者たちが集うワールド・チャンピオンズ・トーナメントの本戦で、絶対王者と真っ向から渡り合えるほどのトレーナーに成長していた。
そして、カグヤの手持ちであるポケモンたちは、つい最近までピカチュウ自身が直接その技と心を叩き込み、徹底的に鍛え上げた者たちばかりだ。
かつての若き日の自分自身と重なるような、真っ直ぐで決して諦めないカグヤの眼差し。そして、かつては大人しくてのんびりしてて自信なげだったカイリューが、無数の特訓を経てあの素晴らしいエースの一角へと成長した軌跡。そのすべてを、ピカチュウはまるで自分のことのように誇らしく感じていた。
「ピカッ、チュウ……!」
小さく力強く呟いたピカチュウの声には、共に汗を流した師としての深い愛情と、頼もしい相棒の成長を祝う温かな賛辞が込められていた。
キッチンの方から、心地よい足音とともにセレナが温かい紅茶のカップを持ってやってくる。そして、リビングの窓辺には、遠くガラルの方角の空を静かに見つめるサトシの姿もあった。
サトシは振り返ると、ピカチュウと視線を合わせ、いつもの眩しいほどの少年のような笑顔を浮かべて親指を立てて見せる。
「見たか、ピカチュウ! ワタルさんを相手に、すっげえバトルをしやがったな!」
「ピカ! ピカチュウ!」
ピカチュウもまた力強く頷き、再びテレビ画面へと視線を戻す。
画面の中では、控室へと引き上げるカグヤが、さらに気を引き締めた表情で仲間たちを労いつつ、次の戦いへのミーティングを始めているところだった。
世界一への長い道のりは、まだ始まったばかり。
アサメタウンの小さなテレビの前から、世界を揺るがした若き王のさらなる高みへ向けて、ピカチュウは静かに、しかし力強いエールを送り続けた。