ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
アコマシティを囲む巨大な城壁。その東門を抜けた先には、朝霧に包まれた緩やかな街道が続いていた。
カグヤは大きなリュックを背負い直し、胸元のスリングで眠そうに欠伸をするウパーの頭を撫でる。昨夜、配送ショップに預けた優勝トロフィーは、今頃カロスの空を越えて母・セレナの待つアサメタウンへと向かっているはずだ。
「……さて。次はどの街に行こうか、ウパー」
カグヤが地図を広げようとした、その時だった。
「――待ってください、兄貴ィ!!」
背後から響いたのは、喉を枯らさんばかりの叫び声。
振り返ると、そこには顔を真っ赤にして全力疾走してくるナオの姿があった。その後ろからは、乱れぬ足取りながらも、どこか切迫した表情を浮かべたシオンが続いている。
「……やっぱり来たか」
カグヤは苦笑いしながら、足を止めた。
二人はカグヤの前で激しく肩で息をしながら、膝に手をつく。
「ハァ、ハァ……! 水臭いですよ兄貴! 挨拶もなしに勝手に出発するなんて!」
「……配送ショップの店員にメモを預けるなんて。追いかけてこいと言わんばかりの、不合理な挑発だわ」
シオンが息を整え、カグヤに鋭い視線を向ける。カグヤが預けたメモには、一言だけこう書かれていた。
『次の街のパフェは、一人で食べるには大きすぎるらしい』
「いやぁ、シオンは街の有名人だしさ。ナオ君もこれからこの街でやっていくんだろ? 俺みたいな風来坊と一緒にいたら、変な噂が立って迷惑かなって思って」
「何言ってるんですか! 兄貴のあの戦いを見て、はいさよならなんて、そんなのトレーナーとして一生の不覚です! 僕、決めたんです。兄貴についていって、その『強さの秘密』をこの目で見盗んでやるって。この街に未練なんてありません!」
ナオが拳を握りしめ、熱っぽく語る。その瞳には、かつて路地裏で怯えていた面影はなく、新しい世界への渇望が宿っていた。
「……私は、少し違う」
シオンが静かに一歩前に出た。
「カグヤ、君がアーサーに見せたあの波導。そして決勝で見せた、凍りつくような精度。君の戦い方は、私の信じる『合理的勝利』の対極にある。なぜあんな不確定な『感情』が、最強の武器になり得るのか……。それを解明するまで、私は君を離さない」
カグヤは、二人の真っ直ぐな想いを受け止め、困ったように眉を下げた。
一人旅は気楽だ。だが、カロスに残してきた家族たちも、元を辿ればこうして旅の途中で出会い、ぶつかり合い、いつの間にか「家族」になった者たちばかりだ。
「……二人とも、後悔しない? 俺、結構わがままだよ。パフェのためだけに三つ隣の街まで歩いたりするし、ウパーが昼寝してたら半日動かないこともあるし」
「望むところです!」
「効率的ではないけれど……パフェの味については、少し興味があるわ」
カグヤは二人の顔を順番に見つめ、それからルカリオのボールに手を触れた。ボールの中から、同意するかのような確かな鼓動が伝わってくる。
「……わかった。じゃあ、行こうか。……あ、でも、一つだけ条件がある」
「条件?」
身構える二人に、カグヤは最高にデレデレとした、締まりのない笑顔を向けた。
「俺のこと『兄貴』とか『カグヤ』って呼ぶなら、今日から二人も『家族』だ。だから……困った時は、隠さず頼ること。いい?」
ナオは一瞬呆気に取られた後、顔を輝かせて「はい! 兄貴!」と力強く返事をした。
シオンは「……不合理な契約ね」と短く毒づき、それから僅かに頬を緩めて、カグヤの隣へと歩を進めた。
朝日が昇り、朝霧が晴れていく。
アコマシティを背に、街道を歩む足跡は三つに増えていた。
「うぱぁー!」
ウパーが元気よく鳴き声を上げ、新しい旅の仲間を歓迎する。
カグヤの武者修行。それはもはや、一人のための研鑽ではない。
マホロバ地方の広大な大地を舞台に、新しい「家族」たちが織りなす物語が、今、本格的に動き出そうとしていた。
「よし。じゃあ、次の街まで……競争だ!」
「あ、卑怯ですよ兄貴! 待ってください!」
「……全く、走るなんて非効率極まりないわ」
賑やかな声が、どこまでも続く平原に溶けていく。
アコマシティ編、完。そして物語は、新たな冒険の舞台へ――。