ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

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空中都市フォレスタル、空に浮かぶ庭園

 ダーテングから託された「古の枝」を掲げ、一行は樹海の最深部へと足を踏み入れた。

 そこには、これまで見てきた原生林とは明らかに異なる、神々しいまでの光景が広がっていた。数千年の時を経たであろう巨木たちが、互いに太い枝を絡ませ合い、天を突く巨大な柱となって整然と立ち並んでいる。その樹冠は遥か上空で重なり合い、天然の屋根となって陽光を柔らかい木漏れ日に変えていた。

「……信じられない。この高度で、これほど豊かな生態系を維持しているなんて。ミナモシティの空調システムをどれだけ重ねても、この『循環』は再現できないわ」

 シオンは、手元の高性能端末に表示される環境データを眺め、溜息をついた。かつての彼女なら、これを「未開の非効率」と切り捨てていただかっただろう。だが、泥にまみれ、ポケモンたちと共に死線を越えてきた今の彼女には、この森が持つ緻密な調和が、どんなスーパーコンピュータの計算よりも完璧な「数式」に見えていた。

 巨木の中層、地上数百メートルの位置には、太い枝と強靭な蔦を編み込んだ空中歩道が網の目のように張り巡らされている。そこには木々の幹に溶け込むようにして作られた、有機的な曲線を持つ住居が並び、都市のいたるところから溢れ出した水が、幾筋もの滝となって地上へと降り注いでいた。

 そこが、伝説に謳われる樹海都市『フォレスタル』だった。

 

「すっげぇ……。空の中に森があるみたいだ……!」

 ナオが感嘆の声を上げ、空中歩道の手すりから下を覗き込む。足元を流れる霧の向こうに、自分たちが歩いてきた深い緑の絨毯が見える。カメールもまた、初めて見るその幻想的な光景に、甲羅に刻まれた稲妻のような白い傷跡を誇らしげに光らせながら「カメェッ!」と力強く鳴いた。進化したことで一回り大きくなった彼の体躯は、もはや「守られるべき弱者」ではなく、一行の背中を支える「頼れる盾」としての風格を漂わせている。

 一行が都市の居住区へと進むと、そこには多くのポケモンと人間が共生していた。しかし、それはミナモシティのような「徹底した管理」による共生ではない。ポケモンたちは自由奔放に街を駆け、人間はそれを受け入れ、分かち合う。互いに必要な距離を保ちながら、同じ風を浴びて生きる、古くからの習わしが今も息づいているのだ。

 

 都市の中央広場に到着すると、一人の老人が一行を待ち構えていた。その背後には、この都市の守護者である数匹のメブキジカが控えている。

「……ダーテングの枝を持つ者か。ベックという男が放った『鉄の獣』を鎮め、森の脈動を救ったのは、お前たちだな?」

「ああ。……と言っても、俺だけの力じゃない。ルカリオやハッサム、それにこいつら家族とシオンのおかげだ」

 カグヤが肩をすくめて答えると、老人は深い皺を刻んだ顔をほころばせ、視線をシオンへと移した。その眼差しは、彼女の心の奥底を見透かすように鋭い。

「シオン・アクア……。かつてミナモシティを統治していた、あのアクア家の娘か。お前の瞳には、以前会った時のような『数字で命を測る傲慢さ』は、もう残っておらんようだな」

 シオンは一瞬、息を呑み、言葉に詰まった。彼女の脳裏に、効率と利益だけを追求し、多くの命を切り捨ててきた実家の歴史がよぎる。しかし、隣に立つアリアドスの脚が、励ますように彼女の腕を優しく叩いたのを感じ、彼女は静かに、しかし真っ直ぐに老人を見据えた。

「……私はもう、あの一族の計算式には縛られません。ミナモシティの白く凍った論理ではなく、この森の不条理で、けれど温かい『答え』を、自分の目で見極めに来たんです。たとえそれが、私の過去を否定することになったとしても」

 老人は満足げに頷き、都市の最上層にそびえる、樹齢一万年を超えると言われる『大樹の塔』を指差した。

「ならば行くがいい。あそこには、この森が記憶してきたすべての知識が眠っている。……ただし、ベックの残党はまだ消えたわけではない。奴らの真の狙いは、森を切り裂くことではなく、その奥底に眠る『深淵の種』にある。あれが奪われれば、このフォレスタルは文字通り空から堕ちるだろう」

 カグヤの波導が、不吉な予感に震えた。ルカリオもまた、低く唸り声を上げ、森の深淵から漂ってくる「鉄の腐敗臭」を察知していた。

 

 平和を取り戻したかに見えたフォレスタル。だが、その裏側では、シオンの忌まわしき過去と、カグヤたちが守るべき「未来」に関わる、さらなる陰謀が根を広げようとしていた。

「……カグヤ、私に考えがあるわ」

 シオンが、かつての冷徹な参謀とは違う、どこか熱を帯びた瞳でカグヤを見た。

「あいつらの狙いを、私の新しい『計算式』で完全に断ち切る。……協力してくれる?」

「……当たり前だろ。俺たちは家族なんだからな」

 カグヤはカメールの甲羅に刻まれた「勇気の証明」を掌で叩き、不敵に笑った。空に浮かぶ楽園を舞台に、因縁の決着をつけるための最後の準備が始まろうとしていた。

 

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