ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
静かな控室の語らい
シュートスタジアムの選手控室。
外から聞こえてくる大歓声の余韻が遠ざかる静かな空間で、激闘を戦い抜いたポケモンたちは、それぞれに傷を癒やしながら静かに息を整えていた。
「リュゥ……(ふぅ……それにしても、あのアランのリザードンは手強かったな。まさかここまで追い詰められるとは……)」
どっかりと腰を下ろし、分厚い翼をパタパタと休ませながら最初に口を開いたのはカイリューだった。その全身には今回の準決勝、そしてこれまでの激闘で負った激しい消耗の跡が残っているが、その瞳には大きな大一番をやり遂げた充実感が宿っている。
「ルカッ(本当だな。けど俺たちは勝った。今回はメタグロスを突破し、マニューラを退け、さらにはあのキリキザンまで執念でねじ伏せてくれたお前がMVPだ、カイリュー)」
そう言って腕を組んでいたのはルカリオだ。ファイアロー戦でのメガ進化の反動による倦怠感を落ち着かせながら、戦友を称えるように力強く頷いた。
その隣で、鋭い毒針を床につけながら静かに佇んでいたスピアーも、痛む複眼を細めてカイリューへと同意を示すように羽音を鳴らす。先ほどの戦闘でバンギラスを討ち取り、続くメタグロスにも強烈な一撃を叩き込んで散ったその背中は、見事な気高さを残していた。
さらに、その傍らで黒い体表の傷をじっと見つめていたブラッキーが、静かに口を開く。
「ブラァ(最初にバンギラスとやり合った時に俺が負けてしまってどうなるかと思ったが……みんながこうして繋いでくれたおかげで、最高の結末を迎えることができたな)」
「リュゥ(だな。ブラッキーが最初に受けてくれたダメージの蓄積も、スピアーが切り開いた道も、全部繋がっていたさ)」
カイリューが豪快に笑うと、控室の空気がわずかに和らいだ。
しかし、その輪の少し離れた場所で、腕を組んだままじっと俯き、唇を噛み締めている一匹の影があった。
真紅の巨鋏を固く閉ざし、壁にもたれかかっていたハッサムだ。
「(……どうした、ハッサム。みんな勝ててホッとしているというのに、まだキリキザン戦の敗北を引きずっているのか?)」
ルカリオが鋭いながらも気遣うような声をかけると、ハッサムはゆっくりと顔を上げたが、その瞳の奥には悔しさだけではない、言い知れない重苦しい影が宿っていた。
「ハサッ(……いや。俺が悔しいのは、あの一瞬の隙を突かれたことだけじゃない)」
ハッサムは自分の両の鋏をじっと見つめ、かすかに震える指先を隠すように握り締めた。
「(調子が悪いのか……?)」
カイリューが冗談めかした笑みを引っ込め、真剣な眼差しを向ける。
「(ああ……。以前から薄々感じてはいたが、今回の試合で確信に変わった。俺の体は、もう昔のようには動いていない。ここ一番という肝心な場面で反応がわずかに遅れ、全盛期のキレを維持しきれなくなっている……。あのキリキザンの一撃に敗北したのも、俺の技量不足というより、この肉体の限界がもたらした必然だったようだ)」
ハッサムの重い告白に、控室の空気がピリリと凍りついた。
アサメタウンの頃からチームの先頭に立ち、圧倒的な戦闘力で幾多の修羅場を切り抜けてきた絶対的エース。その誇り高き相棒が抱える静かな衰えと葛藤を、仲間たちは痛いほど理解していた。
「(ハッサム……お前……)」
ルカリオが言葉を失う中、控えの隅から静かに歩み寄ってきたゲッコウガが、ハッサムの肩へとそっと重い手を置いた。
「ケロ……(お前が積み上げてきたものの重みは、この肉体の変化ごときで色褪せたりはしない。俺たちがここまで来られたのは、お前がいつも最前線で道を開いてくれたからだ)」
「(そうだぜ。ブラッキーやスピアーが繋ぎ、お前がエースとしての背中で見せてくれたものは、今でもこのチームのど真ん中に焼き付いている。だから、一人で背負い込むなよ)」
カイリューの力強い言葉に、ハッサムは自嘲気味に息を吐き出し、ふっと力なく笑った。
「(お前らに励まされるとはな。まったく、情けないエースだ。だが……カグヤはまだ気づいていない。この決勝の舞台まで、俺を信じて使ってくれている)」
「(なら、最後までその期待に応えるまでだ)」
控室の扉の向こうに目を向けながら、ルカリオが静かに言い放つ。
「(カグヤは今、アサメタウンを出発した日から今日まで、俺たち全員と一緒に積み上げてきたもののすべてをあのフィールドに置いてきている。お前がどんな状態であれ、お前が俺たちの仲間であることに変わりはない)」
「(ああ……そうだな)」
ハッサムは深く頷き、再びその赤い鋏を力強く握り締めた。
肉体の限界という残酷な現実を抱えながらも、仲間たちと交わした絆が、ハッサムの魂の炎を再び燃え上がらせる。
アサメタウンの小さな絆から始まった物語は、いよいよ世界を制する最後の一歩へと進もうとしていた。