ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
眩い閃光が収まった時、大樹の塔に響いていた不快な機械音は完全に沈黙していた。
ベックの強化外骨格は、ハッサムの『シザークロス』によって装甲を剥がされ、ルカリオの『はどうだん』を至近距離で浴びたことで、修復不能なまでに損壊していた。瓦礫の中に膝をついたベックは、もはや動かない端末を狂ったように叩き続けている。
「……計算が……どこで間違えた……。生命エネルギーを導体にするなど、そんな非科学的な数式が成立するはずがない……!」
「……ええ、計算は間違っていなかったわ、ベック」
シオンが、アリアドスと共にゆっくりと彼に歩み寄った。その足取りは、かつての迷いを振り払ったように力強く、静かだった。
「ただ、あなたの変数には『命の意地』と『痛みの共有』が入っていなかった。それだけよ。私たちが勝ったのは、非科学的な奇跡なんかじゃない。あなたが切り捨てた不合理な絆が、あなたの計算を上書きしたの」
シオンはベックから端末を取り上げて指揮権を奪い、フォレスタルの全域へ停止信号を送った。森を蹂躙していた重機たちは次々と動きを止め、囚われていたポケモンたちのケージが解放されていく。
その時、塔の天窓から清らかな朝の光が差し込んできた。
カメールは、自爆の衝撃を封じ込めた際に刻まれた「稲妻の傷跡」を光に晒しながら、安堵したようにナオの隣で座り込んだ。ハッサムは鋭い鋏を収め、ルカリオはカグヤと視線を交わして深く頷いた。
「……終わったな、シオン。お前の計算、完璧だったぜ」
カグヤが笑いかけると、シオンは端末をポーチにしまい、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「当然よ。でも、まだ足りないわ。……あなたの戦いが生む『不確定要素』。それがどうしてこれほどの出力を出すのか、今回のデータだけでは不十分よ」
後片付けを終えた一行は、フォレスタルの広場で、自警団長のダーテングと再会した。ダーテングは、深手を負いながらも命を繋ぎ止めた『太古の種』を見上げ、それからカグヤたちへ向き直った。
『……人間よ。この森の記憶に、お前たちの名は深く刻まれた。鉄の牙を砕き、命の網を編み直した異邦の者たちよ』
ダーテングは、自身の団扇を一度大きく振り、柔らかな風をカグヤたちに送った。それは森の祝福を込めた「追い風」だった。
出発の時。フォレスタルの長老が、名残惜しそうにシオンを見つめた。
「シオンよ。お前のような知恵者がこの街に残ってくれれば、復興も早まるのだが……」
カグヤがチラリとシオンを見る。シオンは、フォレスタルの美しい空と、共に戦ったアリアドスを見つめ、それからカグヤの背中へと視線を移した。
「……光栄な誘いだけれど、お断りするわ。長老」
シオンは迷いなく言い切った。
「私はまだ、旅の途中なの。アコマシティで出会ったこの男……カグヤが見せる『感情の熱量』が、どうして私の『合理的勝利』を凌駕するのか。その数式を解き明かすまで、私は彼を離さないと決めているの」
アコマシティでカグヤに告げたあの宣言。それは今も、シオンの中で色褪せない絶対的な命題だった。
「……なんだよ、まだ俺を検体扱いか?」
「当たり前でしょ。今回のカメールの進化だって、あなたの波導が引き起こした『計算不能なイレギュラー』だわ。あんな傷跡を残したまま進化を安定させるなんて、既存の生物学では説明がつかない。……それを解明するのは、私の義務よ」
シオンはカグヤの隣に並び、アリアドスを肩に乗せて歩き出した。カグヤは肩をすくめながらも、その表情には頼もしい相棒への信頼が滲んでいる。
「いくぞ、ルカリオ、ハッサム、ナオ! 次の街へ向かうぞ!」
「おーっ! シオン姉ちゃんも一緒だね!」
「……ええ。私の目が黒いうちは、この『無鉄砲な家族』が全滅するような計算違いはさせないわ」
カメールは、進化したことで重みを増したその足音を響かせ、カグヤの左側をしっかりと歩む。右側には、冷静に次のルートを分析するシオン。
空中都市フォレスタルを後にする一行。
そこで得たのは、強固な盾(カメール)と、かつての敵が真の戦友へと変わる確かな絆。
カグヤの波導は、これまで以上に澄み渡り、次なる冒険の予感に震えていた。
「さあ、カグヤ。次の目的地への最短ルートを算出済みよ。……少しは私の計算に驚いてみせなさい」
「へいへい。楽しみにしてるぜ、参謀殿!」