ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「決闘広場」を囲む観衆のどよめきが、地鳴りのように響いている。
カグヤの対面に立つ自警団のレイが、その鋭い眼光でルカリオを射貫き、傍らのフライゴンが低く唸りを上げた。羽の振動音が周囲の砂礫を共鳴させ、視界は瞬く間に茶褐色の闇へと飲み込まれていく。
「ガンスモークの砂は、生半可な波導じゃ貫けないよ。……フライゴン、『すなあらし』!」
レイの号令と共に、広場を飲み込む巨大な砂の渦が発生した。巻き上がった砂礫は鋼をも削るヤスリと化し、ルカリオの体を叩きつける。
シオンはストールで口元を覆い、端末のモニターを必死に追うが、砂塵によるノイズで画像が乱れる。
「……最悪のコンディションね。砂漠の覇者であるフライゴンに対し、この視界不良は致命的。カグヤ、どうするつもり?」
だが、カグヤは動じない。彼は肩の上でしっかりと踏ん張るウパーに軽く指を添え、ルカリオへ静かに告げた。
「ルカリオ、まずは波導で敵の『位置』を固定しろ。……お前なら、砂の動きから奴の風を読めるはずだ」
ルカリオは静かに目を閉じ、精神を集中させる。カントーの父から、そしてカロスでの過酷な修行で培った感覚が、砂嵐というノイズの中からフライゴンの「命の拍動」を抽出していく。
「無駄だよ! 砂の音に紛れて、どこから来るか分かるかな? 『あなをほる』!」
フライゴンが砂の中へと消える。地響きが全方位から響き、ナオとナエトルは不安げに足元を見つめた。
「兄貴、来るよ! どこからか分からない……!」
「……足元じゃない。上だ」
カグヤの波導が敵のフェイントを見抜く。砂を掘る音はただの囮。フライゴンは砂煙を利用して高く舞い上がり、死角である真上から急降下してきた。
「かわせ、ルカリオ!」
ルカリオが間一髪で横へ飛び退くが、フライゴンの追撃は止まらない。着地と同時に『りゅうのいぶき』が放たれ、青白い炎がルカリオの腕を掠めた。
「ぐっ……!」
ルカリオの腕に麻痺の火花が走る。
「よし、動きが止まったね! 終わりだよ!」
レイが勝利を確信したように叫ぶ。だが、カグヤの表情には焦り一つなかった。彼はゆっくりと、腰のボールに手をかける。カグヤにとって、ルカリオは戦況を「作り、耐える」エース。だが、勝負を「終わらせる」のは、常に彼だった。
「……ルカリオ、よく耐えた。役割は十分だ」
カグヤはルカリオを戻すと、一際使い込まれたボールを握りしめた。その瞬間、カグヤから放たれる波導の質が、鋭利な「殺気」に近いほど研ぎ澄まされたものに変わる。
「ハッサム……頼むぞ。俺たちの『答え』を見せてやれ」
解き放たれた紅い閃光。砂嵐の中に現れたハッサムは、吠えることも、威嚇することもない。ただ、カグヤの視線と完全に一致した冷徹な眼差しで、フライゴンを見据えた。
シオンはその姿に、これまで見たことのない戦慄を覚えた。
(カグヤとルカリオの関係が『共鳴』なら、ハッサムとの関係は『融合』……。言葉も、波導の合図すら必要としない、完璧な意思の統一。カグヤが最も信頼し、自分の一部として扱っているのは、あのハッサムなのね……!)
「ハッサムだろうと同じだよ! 砂の中に消えな、フライゴン!」
フライゴンが再び高速旋回を始め、砂の壁の中に姿を消そうとする。しかし、ハッサムは動かない。ただ静かに、カグヤが指差した一点を見据えている。
「……ハッサム、風の隙間を斬れ」
カグヤの呟きと同時に、ハッサムが消えた。
爆発的な加速。ハッサムは砂嵐を避けるのではなく、その渦の「中心」へと最短距離で突っ込んだ。砂礫が鋼の甲羅を叩く火花が、赤い残像を夜空に刻む。
「速い!? 砂嵐の中でどうしてそんな……!」
「砂は風に従う。なら、風を斬れば道は開くんだよ」
カグヤの冷徹な言葉が響く。ハッサムの鋏が、フライゴンの生み出していた旋回の「核」を正確に捉えた。
「『つるぎのまい』……からの、……『バレットパンチ』」
ハッサムの体が紅い嵐と化す。剣舞によって高められた攻撃力が、音速を超えるパンチとなってフライゴンに叩き込まれた。一撃、二撃、三撃――。砂の壁が内側から崩壊し、フライゴンが悲鳴を上げて地面に叩きつけられた。
「バカな……自警団のフライゴンが、一瞬で……」
レイは立ち尽くし、広場を囲んでいた観衆は静まり返った。
砂塵が収まっていく中、ハッサムは汚れた鋏を軽く一振りし、カグヤの隣へと静かに歩み寄った。カグヤはハッサムの肩にそっと手を置く。そこには、血の滲むような修行を共に乗り越えてきた者同士にしか分からない、無言の信頼があった。
「……お疲れ様。やっぱり、お前が一番頼りになるな」
カグヤの「オン」の瞳に、わずかながらの優しさが戻る。
ガンスモークの街に、伝説の血筋を継ぐ少年の、真の「エース」の威容が刻みつけられた。