ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
宿の廊下は、管理局が放つサーチライトの白光と、非常灯の赤、そしてルカリオの放つ青い波導が混ざり合い、異様な色彩に包まれていた。
カグヤはウパーを抱えたまま、スリングの帯をぐいと締め直す。
「……ナオ、そこから一歩も動かなくていい。シオンとシャワーズのことは任せたぞ」
「は、はい! ナエトル、『リフレクター』の準備だ!」
ナオが叫ぶのと同時、廊下の両端から管理局の特殊部隊がなだれ込んできた。彼らが繰り出したのは、水陸両用の戦闘に特化した「オーダイル」と「ゴルダック」。狭い廊下には不釣り合いなほどの巨体と圧力が、カグヤを押し潰さんとする。
「排除対象を確認! 躊躇うな、ハイドロポンプ!!」
四方から激流が放たれる。逃げ場のない一直線の廊下。だが、カグヤの瞳に動揺はない。
「――ハッサム、出番だ。盾にはなるな、風になれ」
カグヤが投げたボールから、深紅の鋼鉄が姿を現した。ハッサムは現れた瞬間、ハサミを十文字に交差させ、迫り来る激流の「中心」を突いた。
「『シザークロス』――断裂」
放たれた水の塊が、紙細工のように左右に切り裂かれ、カグヤたちの横を虚しく通り過ぎて壁を叩く。水飛沫が舞う中、カグヤの短い指示が飛ぶ。
「ハッサムは右、ルカリオは左。制圧しろ。一歩も引くな」
カグヤの声は冷徹な指揮官のそれへと豹変していた。ハッサムは紅い残像を残して右側のオーダイル群へと肉薄する。狭い廊下という環境は、巨体のオーダイルには枷だが、精密な動きを誇るハッサムにとっては、敵の逃げ場を奪う絶好の狩り場だった。
ハッサムは壁や天井を蹴り、多角的な位置からオーダイルの分厚い皮膚を『バレットパンチ』で的確に叩く。その衝撃はオーダイルの体内に深く浸透し、その身動きを封じる。
一方、左側のゴルダックたちを相手にするルカリオは、まさに「動」と「静」の極致だった。
「ルカリオ、『しんそく』。波導で敵の呼吸を読め」
ルカリオの姿が消えた、と管理局員たちは錯覚した。
超スピードによる移動。ルカリオはゴルダックたちが放つ念力や水の刃を紙一重で回避しながら、その懐に滑り込む。
「……そこだ」
ルカリオの掌がゴルダックの胸板に触れた瞬間、凝縮された波導が爆発した。衝撃波が一直線に走り、後方の隊員たちまでもをドミノ倒しにする。
蒼い波導と紅い鋼鉄。二匹のポケモンは、カグヤという唯一の「核」を中心に、完璧な歯車となって廊下を支配していた。
「な、何なんだ……このガキは……。一歩も近づけない……!」
隊長らしき男が戦慄する。彼らが戦っているのは、単なる強力なポケモンではない。カグヤの「波導による戦況把握」と「ポケモンへの絶対的な信頼」が作り出す、鉄壁の陣陣営(フォーメーション)だった。
「……ハッサム、仕上げだ。『つるぎのまい』から、一気に押し戻せ」
「ルカリオ、ハッサムの影を追え。『はどうだん』で退路を断つぞ」
ハッサムがその場で高速回転し、自身の攻撃力を極限まで高める。その周囲に、ルカリオが放つ無数の小規模な『はどうだん』が追従する。
紅い旋風と青い光弾が混ざり合い、廊下を埋め尽くす光の奔流となった。
ドォォォォンッ!!
凄まじい衝撃と共に、廊下を封鎖していた特殊部隊は文字通り「掃き出される」ようにして宿の外へと吹き飛んだ。
静まり返る廊下。カグヤは深く息を吐き、スリングの中で丸まっていたウパーを優しく撫でた。
「……お待たせ。外の掃除は終わったよ。シオン、そっちは?」
背後の部屋のドアがゆっくりと開く。そこには、治療カプセルから解放され、シオンの足元に力強く寄り添うシャワーズの姿があった。
シャワーズの瞳からは濁りが消え、シオンを見上げる瞳には深い信頼が宿っている。
「……完璧よ。シャワーズのバイタルは完全に安定したわ。それに……」
シオンが、シャワーズの頭を愛おしそうに撫でる。
「この子が教えてくれたの。浄化塔の地下へ続く『裏の水道』を。……そこを通れば、管理局の包囲網を抜けて、仲間たちの元へ行ける」
「……よし。じゃあ、逆襲の始まりだな」
カグヤはハッサムとルカリオを呼び戻し、不敵な笑みを浮かべた。
「ミナモシティの『不純物』が、どれだけ厄介か……。思い知らせてやろうぜ」
宿を包囲するサーチライトの光を嘲笑うように、カグヤたちは夜の闇に紛れ、ミナモシティの心臓部――浄化塔の地下へと向かって駆け出した。