ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
フォレスタルの最上層、『大樹の塔』。そこは巨大な樹木の内部を自然の造形に沿ってくり抜いて作られた、神秘的な大聖堂のような空間だった。中心には、黄金色の琥珀の中に閉じ込められた巨大な種――この都市を空に繋ぎ止め、数万年の命を維持しているとされる『太古の種』が鎮座している。
「……計算通りね。ここがこの森の心臓であり、同時に、外部のエネルギー干渉に最も敏感な場所だわ」
シオンは、塔の壁面に刻まれた古代の数式を端末で解析しながら、静かに呟いた。彼女の背後では、アリアドスが周囲の壁に無数の糸を張り巡らせ、レーザーセンサーのように鋭く外部を警戒している。
だが、その静寂は不快な爆破音によって打ち破られた。
塔の天窓が粉砕され、数機の高速飛行ドローンが乱入。同時に壁面を穿って『スチール・クロー』の実行部隊が姿を現した。その中央、全身を不気味に光る強化外骨格(エクゾスケルトン)で固めたベックが、憎悪と野心に満ちた笑みを浮かべていた。
「やっと追い詰めたぞ、シオン! その『種』さえ手に入れば、私の計算式は完成する。ミナモシティの残骸を再利用し、真に合理的で、鋼鉄に守られた『絶対都市』を建設するためのな!」
「……まだそんな空っぽな夢を見ているの、ベック。あなたの計算には、そのために奪われる命の痛みが一点も入っていない。そんな欠陥だらけの数式、解く価値すらないわ」
シオンがアリアドスに命じ、糸を一斉に引き絞る。しかし、ベックが合図を送ると、ドローンから特殊な高周波カッターが射出され、アリアドスの糸を次々と切断していった。
「無駄だ! 君の『絆』とやらがどれほど強固でも、それを分子レベルで断ち切るための技術を私は用意してきた。さあ、その『種』を渡せ!」
ベックの強化外骨格の右腕が変形し、高出力のプラズマカノンが充填される。ターゲットはシオン、そして彼女の背後に眠る『太古の種』だ。
「……させねえよ!」
放たれた熱線を、蒼い障壁と紅い閃光が同時に弾き飛ばした。
カグヤとルカリオ、そしてその影から飛び出したハッサムが、間一髪でシオンの前に滑り込んだのだ。
「カグヤ! ……それに、ハッサムまで!」
「遅くなって悪かったな。ハッサムには外周のドローンを片付けさせてたんだ。……さあ、ここからは全員で相手をしてやるぜ!」
カグヤの合図と共に、ハッサムが金属音を響かせて加速した。高周波カッターを繰り出すドローンに対し、ハッサムはそれ以上の精度を誇る『バレットパンチ』を叩き込む。機械が計算する軌道を、ハッサムの研ぎ澄まされた直感と速度が凌駕していく。
「チッ、小癄な真似を! アーマルドがいなくとも、この外骨格の出力があれば……!」
ベックが強化アームを振り下ろすが、それを正面から受け止めたのは、進化したカメールだった。
「カメェッ!!」
カメールはナオを背後に庇い、稲妻のような傷跡が残る甲羅で、強化アームの衝撃をまともに受け止めた。重機の圧力に大地が沈むが、カメールは一歩も引かない。その堅牢な守りがあるからこそ、カグヤとルカリオは攻撃に専念できる。
「……ありがとう、みんな。おかげで『最後の一手』が決まったわ」
シオンが端末を閉じ、アリアドスに最後の指示を送った。
「ベック、あなたは『技術で絆を断ち切れる』と言ったわね。でも、私の新しい数式は、断ち切られることを前提に組まれているのよ」
シオンが合図を送った瞬間、アリアドスが塔全体に放ち、ベックに「切られたはずの糸」が、周囲の植物の導管と結びつき、眩いエメラルドグリーンの光を放ち始めた。
「これは……まさか、エネルギーを逆流させているのか!?」
「『太古の種』が持つ膨大な生命エネルギーを、アリアドスの糸を通じて塔全体の『防衛回路』にバイパスしたの。あなたが糸を切れば切るほど、その切断面からエネルギーが溢れ出し、塔そのものが巨大な『捕縛の檻』へと変貌する……名付けて、『不条理の因数分解』よ!」
壁から伸びる無数の蔓が、機械の関節に食い込み、ベックの強化外骨格を内側から締め上げる。
「今よ、カグヤ! ハッサムで外装を剥がし、ルカリオで芯を撃ち抜いて!」
「了解だ! ――ハッサム、外骨格の接合部を『シザークロス』で断て! ルカリオ、その隙間に最大出力の『はどうだん』を叩き込め!!」
ハッサムの両腕の鋏が、プラズマの熱を切り裂きながら強化外骨格の装甲継ぎ目を正確に捉えた。火花と共に装甲が剥がれ落ち、ベックの無防備な胸部が露わになる。そこへ、ルカリオの蒼い咆哮が凝縮された波導が突き刺さった。
ドォォォォォォンッ!!
フォレスタルの心臓部で、命と鋼鉄の最終決着が今、静かに、そして激しく終わりを告げようとしていた。