ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
シュートスタジアムの最上階に位置する、贅を尽くした広大なVIPラウンジ。
外から吹き抜けるガラル地方の風はどこか冷涼だったが、室内の空気は厚手の絨毯と高級なアロマの香りに包まれ、心地よい暖かさに満たされていた。防音仕様の分厚いガラス窓の向こうからは、シュートシティを埋め尽くすファンたちの熱狂的な歓声が、まるで遠雷の底音のようにかすかに響いてくる。
革張りの特等席ソファに深く腰を掛け、片手でグラスの水を傾けるガラル地方の絶対王者・ダンデ。その傍らには、王者のスケジュール管理から戦術分析、メディア対応までを完璧にこなす専属のスタッフやコーディネーターたちが数名、それぞれのタブレット端末を片手に和やかな笑みを浮かべて控えていた。
「いやぁ、準決勝もお見事でした、ダンデさん!」
専属コーディネーターの一人が、ワイングラスを軽く揺らしながら、心底楽しげに声を張り上げた。
「アランを破ってきたとはいえ、あのカグヤとかいう若造のパーティーなんて、所詮は地方の寄せ集めにすぎませんよ。予選からここまでのデータを洗い直しましたが、戦術の引き出しはせいぜい並の域を出ません。あれだけの消耗戦を強いられた後じゃ、決勝の舞台に立てるかすら怪しいものだ」
別のスタッフもそれに同調するように、鼻でふんと笑って言葉を継ぐ。
「そうそう。なんでもあの挑戦者、少し前まで『マホロバ』とかいう田舎を拠点にしていた時期もあるそうじゃないですか。あんなローカルで閉ざされた場所で育った連中の実力なんて、井の中の蛙が大海を知るようなものです。これまで数々の修羅場をくぐり抜け、全試合ストレート勝ちを収めてきたダンデさんの敵ではありませんって。正直、決勝のカードとしては少し物足りないくらいだ」
「ハハッ、間違いない! 準決勝のアラン戦だって、向こうはエースがボロボロになりながら、泥臭く這いずるようにしてギリギリで勝っただけだ。こっちは無傷のまま万全の状態で決勝を迎えるんだから、勝負の次元が根本から違うんですよ」
ラウンジの空気を支配していたのは、勝利に対する絶対的な確信と、どこか挑戦者を軽視する軽侮の響きだった。
圧倒的な実績を積み重ね、ガラル地方の頂点に君臨する絶対王者・ダンデ。その周囲にいる者たちにとって、王者以外の選択肢など歴史の辞書に存在しなかった。彼らにとって、挑戦者が歩んできた泥臭い道のりや、アサメタウンやマホロバの地で培ってきた絆の深さなど、データシートの隅に書かれた瑣末な文字の羅列にすぎなかったのだ。
周囲の楽観的な笑い声と、「決勝はせいぜい数分で終わるだろう」という慢心に満ちた会話の数々。
それらを耳にしながら、ダンデは静かにグラスを大理石のテーブルへと置いた。カタン、と微かな音が響く。
その瞬間、ラウンジを包んでいた軽薄な空気が、まるで一刀両断されたかのようにピタリと凍りついた。
「……お前たち、少し油断しすぎだな」
低い、しかし一切の妥協を許さない王者の声が落ちる。取り巻きたちは慌てて表情を引き締め、冷や汗を拭うようにダンデのほうへと視線を向けた。
「アランをあの泥臭い総力戦で破り、ここまで這い上がってきた。その事実だけで、あいつらが並の挑戦者ではないことは確かだ。それに――」
ダンデはソファからゆっくりと立ち上がり、大きく開かれた窓の向こう、シュートスタジアムの巨大なドームを見据えた。その双眸の奥には、先ほどのアラン戦で見せたカイリューの凄まじい執念、ルカリオが放った鮮烈な波動、そしてゲッコウガの瞳に宿っていた鋭い闘志が、今なお鮮明に焼き付いていた。
「マホロバだろうがアサメタウンだろうが、そんなことは関係ない。修羅場をくぐり抜け、這い上がってきた奴らが纏う『熱』は、本物だ。データシートの数字だけじゃ測れない何かが、あいつらのパーティーには確実に宿っている」
スタッフたちは言葉を失い、ただ圧倒的なオーラを放つ王者の背中を見つめていた。
「だからこそ、俺は面白いと言っているんだ。徹底的に叩き潰しがいのある、最高の好敵手を、俺は全力で迎えてやろうじゃないか」
王者の純粋な闘争心と、周囲の人間が抱く慢心。
それぞれ異なる思惑を乗せたまま、世界を揺るがす決戦の時は、いよいよ音を立てて近づいていた。