ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

16 / 24
ミナモシティ編
碧水の都、ミナモシティ


 アコマシティを後にして数日。街道の土の色は次第に明るくなり、吹き抜ける風には湿り気を帯びた花の香りが混じるようになった。

 三人の目の前に広がったのは、巨大な湖の中央にそびえ立つ白亜の街、ミナモシティだった。

「うわぁ……すごい! 街全体が水の上に浮いてるみたいだ!」

 ナオが声を弾ませ、身を乗り出して湖を見渡す。

「……マホロバ地方でも有数の観光資源を誇る都市ね。徹底した水質管理と景観維持によって、この透明度が保たれている。効率的な都市計画の極致と言えるわ」

 シオンは冷静に分析してみせるが、その視線はどこか遠く、街の象徴である中央の『浄化塔』に向けられていた。

 そんな二人を余所に、カグヤはスリングからウパーを引っ張り出し、きらきらと輝く湖面を見せていた。

「ほら見て、ウパー! 水が透き通ってるぞ。後で足だけでも浸からせてあげような」

「うぱぁー!」

 ウパーは短い手足をパタパタと動かして喜んでいる。カグヤは既にバトルのことなど頭にないようで、掲示板にある「湧き水パフェ」の広告に釘付けになっていた。

 

 だが、その穏やかな空気は、ゲートに立つ男の冷ややかな声によって切り裂かれた。

「……そこの少年。そのウパーは、この街の『水質保護規定』に登録されている個体か?」

 白く糊のきいた制服を着た管理局員が、威圧的に歩み寄る。

「え? いえ、この子は旅の途中で出会った子ですけど……」

「無登録の個体、および野良の持ち込みは禁止だ。即刻没収し、管理センターへ送る。……抵抗するなら、強制執行だ」

 管理局員はそう言い放つと、迷いなくウパーへ向かって手を伸ばした。

 ウパーが「うぱっ……!?」と怯えた声を出し、カグヤの胸元に顔を埋める。

 管理局員の手がウパーに触れる寸前、カグヤがその手首を掴んだ。

「……触ろうとしたな」

 短く、低く、重い声。

 管理局員がカグヤの顔を見た瞬間、彼は自分の心臓が凍りつくような錯覚を覚えた。先ほどまでのんびりしていた少年の瞳が、光の一切を飲み込む深淵のように暗く沈んでいる。

「……っ、離せガキが! 街のルールは絶対だ! 出ろ、フローゼル!」

 管理局員は恐怖を振り払うように叫び、ベルトからボールを投げた。現れたのは、鋭い目つきのフローゼル。管理局の息がかかった、冷徹な「警備装置」のような佇まいだ。

「フローゼル、『アクアジェット』でそいつを引き離せ! ウパーを回収する!」

 フローゼルが水の衣を纏い、凄まじい速度でカグヤへ突っ込む。

「危ないっ!」

 ナオが叫ぶが、カグヤは動かない。ただ、静かに波導を解き放った。

「――ルカリオ」

 

 カグヤの影から、青い閃光が飛び出した。

 ルカリオは空中を駆けるフローゼルの軌道を瞬時に見切り、その懐へと滑り込む。

「『しんぴのまもり』――いや、ただの『いななし』だ」

 ルカリオは波導を纏った掌を添えるだけで、フローゼルの突進を柳に風と受け流し、勢いそのままに地面へと叩きつけた。あまりにも鮮やかで無駄のない動き。フローゼルは呻き声を上げ、身動きが取れなくなる。

「な、何だと……!? 私のフローゼルを一撃で……!」

「管理局員さん。ルールがあるのはわかるけど、家族を『没収』なんて、二度と言わないでください」

 カグヤの声は、管理局員を弾き飛ばす前よりも、ずっと静かで、そして冷たかった。ルカリオの波導がカグヤの「静かなる怒り」と完全に同調し、周囲の空間を凍りつかせるような圧力を放っていた。

「……ぐ、っ……。覚えていろ、この街の『管理』からは逃げられんぞ……!」

 管理局員は、自分とカグヤの圧倒的な実力差を悟り、フローゼルをボールに戻すと、吐き捨てるようにして詰め所へと引き下がっていった。

 カグヤはそれ以上追撃することなく、怯えるウパーを優しく抱き締め直した。

「……よしよし、怖かったな。大丈夫だ、俺が絶対に離さないから」

 瞳に宿っていた氷の刃が、一瞬で溶けて「溺愛モード」に切り替わる。だが、その背後に立つシオンは、カグヤの放った異様な威圧感に、複雑な表情を浮かべていた。

「……不合理だわ。でも、今の管理局員の態度は、この街がかつて持っていた『水の慈しみ』とは程遠いものね」

 シオンは苦々しく呟き、それから街の中央にそびえる『浄化塔』を見上げた。

 

 美しい水の都、ミナモシティ。

 その透明な水の下には、カグヤたちがまだ知らない、冷徹な「管理」という名の毒が沈殿していた。

 ウパーを守るため。そして、この街に隠された歪みを正すため。

 カグヤ一行の新たな戦いが、この穏やかな湖畔から始まろうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。