ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
荒れ狂う砂嵐がシュートスタジアムのフィールドを黄色く染め上げ、観客たちの視界を激しく遮っている。そのただ中において、アランの絶対的な自信の象徴であるバンギラスが放った『かみくだく』の鋭い牙は、圧倒的な破壊力を纏いながら、ブラッキーの黒い毛皮を捉えようと猛然と迫っていた。暗闇と砂塵が視覚を完全に奪い去る極限の状況下で、カグヤは一瞬たりとも思考を鈍らせることなく、極限の集中力で戦局の推移を見据えていた。
「ブラッキー、引くな! そのまま『まもる』で受け流せ!」
カグヤの鋭く透き通るような指示が飛んだ瞬間、ブラッキーの全身が淡い翠色の神秘的な輝きを放ち、周囲の空気を歪ませるほどの強固なエネルギーの壁を瞬時に展開した。
ガキンッ! と、頭蓋を揺るがすような耳をつく激しい衝突音がスタジアム全体に鳴り響く。バンギラスの放った凄まじい噛みつきの一撃は、不可避の防壁に阻まれて完全にその勢いを殺された。重量級の怪力が生み出した衝撃波が周囲の砂塵を円形に吹き飛ばし、視界がわずかに開けたが、ブラッキーが展開した防御陣形は微動だにせず、その気高さすら感じさせる背中は揺るぎなかった。
「防いだか……!」
アランの口元からわずかに驚愕の色が漏れる。しかし、百戦錬磨の王者がその程度で足を止めるはずもない。
「だが、防いだところで次の攻撃はどうかな! バンギラス、そのまま押し潰せ!」
「今だ、ブラッキー! 追撃の『どくどく』!」
アランの号令とカグヤの指示が、ほとんど同時に重なり合う。
防御の反動でバンギラスがわずかに体勢を崩したそのコンマ数秒の隙間を縫うように、ブラッキーはしなやかな四肢で素早く身を翻し、その漆黒の毛並みから放たれる紅の瞳で獲物を見据えた。そして、自らの口元から禍々しい紫色の毒の波動を霧状にして、間近に迫るバンギラスの巨体へと浴びせかけた。
直撃を受けたバンギラスの頑強でゴツゴツとした皮膚に、不気味な紫色の斑点がみるみるうちに広がり始める。最強の要塞と謳われる巨獣の体内に侵入した猛毒は、その凄まじい耐久力を誇る肉体を、内側からじわじわと確実に見えない焦燥感とともに蝕んでいく。
「くっ……! 状態異常か。だが、たかが毒ごときでこの要塞が崩れると思うな! バンギラス、『じしん』だ!」
アランの焦りを含まない、しかし底知れない重圧を伴った冷徹な号令に合わせ、バンギラスが怒りの赴くままに巨大な両足を競技場の床へと叩きつけた。
ドゴォォォンッ! と、スタジアムの床が裂けるような凄まじい地割れが起き、足元から伝わる凄まじい衝撃波と地殻変動のエネルギーが、フィールド全体を波状に激しく駆け巡った。砂嵐の轟音さえかき消す大地震の直撃をまともに受け、いかに粘り強いブラッキーといえども、もはや耐えきれずに大きく宙へと放り出されるように吹き飛ばされ、硬いコンクリートの地面に激しく叩きつけられた。
「ブラッキー――!」
観客席から見守っていたナオやシオンが、思わず息を呑んで身を乗り出す。
激しい衝撃を受けたブラッキーは、床に伏せたままピクリとも動かない。その漆黒の体から力が抜け、静かに目を閉じていった。
主審がすかさず駆け寄り、両手を交差させて力強く宣言する。
「ブラッキー、戦闘不能! バンギラスの勝ち!」
第一陣の激突は、最終的にアランのバンギラスが制する形となった。
だが、カグヤの表情に焦りの色は一切ない。彼は静かに息を呑むと、優しくブラッキーのモンスターボールを掲げた。
「よくやってくれた、ブラッキー。お前のおかげで勝負の糸口は見えた。ゆっくり休んでくれ」
赤く温かな回収の光線がブラッキーを包み込み、そっとボールへと戻っていく。そのボールの表面には、肉眼では見えないものの、しっかりとバンギラスの体力を削り切るための致命的な「毒の楔」が確実に刻み込まれていた。アランの要塞を単に削るだけでなく、次にすべてを託すための完璧な仕事だった。
「初手でブラッキーを処理したのはいいが……あの状態異常、完全に計算づくだったわけか」
対するアランは、自らの手元にいるバンギラスの足元に、じわりと、そして確実に蓄積していく紫色の毒のダメージを見据え、わずかに鋭い眉をひそめた。ブラッキーが単なる受け身の耐久ポケモンではなく、次につなぐための明確な戦術的パーツとして機能していたことに気づいたからだ。バンギラスほどの巨獣であっても、猛毒の蓄積ダメージは決して無視できるものではない。要塞の石垣には、すでに目に見えない亀裂が走り始めていた。
「さあ、第二ラウンドだ」
カグヤは静かに息を整え、手元のボールを力強く握り直し、次なる相棒の名前を高らかに叫んだ。
その声には、アサメタウンで共に泥にまみれ、サトシのピカチュウによる過酷な特訓を耐え抜き、ずっとこの舞台を見据えてきた仲間への絶対的な信頼が込められていた。
「行くぞ、スピアー!」
モンスターボールから弾け飛んだまばゆい閃光の中、シュートスタジアムの空気が一瞬にして切り裂かれるような鋭い羽音が響き渡る。
現れたのは、かつての悔しさをその毒針に宿し、極限まで研ぎ澄まされた高速のアサシン――スピアーだった。砂嵐の残るフィールドへと降臨したその姿は、絶対王者の要塞を穿つために生まれたかのように、美しく、そして冷徹な輝きを放っていたのだった。
【カグヤ】 【アラン】
ブラッキー ✕――◯ バンギラス