ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
荒野の洗礼、ガンスモークへの道
樹海の境界線を越えた瞬間、空気の色が変わった。
肌を刺すような乾燥した風が吹き抜け、視界の先には茶褐色の岩山と、陽炎の揺らめく荒野が延々と続いている。マホロバ地方中央部、通称「死の砂時計」と呼ばれるエリアの入り口だ。
「……ふぅ、こいつは手厳しいな」
カグヤは頭の上のウパーが乾燥しないよう、こまめに霧吹きで水分を補給しながら、目を細めて地平線を見据えた。ウパーは「ぱぁ~」と鳴きながら、涼しげな顔で砂漠の風を受けている。
「カグヤ、前方五キロ地点に人工的な熱源を感知したわ。……おそらく、中継地点の廃村か、あるいは無法者のキャンプね」
シオンが端末のホログラムマップを広げ、冷静に告げる。彼女はアクア家の令嬢らしい凛とした立ち振る舞いを崩さないが、その瞳にはカグヤの「伝説の血筋」がいかにこの過酷な環境を切り拓くのかを見極めようとする、鋭い好奇心が宿っていた。
「兄貴、あそこ! 何か動いてる!」
ナオが指差した先、岩陰から数台のサンドバギーが猛烈な砂煙を上げて突進してきた。その車体には、無骨な鉄板と、荒々しい髑髏のマークが刻まれている。
「荒野のハイエナ共か。……シオン、ナオ、下がってろ」
カグヤの言葉と共に、彼の周囲の空気が一変した。
先ほどまでウパーを気遣っていた柔らかな表情は消え、眼光は深く、鋭く、獲物を見据える鷹のように研ぎ澄まされる。カグヤの波導が、陽炎を切り裂いて周囲の戦況を瞬時に把握していく。
「ヒャッハー! 運のねえガキ共だぜ! 持ち物全部置いていきな!」
バギーから飛び出してきた三人の荒くれ者たちが、サンドパン、ノクタス、そしてヘルガーを繰り出した。
「ルカリオ、ハッサム……出るぞ」
カグヤの声は低く、しかし驚くほどよく通った。
「カメール、お前はナオとシオン、ナエトルのガードだ。一歩も引くな」
「カメェッ!!」
カメールが甲羅の傷跡を白く輝かせ、一行の前に立ちはだかる。
「ヘルガー、『かえんほうしゃ』で焼き尽くせ!」
放たれた業火が一行を飲み込もうとした瞬間、カグヤは一歩も動かず、ただ静かに指示を飛ばした。
「ルカリオ、波導で熱源を相殺。ハッサム、爆炎の死角から背後を取れ」
ルカリオが前方に掌をかざすと、不可視の波導が炎を真っ二つに割り、左右へと散らした。その炎のカーテンを突き抜け、紅い閃光――ハッサムが、物理的な限界を超えた速度で移動する。ヘルガーが吠える間もなく、ハッサムの鋭い鋏がその影を断ち切った。
「ぐわぁっ!? ヘルガー!!」
「次はノクタス、ミサイルばりだ!」
無数の棘が飛来するが、カグヤの眼光に揺らぎはない。
「カメール、『こうそくスピン』で全弾叩き落とせ」
カメールが独楽のように回転し、飛来する棘を甲羅で弾き飛ばしていく。稲妻の傷跡が回転の軌道に沿って白い光の輪を描き、鉄壁の防壁を形成した。
「バ……バカな、俺たちの連携が……! てめぇ、一体何者だ!?」
カグヤは答えず、ただ静かに相手の次の一動作を見極めていた。
シオンは、その圧倒的な効率性に息を呑んでいた。
(……これが、サトシとセレナの資質を継いだ者の『戦い』。父親の野生的な直感で急所を捉え、母親譲りの冷静さで最適解を導き出す。無駄な動きが、一分一秒たりとも存在しない……!)
カグヤがルカリオに制圧の合図を送ろうとしたその時。
遠くの岩山の頂上から、一発の「はじけるほのお」が撃ち込まれ、砂煙が激しく舞い上がった。
「……そこまでにしときな、野良犬共。そいつはお前らが相手をしていい器じゃねえよ」
砂塵の向こうから現れたのは、一匹の巨大なバクフーンを連れた、使い古されたポンチョを纏った男。
カグヤは静かにルカリオを制し、新たに現れた男を見つめた。
「……強いな。今までの連中とは、波導の重みが違う」
カグヤは小さく息を吐き、より深く、より鋭く集中を高めた。
荒野の街『ガンスモーク』を背負った、最初の刺客。
カグヤの「オン」の力が、真に試される時が来た。