ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
シュートスタジアムの華やかな熱気から少し離れた、大会関係者用の静かなラウンジ。
大きな壁掛けモニターには、これから始まるカグヤとアランの準決勝に向けたダイジェスト映像が流れていたが、そのソファーに深く腰掛けた少年――マホロバのもう一人の代表であるディランは、どこか遠い目をしながらグラスの水を見つめていた。
ワールド・チャンピオンズ・トーナメント。
世界中から選び抜かれた強豪が集うこの大舞台で、ディランはトーナメント1回戦敗退という結果に終わっていた。
マホロバ決勝、そして世界大会前の野試合でカグヤに完敗を喫した後、彼は己の戦術を見直し、さらに牙を研ぎ澄ましてこの世界大会へと乗り込んだ。予選リーグを何とか突破し、勢いそのままに挑んだトーナメント初戦の相手――それは、カントーの四天王の一人という、歴史と実力を兼ね備えた絶対的な壁だった。
ディランの得意とする、要塞のような防御とじわじわと相手を追い詰める苛烈なハメ戦術。マホロバではカグヤのカロス組の圧倒的な個の力の前に粉砕されたが、今回はその戦術の隙を老練な四天王に完全に看破され、文字通り手も足も出ずに押し切られたのだ。圧倒的な経験の差の前に、為すすべなく敗れ去った。
正直に言えば、世界大会に自分自身が場違いなのは分かっていた。自分がこの大会に出場できたのも、単にマホロバ地方に与えられた出場枠2つの片方に滑り込めたからに過ぎない。他の地方に比べて圧倒的に少ない出場枠。それはそのまま、他の地方とのレベル差を表していた。カグヤがマホロバ地方に来なければ、マホロバには世界大会で通用するトレーナーが居らず、総崩れになるところだった。予選リーグをギリギリで突破出来ただけでも大健闘である。
とはいえ、マホロバでは敵無しのカグヤでさえ、世界大会で勝負の行方が分からなくなるような白熱した勝負をしている事に、ディランは驚いていた。改めて、世界は広いと感じる瞬間であった。
「……僕だとハッサムやルカリオを出させることすらなかったのに、そのカグヤが勝ち抜くことすらギリギリとは……いったいどれほどの化け物と戦ってるんだよ」
自嘲気味に呟いたディランの脳裏に、マホロバでカグヤと交わした言葉が蘇る。
『カロスに残してきたみんなが加わって、初めて今の僕の全力なんだ』
マホロバ大会では、カグヤは全力を隠したまま自分を圧倒していた。そして今、そのカグヤはアランという、カロスを制した最高峰の壁に挑ろうとしている。
四天王という本物の壁を前にして、自分とカグヤの間にある差が、持っているポケモンの質や戦術だけでなく、背負っている覚悟の重さ、そして数々の修羅場を共にしてきた絆の深さそのものだったのだと、敗者となってようやく痛いほど思い知らされていた。
だが――ディランの瞳から、悔し涙の色はとっくに消えていた。
胸の奥で燻っているのは、敗北の絶望ではなく、むしろ熱く燃え上がるような反骨心だ。
「カントーの四天王か……。笑わせるなよ、こんなところで足踏みしてられるか」
ディランはグラスをテーブルに置き、ガタッと力強く立ち上がると、視線をモニターへと向けた。
そこには、まさにシュートスタジアムの中央で、アランと対峙しようとするカグヤの姿が映し出されている。
「僕が負けたのは事実だ。だが、ここで折れてたまるか。お前が世界を獲るなら、僕はその背中を引っ張りずり下ろす最初の男になってやるよ……!」
敗者のラウンジから独りごちたディランの背中には、かつてマホロバを去ったときと同じ、決して折れない強靭なトレーナーの気骨が再び満ちていた。
世界の頂点を目指す者たちの戦いは、ピッチの上だけでなく、敗者たちの胸の中でも静かに、しかし激しく熱を帯びて続いていくのだった。