ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「ハハハ! 見なさい、この圧倒的な破壊の美を! 凍りついた泥ごと地面を砕き、命の限界を超えて突き進む……これこそが私が求めた、不純物のない『純粋な力』だ!」
ベックは狂喜に満ちた声を上げ、操縦端末を激しく叩いた。
改造アーマルドの関節部から、過負荷を示す不気味な火花が散る。だが、ベックはそれを一顧だにしない。彼にとってポケモンは「性能を引き出すための部品」に過ぎなかった。凍りついた足場を、鋼鉄の爪が無理やり粉砕し、地響きと共に森を揺らす。
「さあ、シオンお嬢様! 君が大事に抱えているその『絆』という名の不合理な幻想ごと、この質量で粉砕してあげよう!」
凄まじい噴射音と共に、アーマルドが再加速する。その突進は、逃げ場のない一直線の暴力だった。だが、シオンは微塵も動じず、アリアドスの複眼が捉える「糸のネットワーク」に意識を集中させた。
「……純粋な力? 笑わせないで。制御を失った力は、ただの『事故』と同じよ」
シオンが鋭く指を鳴らす。
「今よ、アリアドス! 全網(オールネット)展開!」
瞬間、周囲の巨木の枝から、重なり合うように張り巡らされていた無数の糸が、生き物のように一斉に収縮した。それは単なる網ではない。アリアドスが事前に仕掛けた「力の伝導路」だった。
「狙うのは本体じゃない。糸の『結節点』を切りなさい!」
アリアドスの鋭い爪が、空中に浮かぶ特定の糸を断ち切る。すると、物理計算に基づいた張力の均衡が崩れ、数トンの重さを支えるはずの強靭な糸が、アーマルドの突進の勢いを利用して、その巨躯に巻き付いた。
さらに、その糸にはシャワーズが吸わせていた「粘着質の泥」が濃縮されている。
「――これが、私の計算した『粘着の檻』よ。もがけばもがくほど、あなたの言う『純粋な力』が、自分自身を縛り上げる拘束具に変わるわ」
アーマルドの駆動部――装甲の隙間や、むき出しのシリンダー関節――に、泥を吸った糸が容赦なく食い込んでいく。高い負荷をかけるほど、糸はさらに深く内部へ入り込み、改造ポケモンの精密な機械駆動を内側から焼き付かせていく。
その時、後方の重機軍団をダーテングと共に壊滅させたカグヤが、泥を撥ね飛ばしながら戦場の中心へと帰還した。
「シオン、こっちは片付けたぜ! ……おい、なんだあの糸の量は!」
「ふふ、私の最高傑作の『巣』よ。……でも、最後の仕上げはあなたに譲ってあげるわ。あの鋼鉄を貫くには、一番『熱くて不合理な力』が必要だから!」
シオンの言葉に応えるように、カグヤは傍らで拳を握りしめるゼニガメに視線を落とした。
「ゼニガメ、いけるか? 怖いなら、後ろにいていい。……でも、あいつに『家族』の強さを見せてやりたいなら、俺と一緒に来い!」
ゼニガメの脳裏に、ミナモシティの冷たい水槽がよぎる。かつての自分なら、間違いなく逃げ出していただろう。だが、今の彼の背中には、自分を信じて背中を預けてくれる「兄貴分」のルカリオや、自分を盾として認めてくれたカグヤ、そして冷徹な計算を情熱に変えたシオンがいる。
「ゼニッ……ゼニィィッ!!」
ゼニガメは、泥だらけの顔で力強く咆哮した。
「よし! ルカリオ、『はどうだん』で正面を攪乱しろ! ゼニガメ、あのアーマルドの腹部――装甲が剥き出しになった『関節の隙間』が唯一の勝機だ。あそこに突っ込め!」
ルカリオが放った蒼い波動が、アーマルドのセンサーを焼く。その一瞬の隙、ゼニガメは手足を引っ込め、限界まで回転速度を上げた。
「いけ……命を懸けた、最大出力の『こうそくスピン』!!」
ゼニガメの身体が、激しい水の飛沫を螺旋状に撒き散らしながら、一筋の蒼い弾丸へと変わる。糸によって動きを奪われ、ルカリオに目を奪われた「一瞬の死角」。
ゼニガメの硬い甲羅が、アーマルドの腹部の装甲継ぎ目を、真っ向から貫いた。
バリィィィィンッ!!
金属が砕け散り、電子部品が弾ける乾いた音が響く。主制御ユニットを完全に粉砕された改造アーマルドは、断末魔のような蒸気を吹き出し、その場に崩れ落ちた。センサーの赤い光は空しく消え、ただの鋼鉄の塊へと戻っていく。
「馬鹿な……ありえない! 私の……私の最高傑作が、あんな……あんな小亀の一撃で……!」
ベックが膝をつき、端末を握りしめたまま震えている。その背後からは、怒りに燃えるダーテングが、音もなく歩み寄っていた。
「勝負あったな、ベック。お前の計算には、『命の意地』が入っていなかったんだよ」
カグヤが静かに宣告する。
だが、静寂が訪れるはずの森に、不穏な高周波の警告音が鳴り響いた。
「……っ、何この音!? カグヤ、離れて! 自爆装置よ!」
シオンが絶叫する。ベックは狂ったような笑みを浮かべ、指先で遠隔スイッチを押し込んでいた。
「ハハハ……負けるなら、この忌々しい森も、君たちも、すべて道連れだ……! あと30秒で、すべてが終わる!!」