ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
氷の回廊を抜けた先に広がっていたのは、地下水道の汚泥からは想像もつかない、無機質で巨大な円形広間だった。
壁一面を埋め尽くすガラス管の中には、濁った水と共に、無数のゼニガメやメノクラゲ、そしてシャワーズの仲間たちが閉じ込められている。
「……あ、あぁ……なんてこと……」
ナオが絶句し、膝をつく。ガラス管からは太いコードが伸び、中央にそびえ立つ巨大な蓄電槽へと、ポケモンの生命エネルギーを淡い光の粒子として吸い上げ続けていた。
「これが『水質管理システム』の正体……。ポケモンを電池にして、強制的に分子レベルで水を濾過するなんて、あまりにも不合理……いえ、邪悪だわ」
シオンの震える声が、広い空間に反響する。彼女の腕の中、シャワーズが「シャァッ!」と怒りに満ちた声を上げた。
「ようこそ、不純物の皆さん。そして……お帰りなさい、アクア家の残り滓(かす)さん」
広間の中央、高い演壇の上に一人の男が姿を現した。ミナモシティ市長。
真っ白なスーツに身を包み、手袋さえも一点の曇りもない。彼は冷ややかな目でシオンを見下ろした。
「市長……! これを今すぐ止めてください! あなたのやっていることは、街を守ることじゃない、命を壊しているだけよ!」
「壊す? 違うな。私は『選別』しているのだよ、お嬢さん」
市長は嘲笑うように両手を広げた。
「かつて君の父親が提唱した『共生』などという甘い幻想が、この街をどれほど不潔にしたか忘れたか? 雑多な感情、無秩序な生態系……。そんなものは管理の敵だ。100%の純水。それこそが、究極の秩序であり、私の正義だ」
「……あんたの正義に、ウパーやこの子たちの涙が必要だって言うのか?」
カグヤが静かに一歩前に出た。スリングの中のウパーを、その手で守るように隠しながら。
カグヤの周囲には、ハッサムとルカリオが、これまでにないほど禍々しい戦意を漲らせて控えている。
「あの子たちは、あんたの道具じゃない。……家族だ」
「家族、か。反吐が出るほど不合理な言葉だ」
市長が指を鳴らす。
すると、蓄電槽の裏から、重厚な金属音を響かせて『それ』が現れた。
それは、巨大なカメックスだった。
だが、その皮膚は青白く変色し、甲羅の砲塔からは黒いオイルのような液体が滴り落ちている。全身を機械的なフレームで拘束され、目には意思の光が宿っていない。
「私の最高傑作、強化個体『アブソリュート・ゼロ』だ。……さあ、その不純な命を、街の肥やしにしてやりなさい」
カメックスの咆哮が地下空間を揺らす。それは生き物の声ではなく、歪んだシステムが吐き出す、苦悶の叫びだった。
「……カグヤ、私にやらせて」
シオンが、シャワーズを連れて前に出た。
「あの子を救えるのは、この街の水のあり方を一番よく知っている……私とシャワーズよ」
「……分かった。背中は任せろ」
カグヤは短く答え、ルカリオとハッサムに周囲の警備ドローンの迎撃を命じた。
シオンとシャワーズ、そして市長が操る悲しき兵器。
ミナモシティの命運を賭けた、最深部での決戦が今、幕を開ける。