ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「あと20秒……19……18……!」
ベックの狂ったカウントダウンが、静まり返った森に冷酷に響く。
沈黙したはずの改造アーマルドの胸部から、ドクン、ドクンと不気味な脈動と共に、赤黒い光が漏れ出していた。内蔵された高密度エネルギーコアが臨界点を超え、周囲数十メートルを跡形もなく吹き飛ばそうとしている。
「カグヤ、逃げなさい! もう計算上の安全圏には間に合わないけれど、少しでも爆心地から離れるのよ!」
シオンが叫び、アリアドスの糸をナオの身体に巻き付けて強引に後方へ引き寄せる。だが、コアの直近には、まだ動けない野生のポケモンたちが取り残されていた。
「……クソッ、見捨てられるかよ!」
カグヤは逃げるどころか、アーマルドの残骸の前でルカリオと肩を並べた。
「ルカリオ、波導を全開にしろ! 衝撃波を、俺たちの波導で強引に上方へ逸らすぞ!」
カグヤの手のひらから蒼い波導が溢れ出し、ルカリオの放つエネルギーと共鳴して巨大な半球状の盾を形成し始める。だが、人工的な自爆エネルギーの暴力は、生身の波導を無慈悲に削り取っていく。カグヤの指先から血が滲んだ。
「あと10秒……9……8……!」
その時、カグヤの足元で、泥だらけの小さな影が動いた。
「ゼニッ……ゼニゼニッ!!」
ゼニガメだった。彼は、カグヤが必死に展開している波導の盾をすり抜け、自爆寸前のアーマルドの懐へと、再び飛び込もうとしていた。
「ゼニガメ、戻れ! その身体でこれ以上無茶をすれば、今度こそ甲羅が砕け散るぞ!」
カグヤの叫びは届かない。ゼニガメには分かっていた。カグヤとルカリオの波導の盾だけでは、この爆発を抑えきれない。森の木々も、逃げ遅れた仲間たちも、そして大好きなカグヤたちも、みんな傷ついてしまう。
ゼニガメは、ミナモシティの浄化塔でカグヤが見せた「波導の咆哮」を思い出していた。あの時、カグヤは命の熱で冷気を溶かした。ならば、自分は――。
「ゼニィィィッ!!」
ゼニガメはアーマルドの剥き出しになったコアに、その小さな身体を叩きつけた。
刹那、彼の身体から溢れ出したのは、ただの水ではなかった。
それは、カグヤから分け与えられた「波導」と、自らの「命の奔流」が混ざり合った、白銀に輝く高圧の水球。新技――『しおふき』の萌芽だった。
ゼニガメは、爆発しようとするエネルギーを自らの甲羅の内側へと引き込み、それを『こうそくスピン』の回転力で強引に水流の中へと封じ込めた。内側から襲いかかる衝撃に、ゼニガメの甲羅に限界のヒビが走る。
――パリ、と乾いた音が響く。
カグヤの時間が、止まったように感じられた。
「……ガメ……!!」
だが、そのヒビから漏れ出したのは、血液ではなく、眩いばかりの進化の光だった。
ゼニガメの脳裏に、カグヤとルカリオが背中を合わせて戦う姿が浮かぶ。自分も、あの背中を支える「盾」になりたい。家族を守る、強靭な甲羅になりたい――!
「ゼニィィィィィッ!!! カァァァァッ!!!」
光が弾け、そこに姿を現したのは、一回り大きくなり、威厳すら漂わせるカメールだった。
そして、その進化した甲羅は、臨界点に達したエネルギーコアを完全に飲み込み、その衝撃を内側から抑え込んだ。進化によるエネルギーの再構成が、砕け散る寸前だった甲羅を修復し、同時に凄まじい衝撃をその内部へと封じ込めたのだ。
「3……2……1……ゼロ!!」
カチリ、という小さな音の直後、凄まじい閃光が走った。
だが、あったのは巨大な「水の球」が弾ける音だけだった。
ドォォォォォォンッ!!
カメールが爆発のエネルギーを水圧で包み込み、そのまま空高くへと噴き上げさせたのだ。樹海の上空に、巨大な水の柱がそびえ立ち、それはやがて美しい霧となって、焦げ付いた森の空気を冷やす雨へと変わった。
「……嘘だ……自爆を、進化のエネルギーと水で……抑え込んだというのか……?」
ベックの手からスイッチが零れ落ちる。
静寂が戻った戦場の中央。
そこには、一回り大きくなった甲羅を震わせ、それでもなお、しっかりと大地に足をつけて立つ、一匹の亀の姿があった。
「カメール……!」
カグヤが駆け寄り、その身体を壊れ物を扱うように抱きしめた。
カメールの甲羅には、自爆のエネルギーと進化のエネルギーが激しくせめぎ合った証として、かつてのヒビの跡が、まるで稲妻のような白い模様となって、深く刻み込まれていた。完全な修復ではない。それは、彼が「家族」を守るために流した血と、手に入れた勇気の証明だった。
「……最高にかっこよかったぞ」
カメールは、カグヤの胸の中で、安堵したように「カメ……」と短く鳴き、深い眠りに落ちた。
降り注ぐ「命の雨」の中で、シオンは静かに目元を拭った。
「……計算不可能なほどの、馬鹿げた勇気。……そして、奇跡ね。悪くないわ」
森の自警団長ダーテングが、木々の上からその様子を静かに見守っていた。
鋼鉄の牙は折れ、樹海には再び、命の鼓動が戻り始めていた。