ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
シュートスタジアムの広大な競技場を覆う砂嵐は、未だにその勢いを緩めることなく、黄色いヴェールとなってフィールド全体を激しく揺らし続けている。
視界が完全に遮られた極限の空間のなかで、スピアーは気配を完全に消し去り、砂塵のカーテンの奥深くへと身を潜めていた。その複眼の焦点を捉えているのは、ただ一隻――アランの誇る鋼の巨獣、メタグロスの姿のみである。バンギラスを自らのスピードと毒で沈めた実績と誇りが、スピアーの心臓を高鳴らせ、その両翼の双針を微かに震わせていた。
「隠れたつもりか、無駄だ。メタグロス、周囲の空気の揺らぎを読め。……『しねんのずつき』だ!」
アランの冷徹な号令が飛んだ瞬間、メタグロスの巨体が凄まじい推進力を生み出して疾走した。
視界が効かぬ砂嵐の中であっても、メタグロスは圧倒的な演算処理能力によって、空気の微小な圧力変化やスピアーの翼が奏でる高周波の羽音を完璧に聴き分けていた。頭部に禍々しいエスパーのサイコエネルギーを極限まで纏い、まるで目に見えているかのように正確な軌道を描いて、スピアーが潜む死角へと突撃していく。
「見つかったか……! スピアー、そのまま受け止めるな、回避して『シザークロス』のカウンターを狙え!」
カグヤの鋭い指示が砂塵を切り裂く。
しかし、メタグロスの突進速度は、人間の予測を遥かに超越した神速の領域にあった。眼前に迫り来るサイコエネルギーの塊を認識した瞬間、スピアーは全身の筋肉を極限まで収縮させ、紙一重の軌道で上方へと身を翻した。
轟音と共にメタグロスが通過し、その圧倒的な圧力の余波だけでも、スピアーの複眼が強烈な眩暈を覚えるほどのプレッシャーを放つ。
「今だ……!」
避けるのが精一杯と思われたその瞬間、スピアーは回避運動からそのまま流れるように急旋回し、メタグロスの巨大な背中側へと一瞬にして回り込んだ。
両腕の双針に虫のエネルギーを十字に纏わせ、鉄の装甲が最も厚い背中の中心部へ向かって、持てる全速度を乗せた渾身の『シザークロス』を叩き込む!
ガキィィンッ!! と、シュートスタジアム全体に金属が激しくぶつかり合う凄まじい高音の衝撃波が鳴り響いた。
「なに……!?」
アランの口元から、わずかに驚愕の息が漏れる。
しかし、メタグロスの鋼鉄の装甲は、メガ進化すらしていないスピアーの全力の一撃を通すにはあまりにも分厚く、そして頑強だった。衝撃の反動がスピアーの双針を伝って全身を襲い、その小さな体が大きく弾き飛ばされて宙を舞う。
「堅い……! 流石はアランさんのメタグロス、通常の攻撃じゃ決定打にならないか!」
カグヤが思わず歯噛みする。
メタグロスはわずかに巨体をよろめかせたものの、すぐさま四本の足を大地に突き立てて体勢を立て直し、冷徹な赤い眼光を宙に浮くスピアーへと再び向けた。無機質な巨獣の体に致命的なダメージを与えるには、単なる物理の衝撃だけでは足りない。
「だが、これで終わりではない。メタグロス、『コメットパンチ』!」
アランの容赦ない追撃の号令とともに、メタグロスの巨腕が夜空の星屑のような輝きを纏い、まるで彗星のごとき重い拳を繰り出した。
避けられない。そう確信するほどの圧倒的な速度と範囲を誇る拳が、バランスを崩したスピアーの逃げ道を完全に塞ぐように迫り来る。
「スピアー、引くな! ここで踏み堪えろ……!」
カグヤの叫び声に呼応するように、スピアーの複眼が凄まじい闘志の光を放った。
ただのスピード勝負でも、正面からのパワー勝負でもない。これまでマホロバの地で積み重ね、数々の修羅場をくぐり抜けてきた絆の深さが、この絶体絶命のピンチでスピアーの背中を押し上げる。
鋼鉄の拳が直撃するそのコンマ数秒前、スピアーは自らの体を限界を超えて加速させ、メタグロスの腕部の隙間へと滑り込むように肉薄した。
「――っ、そこだ!」
カグヤの確信に満ちた叫びと同時に、スピアーは回避ではなく、あえてメタグロスの懐へ飛び込むことで拳の直撃を死角へと逃れ、その硬質なボディの隙間に両腕の双針を突き立てた。
ガリガリガリッと、金属を削るような不快な音が響き渡り、スピアーは一歩も引かない執念でメタグロスの装甲にしがみつく。
「メタグロス、振り払え!」
「逃がさない、スピアー、『どくづき』をゼロ距離で叩き込め!」
アランの焦りを含んだ号令と、カグヤの絶対的な指示が重なり合う。
スピアーの双針の先端から、眩いまでに禍々しい紫色の毒のオーラが極限まで収束し、メタグロスの装甲の継ぎ目――最も防御が薄い内部へと、凄まじい零距離の『どくづき』が炸裂した。
ドゴォォンッ!! と、凄まじい衝撃波が砂嵐を吹き飛ばし、メタグロスの巨体がこれまでにないほどの激しい痙攣を起こして大きく後ろへと吹き飛んだ。
別に鋼の要塞の内部にまで侵食した猛毒が、鋼タイプのメタグロスを直接蝕む訳では無い。そもそも、鋼タイプに毒タイプの攻撃は効果が無く、本来なら無意味な攻撃である。
しかし、異物を注入された事による違和感や微妙な感覚のズレが、無機質な巨獣のシステムを内側から狂わせていく。メタグロスは大地に膝をつきかけながらも、圧倒的な執念で四本足を突っ張り、かろうじてその場に踏みとどまった。
「よく耐えたな……だが、追撃だ! 『バレットパンチ』!」
アランの叫び声に合わせ、メタグロスが最後の力を振り絞って神速の拳を繰り出す。
すでに限界を超えていたスピアーは、その避けることのできない一撃をまともに受けてしまい、ついに小さな体を弾き飛ばされて地面へと激しく墜落した。
「スピアー……!」
カグヤが息を呑んで見守る中、スピアーは床に伏せたままパタリと動きを止めた。
「(フッ……俺のスピードなら、この忌々しいメタグロスを撃ち抜けると思ったが……そう上手くはいかなかったな)」
自嘲ともとれるその思考を最後に、スピアーは意識を手放した。
主審がすかさず駆け寄り、両手を交差させて宣言する。
「スピアー、戦闘不能! メタグロスの勝ち!」
激しい攻防の末、スピアーは倒れたものの、その全身全霊の連撃によって、アランのメタグロスの体力はすでに風前の灯火となっていた。
観客席からは、互いのプライドが激突した凄まじい名勝負に対して、割れんばかりの大歓声と拍手が巻き起こる。
「よくやってくれた、スピアー。最高の仕事だったよ」
カグヤは優しくボールを向け、ボロボロになりながらも王者の要塞を内側から崩壊させた古参の相棒を労い、静かに回収した。
対するアランも、限界に近づきながらも立ち続けるメタグロスを一瞥し、わずかに表情を引き締める。カグヤのチームが仕掛ける戦術の深さと、ポケモン一人ひとりが背負う覚悟の重さを、アランは肌で実感していた。
世界最高峰の準決勝は、お互いの主力が削り合う、かつてないほどの激熱な中盤戦へと突入していくのだった。
【カグヤ】 【アラン】
ブラッキー ✕――◯ バンギラス
スピアー ◯――✕ バンギラス
スピアー ✕――◯ メタグロス