ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

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絶対零度の檻、命の波導

「……不純物は、凍りついて沈黙すればいい。それが最も効率的な『静寂』だ!」

 市長の狂った叫びと共に、浄化塔から放たれた黒い冷波が広場を埋め尽くした。溢れ出した運河の水が、一瞬で鋭い氷の刃へと変貌し、周囲の建物さえも白く凍てつかせていく。

 それは生物の体温を根こそぎ奪う、死の結界だった。

「……っ、身体が……動かない……」

 ナオがガタガタと震え、膝をつく。ナエトルが懸命に『こうごうせい』の光を放って暖を取ろうとするが、絶対零度に近い冷気の前では、その温もりもか細い火に過ぎない。

 カグヤは、スリングの中で丸まったウパーを守るように、ルカリオの背中に手を置いた。

「ルカリオ……寒いか?」

「…………」

 ルカリオは無言で、しかしその鋭い瞳でカグヤを見つめ返した。その瞳には、寒さへの恐怖など微塵もなかった。あるのは、自分を信じるパートナーに応えようとする、燃えるような熱量だけだ。

「……そうだよな。俺たちの波導は、こんな氷ごときじゃ消えない」

 カグヤは深く息を吐き、自らの波導を限界まで練り上げた。

「ルカリオ……『はどうだん』じゃない。お前の命の熱を、全部この場に解き放て! 全方位、最大出力――『波導の咆哮』!!」

 カグヤとルカリオの精神が、かつてない密度でシンクロした。ルカリオを中心に、蒼いエネルギーが猛烈な熱を帯びて爆発した。それは攻撃ではなく、周囲の冷気を強引に中和する「命の盾」だ。

 

「シオン! 今だ、動けるのはお前たちだけだ!」

 カグヤが道を作った。ルカリオの熱線が、浄化塔へと続く氷の壁を一直線に溶かし、蒸気の道を作り出す。

 シオンはその蒸気の中を、シャワーズと共に駆け抜けた。

「分かっているわ! ……シャワーズ、私たちの不合理を、あの機械に見せつけてやりなさい!」

 シオンは、父から教わった管理コードを、凍りついた端末に叩き込んだ。

「論理的な限界? 知ったことじゃないわ。……シャワーズ、塔の冷却コアに直接『ハイドロポンプ』を叩き込んで、内側からオーバーヒートさせるのよ!」

 シャワーズが空中を蹴り、塔の心臓部へと肉薄する。

 だが、塔の自動防衛システムが、氷の槍となってシャワーズを襲う。

「……逃げない。……計算なんて、もう捨てた!」

 シオンは、迫り来る氷の槍の前に、自らの身体を投げ出した。

「シオンさん!?」

 ナオの叫び。だが、シャワーズはシオンの意志に呼応し、自らの身体を霧に変え、シオンを包み込むようにして槍をすり抜けた。

 シャワーズはシオンの想いを乗せ、塔のコアへと辿り着く。

「……いけぇぇぇぇ!!」

 シオンの叫びと同時、シャワーズが放った最大級の水の激流が、過冷却されたコアに衝突した。

 急激な温度変化により、硬い特殊合金のコアが、ガラスのように砕け散る。

 ズドォォォォンッ!!

 浄化塔の頂上から、不気味な黒い光が消え、代わりに暖かい蒸気が街全体に広がっていった。

 凍りついていた街が、涙を流すように溶け始める。

 

「な……私の、私の完璧な静寂が……!」

 崩れ落ちる塔の演壇で、市長が腰を抜かした。

 カグヤは、肩で息をするルカリオに歩み寄り、その肩を強く叩いた。

「……最高の熱だったぞ、ルカリオ」

 そして、傍らにいたゼニガメを見た。ゼニガメは、震えながらも最後まで逃げ出さず、カグヤの足元を小さな水鉄砲で守り抜いていた。

「お前も、いい根性してるよ」

 カグヤが笑いかけると、ゼニガメは誇らしげに胸を張り、「ゼニッ!」と短く応えた。

 ミナモシティを覆っていた偽りの白亜が剥がれ落ち、本来の、少し濁っているが生命力に満ちた水の音が戻ってくる。

 シオンは、霧から元の姿に戻ったシャワーズを、優しく、しかし離さないように抱きしめた。

「……不合理ね。……でも、最高の気分だわ」

 汚れを洗い流したのは、機械のフィルターではない。

 泥にまみれ、傷つきながらも進み続けた、家族たちの「熱」だった。

 

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