ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
シュートスタジアムを揺るがしたドラゴンマスター・アイリスとの激闘から数時間後。
ワールド・チャンピオンズ・トーナメントの運営から、勝ち上がった選手たちへ公式の通知が届いていた。激しい消耗を考慮し、準決勝の日程は3日後に指定されている。満身創痍となったポケモンたちは現在、シュートシティの大型ポケモンセンターに預けられており、万全の態勢で次なる大一番へ挑むための十分な猶予と治療の時間が与えられたのだった。
シュートシティ市街にある広々としたテラス付きのカフェ。
午後の穏やかな日差しが差し込む特等席で、カグヤは冷めたコーヒーカップを片手に、今はいない相棒たちの無事を祈るようにテーブルの上を静かに見つめていた。
「ハッサムもルカリオも、ゲッコウガもカイリューも……今頃ポケモンセンターでゆっくり体を休めてる頃だな」
ポツリと呟きながら、カグヤはアイリス戦で見せた死闘の痕跡に思いを馳せる。激しい戦いの疲れはポケモンたちだけでなく、トレーナーであるカグヤの心身にも心地よい疲労感となって残っていた。
ふと視線を下ろすと、足元のバッグからひょっこりと顔を出した相棒のウパーが、「ウパ……」と安心しきったように小さく鳴いてカグヤの足首にスリリと甘えてくる。その愛らしい仕草に、カグヤは自然と緊張の糸を緩め、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「まったく、ウパーの癒やし効果は世界一だな」
そう言ってカグヤがウパーの丸っこい頭をなでなでしていると、テラスの席へ戻ってきたシオンが、手元のタブレットを確認しながら冷静な声で告げた。
「ポケモンの回復状況は順調よ。ポケモンセンターの担当医からも連絡があったわ。専用のケア施設と手厚い治療を受けているから、預けているメンバーの疲労は明日には完全に抜けきるって。……ただ、問題は次の対戦相手よ」
シオンがタブレットをテーブルの中央へと滑らせる。其処に映し出されていたのは、準決勝の壁として立ちはだかる最強の王者――アランと、その相棒であるメガリザードンXの戦闘データだった。
「アランと、あのメガリザードンXか……。父さんたちと同じ時代を駆け抜け、今なお世界トップレベルの座に君臨し続ける大先輩だ。カロスリーグの準々決勝で目の当たりにしたあの圧倒的な炎は、今でも鮮明に覚えているよ」
サトシの息子であるカグヤにとって、アランはかつて父親の世代が背中を追いかけ、そして幾度となく激闘を繰り広げてきた文字通りの「大先輩」であり、遠く見上げるべき圧倒的な壁だった。カグヤの黒曜石のような瞳に、憧憬とそれを打ち破るための闘志の炎が静かに、だが力強く灯る。あの日の敗北があったからこそ、マホロバ地方へ修行に赴き、数々の強敵を乗り越えてここまで辿り着いたのだ。
「兄貴、オレ、信じてるからね……! あの時より絶対に強くなってる兄貴なら、アランさんにも絶対勝てるよ!」
席の向かい側で、ナオが自分のナエトルとエアームドの頭を優しく撫でながら、真っ直ぐな尊敬のまなざしをカグヤへと向ける。その言葉に、カグヤは軽く頷いてみせた。
だが、穏やかな空気を断ち切るように、ふわりと上品な和装の裾を揺らしながらマリアンヌがスッとカグヤの隣へと腰を下ろした。
「ふふ、アランはんとの大一番も大事やけど、その後の大事な予定も忘れてもらっては困りますぅ」
「……大事な予定?」
「決まってるやないですか。準決勝を勝ち抜いて、そのまま世界大会の頂点に立った暁には、盛大な祝賀会を兼ねた結納の儀を執り行うためのスケジュール調整どすえ。両親もクノエから駆けつける気満々ですし、ウェディングドレスのカタログも既に全種類取り寄せてありますわぁ」
涼やかな笑顔でさらりと爆弾を投下するマリアンヌに、カグヤは盛大に頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「だから気が早すぎるって……! まずはアランさんに勝つことしか頭にないよ!」
「もう、そんな照れ隠ししはってからに。……でも、そんな本気で戦うカグヤはんの姿、最高にかっこええわぁ」
呆れるカグヤと、どこまでもマイペースに愛をアピールするマリアンヌ。その賑やかなやり取りを、シオンがレモンティーを飲みながら呆れたように眺め、ナオが楽しそうにクスリと笑う。
決戦まで残された時間はあと3日。
ポケモンたちがポケモンセンターで英気を養う裏で、伝説の世代へと挑む運命の頂上決戦へ向けた歯車が、音を立てて確実に回り始めていた。