ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

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幕間:鉄壁の傷跡、カメールの矜持

 荒野の入り口、夜の帳が下りたキャンプ地。焚き火の爆ぜる音が、静まり返った岩場に規則正しく響いている。カグヤとナオはテントの中で深い眠りにつき、頭の上で丸くなって寝息を立てるウパーの平和な姿があった。

 月明かりの下、焚き火の番をしていたのはシオンと、そして進化したばかりのカメールだった。

 カメールは池のほとりに座り、水面に映る自分の姿をじっと見つめていた。一回り大きくなった体、たくましくなった腕、そして何より――甲羅の右側に刻まれた、稲妻のような白い傷跡。自爆の衝撃と進化のエネルギーが激しく衝突し、癒着して残ったその「痕跡」を、彼は静かに指先でなぞっていた。

「……痛むの?」

 背後から声をかけたシオンに、カメールは少し驚いたように肩を揺らしたが、すぐに首を振った。

「カメ、カメェ」

 痛みはない。だが、かつての滑らかだったゼニガメの頃の甲羅とは違う、ゴツゴツとした異質な感触。シオンはアリアドスを傍らに座らせ、カメールの隣に腰を下ろした。

「私の計算では、進化のエネルギーは肉体の損傷を完全に修復するはずだった。でも、あなたのその傷は消えなかった。……それはきっと、あなたの意志が、その時の『記憶』を刻み込もうとしたからじゃないかしら」

 カメールが答えを探すように視線を落とした時、暗闇から静かに二つの影が歩み寄ってきた。ルカリオとハッサムだ。彼らは眠れぬ弟分を気遣うように、焚き火の輪に加わった。

 

 ルカリオはカメールの隣に立つと、自身の左胸にある鋭いスパイクを指差した。そして、その根元にある、古い毛並みの乱れをカメールに見せた。それはかつて、カグヤと出会う前の過酷な修行時代に負った、波導を暴走させかけた時の傷痕だった。

『ルカ、ルカリオ』

 ルカリオは穏やかな波導を送りながら、カメールの肩を叩く。傷は弱さの証ではなく、乗り越えた壁の記録なのだと、言葉を使わずに伝えていた。

 続いてハッサムが、自身の紅い鋼鉄の鋏を月光に晒した。よく見れば、鋭利な刃の端に、小さな欠けがいくつも残っている。それはフォレスタルの激闘で、ドローンの高周波カッターを受け流し、仲間を守り抜いた時に刻まれたものだ。

 ハッサムはあえてその欠けを研ぎ落とさず、そのままにしている。それが、自分が「盾」として機能した証であり、二度と同じミスをしないための戒めであることを、無言の風格で示していた。

「……そう。あなたたちにとっては、その傷一つ一つが『勲章』なのね」

 シオンは端末を取り出し、ポケモンたちの生体データをスキャンするのではなく、ただその光景を記憶に焼き付けた。

 カメールは二人の兄貴分たちの傷を見比べ、再び自分の甲羅の稲妻に触れた。

 かつての自分は、怖くてすぐに殻に閉じこもるだけの、弱くて小さなゼニガメだった。だが今は違う。この傷跡は、自分がカグヤを、ナオを、そして仲間たちを守り抜いたという、誇り高い「戦士」としての出発点なのだ。

 カメールは立ち上がり、焚き火に向かって力強く拳を突き出した。

「カメェェッ!!」

 その鳴き声には、迷いは一切なかった。傷跡を隠すのではなく、それを背負って、さらに強固な「盾」になるという決意。

 

 翌朝。

 目を覚ましたカグヤは、一番にカメールの甲羅をポンと叩いた。

「よう、カメール。今日もその傷跡、最高にかっこいいな。お前のその甲羅があれば、どんな敵が来ても安心だぜ」

「カメッ!」

 カメールは誇らしげに胸を張り、カグヤの左側という定位置に陣取った。

 傷跡は消えない。けれど、それは彼が「家族」という重みを背負い、真の強さを手に入れた証。

 朝日を浴びて白く輝く稲妻の模様は、一行が進むべき荒野の道を照らす、希望の道標のように見えた。

 

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