ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
荒野の入り口、電波の届く高台。カグヤは「ちょっと実家に定期連絡してくる」と言い残し、ポータブル通信機を岩場に設置した。
シオンはカグヤの背後で端末を操作し、次なる目的地「ガンスモーク」までの磁場データを整理している。その傍らでは、ナオがパートナーのナエトルと一緒に、カメールの甲羅を磨くのを手伝っていた。ナエトルが背中の葉を揺らしながら器用に水を含ませ、ナオが柔らかい布で、カメールの「稲妻の傷跡」を丁寧に拭き上げていく。ウパーはカグヤの足元で、砂を跳ね上げてのんきに遊んでいた。
「お、繋がったか? ……ああ、父さん。元気?」
カグヤの砕けた口調に、シオンはふと顔を上げた。あの自信家で、バトルの最中は冷徹なまでの勝負師へと豹変するカグヤが、これほどリラックスして、かつ深い敬意を隠さない相手。一体、故郷のカロス地方にはどんな偉大な指導者が待っているのだろうか。
通信画面のノイズが晴れ、鮮明な映像が映し出された。
画面の向こうには、年齢を重ねてもなお、少年のように輝く瞳を持った男性と、その隣で優しく微笑む、思わず見惚れるほど気品に満ちた女性の姿があった。
「カグヤ! 元気そうね。ちゃんと食べてる? ウパーも一緒?」
「ああ、母さん。こっちは順調だよ。フォレスタルの問題を解決して、今は荒野に向かうところだ」
その映像を横から覗き込んだシオンの手が、ガタガタと震え始めた。
「……え?」
シオンの脳内データベースが、瞬時に二人の顔を照合する。導き出された解答は、彼女の論理的な思考を完全にフリーズさせるものだった。
「ちょっと、待ちなさい。……嘘でしょ? その帽子、その肩に乗っているピカチュウ……。世界最強の王者、サトシ……!? そして隣にいるのは、元カロスクイーンのセレナ様……!?」
シオンの叫びを聞いた瞬間、ナオは手に持っていた布を地面に落とした。画面を二度、三度と見直し、信じられないというように叫び声を上げる。
「えええええええええええっ!? 嘘だろ、兄貴!! サ、サトシ!? あの最強王者のサトシがパパなの!? テレビの歴史番組とかバトルの殿堂でいつも流れてる、あのレジェンドだよね!? ピカチュウも本物じゃん!!」
ナオは腰を抜かしたように地面にへたり込み、ナエトルもまた「ナエッ!?」と驚きで葉を逆立てている。ナオにとって、サトシは教科書の中の英雄か、雲の上の存在だったのだ。
「それに……パパだけじゃない。お隣の綺麗な人、セレナ様だよね!? 伝説のトップコーディネーターで、カロスを象徴するクイーンの……。うわぁ、兄貴、なんで今まで黙ってたんだよ! 兄貴が異常に強い理由、今わかったよ! 怪物級の遺伝子じゃないか!!」
画面の中の男性――サトシは、ナオの騒ぎっぷりに快活に笑って手を振った。
『ははは、元気な友達だな! カグヤ、お前いい仲間に恵まれたな。ピカチュウも挨拶しろよ』
『ピカピカ!』
『カグヤ、無理はしすぎちゃダメよ。でも、自分の信じた道なら、最後まで走り抜きなさい』
セレナの温かい励ましに、カグヤは少し照れくさそうに鼻の下を擦った。
「分かってるって。……じゃあ、また連絡するよ。二人とも元気でな」
通信が切れた後、キャンプ地には砂嵐の音だけが虚しく響くような、重苦しい沈黙が流れた。ナオはまだ震えが止まらない様子で、カグヤを拝むように見上げている。
「カグヤ兄貴……。俺、すごい人と旅してたんだな……。最強のパパと、最高に美しいママ。そんなの、負けるはずがないよ……」
「……ナオ、それは違うわ」
シオンが、ようやく冷静さを取り戻しながらカグヤを指差した。
「この男が恐ろしいのは、その血筋に甘えるどころか、それを隠してまで自分の力を証明しようとしているところよ。……納得したわ。あの無鉄砲なまでの野生の直感は父親譲り、そして戦況を俯瞰し、一分の隙も逃さない冷静な観察眼は母親譲り……。最強の攻撃性と、最高精度の制御。それがあなたの中に同居している理由……。あなたは、サラブレッドなんて言葉じゃ足りない、戦うために生まれてきた怪物なのね」
「褒め言葉として受け取っとくよ。……でも、親父たちは関係ねえ。今、ここにいるのは俺とルカリオ、ハッサム、カメール。それから、ナオとシオン……そして、ウパーだ」
カグヤはウパーの横腹を優しく撫で、不敵に笑った。
ナオは興奮が感動に変わり、瞳を輝かせて立ち上がった。「俺も、兄貴みたいにいつか……!」と、ナエトルと共に拳を握りしめている。シオンは「私の計算式を、一から組み直さなきゃならないわね」と、呆れながらも嬉しそうに溜息をついた。
偉大すぎる両親の影を背負いながらも、カグヤの波導はそれさえも自身の糧にして、さらに強く輝いている。伝説の血を引く少年が、この乾いた荒野でどのような「自分だけの道」を切り拓くのか。シオンの観察日記に、最も熱く、最も予測不能な一ページが書き加えられた。