ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
シュートスタジアム近郊のトレーニング施設。決勝戦まであと2日と迫ったその日、カグヤの調整を手伝うために、サトシは相棒のピカチュウをフィールドに送り出していた。
「よし、ピカチュウ! ハッサムの調子を見てやってくれ。『アイアンテール』からの軽い素振りだ!」
「ピカッ、チュウ!」
ピカチュウが軽快な跳躍から鋭い電光を放ち、ハッサムの動きを確かめるように鋭く切り込む。ハッサムは普段通りの素早い動きでこれを迎え撃とうとしたが――その瞬間、微かに右足の踏み込みが鈍り、全身のバランスが大きく崩れた。
「……っ!」
ハッサムは必死に赤い巨鋏を地面につき、何事もなかったかのように立ち上がろうとしたが、蓄積された疲労と肉体の限界はすでにその許容量を優に超えていた。耐えきれなくなった神経の伝達不良が全身を駆け抜け、ハッサムはその場にガクリと崩れ落ち、荒い息を吐きながら深く蹲ってしまう。
「ハッサム……! おい、どうしたんだよ!」
カグヤが青ざめた顔で駆け寄り、その体を支えようと手を伸ばす。
その様子をすぐ傍らで見ていたサトシとセレナも、ハッと息を呑んで駆けつけた。
「カグヤ、無理をさせるな。あいつの体は、もう限界だ……!」
「父さん……? どういうこと、ハッサムの体って……」
動揺するカグヤの前で、ハッサムは悔しそうに歯を噛み締め、震える拳で地面を叩いた。隠し通そうとしていた自身の衰えと限界が、こうして露わになったことへの情けなさが胸を抉る。
「――おや、なにやら穏やかじゃない雰囲気ねぇ」
そこに、ひときわ明るくよく通る声が響き渡った。
トレーニング施設の扉が開き、長旅を終えたばかりのような姿の仲間たちが次々と足を踏み入れてくる。細い目を優しく三日月型にしたタケシと、鮮やかな青い髪を揺らすヒカリだった。
「サトシにセレナ、それにカグヤくん。 いやぁ、サトシの息子が決勝に出るって聞いて、居ても立ってもいられなくて駆けつけちゃったよ!」
「そうよ! カグヤくん、ここまで勝ち上がってきたなんて本当にすごいわ! ……って、あれ? ハッサム、どうしたの?」
ヒカリの心配そうな声に、タケシもすっと表情を引き締め、医療バッグを片手にハッサムのそばへと歩み寄る。その場に漂うピリついた空気と、ハッサムの痛々しい様子を一目見ただけで、長年ポケモンと向き合ってきたタケシには状況が手に取るように理解できた。
「……なるほど、そういうことか。筋肉の微細な断裂と、神経系の疲労蓄積だな。よくここまでこの体で戦い抜いたものだ」
「タケシさん……!」
カグヤは言葉を失い、自分の無自覚さを悔やむように愛車の相棒を見つめた。
絶対的なエースとしての誇りを守るため、痛みを押し殺して戦い続けていたハッサム。その不調にいち早く気づいていたサトシたち、そして思わぬ形でその場に居合わせたかつての仲間たち。
決勝戦を2日後に控え、チームの絶対的支柱が抱えるあまりに重い現実が、全員の前に静かに突きつけられていた。