ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
ダーテングが去った後の静寂を切り裂いたのは、原生林にはあまりに不釣り合いな、硬質で重厚な駆動音だった。
木々がなぎ倒される地響きと共に、巨大な回転鋸(ソー)を備えた重機が姿を現す。その車体には、交差する鋼の爪を模した紋章――密猟組織『スチール・クロー』のマークが刻まれていた。
「……あいつら、道なんてお構いなしかよ」
カグヤが忌々しげに吐き捨てる。倒された巨木の上を、金属の履帯(キャタピラ)が容赦なく踏みにじっていく。
「カグヤ、見て。あの重機の後ろ……捕獲ケージの中にいるのは、森のキマワリやコノハナたちよ」
シオンが鋭く指摘した。彼女の隣で、アリアドスが威嚇するように牙を鳴らす。
「彼らの狙いはフォレスタルの『希少種』だけじゃない。森の生態系そのものを根こそぎ奪って、高値で売り捌くつもりだわ」
「そんなの、絶対許せない! いくぞ、ナエトル!」
ナオが叫ぶが、重機の上から数人の男たちが飛び出してきた。その中央、一際仕立ての良い防護服に身を包んだ男を見て、シオンの表情が凍りついた。
「……あら、まさかこんな泥臭い場所で再会するなんて。シオン・アクアお嬢様?」
「……ベック。あなた、ミナモシティの管理局を解雇された後、こんな汚い仕事に手を染めていたの」
男――ベックは、かつてシオンの実家が栄えていた頃、出入りしていた若手実業家だった。市長の失脚後、行方をくらませていた彼が、今は密猟団の指揮を執っていたのだ。
「汚い? 失礼な。これは『資源の有効活用』ですよ。君なら理解できるでしょう? 効率の悪い自然を、金という名の価値に変換する。合理的な判断だ」
「黙れ。……今の私に、その言葉は通用しないわ!」
シオンが腕を振り上げる。だが、ベックは冷笑を浮かべ、背後のコンテナを解放した。
「なら、君の得意な『計算』でこれに勝てるかな? 出てこい、アーマルド!」
姿を現したのは、通常の個体よりも一回り大きく、全身を無機質な強化装甲で覆われたアーマルドだった。その腕の爪は鋭い鋼鉄の刃に換装され、目は赤いセンサーのように不気味に発光している。
「な……あれはポケモンじゃない! 改造されてるのか!?」
カグヤがルカリオと共に身構える。
「ええ、管理局の技術を転用した『強化実験体』よ。痛覚を遮断され、命令に従うだけの戦闘機械……」
「ハッ! 壊せ、アーマルド! その目障りな蜘蛛と、野良犬どもをな!」
改造アーマルドが、凄まじい推進力で突進してくる。その一撃は、傍らの巨木を紙のように一刀両断した。
ルカリオが『しんそく』で拳を叩き込むが、鋼鉄の装甲はビクともしない。逆に、アーマルドが放つ『メタルクロー』の風圧がルカリオを弾き飛ばす。
「ルカリオ!」
カグヤが駆け寄ろうとした瞬間、足元に潜んでいた警備ロボットが、ナオとゼニガメを分断するように立ち塞がった。
「……カグヤ、ここは私が引き受けるわ。あなたはナオたちを! ベックの相手は……私がケリをつけなきゃいけない」
シオンがアリアドスの背に手を添える。彼女の波導は、静かに、しかし激しく燃えていた。
「……分かった。死ぬなよ、シオン!」
「誰に言っているの? 私の計算に『敗北』の二文字はないわ」
鋼鉄の暴力が森を切り裂く中、かつての「お嬢様」と「冷徹な実業家」、そして「家族」を守るために牙を剥くポケモンたちの、誇りを懸けた戦いが始まった。