ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
砂煙が完全に消え去り、広場にはフライゴンが倒れた衝撃による静寂だけが残った。
ハッサムは紅い金属の光沢を鈍く放ちながら、定位置であるカグヤの左後ろへと音もなく戻る。その鋏には、激闘の熱を逃がすための小さな蒸気が立ち上っていた。
「……信じられない。自警団のフライゴンが、一撃も入れられずに……」
レイは膝をついたフライゴンの元へ駆け寄り、呆然とその背中を撫でた。観衆のトレーナーたちは、驚愕のあまり言葉を失っている。マホロバの過酷な環境で育った彼らにとって、フライゴンを技術で完封するという光景は、理屈を超えた何かを見せられたに等しかった。
カグヤは静かに波導を収め、肩の上のウパーの様子を確認した。ウパーは「ぱぁ~」と鳴き、主の緊張が解けたことを察してか、いつものようにのんびりとカグヤの頭の上へ戻っていった。
「あんたのフライゴン、いい『風』だったよ。ハッサムが本気を出さなきゃ、砂嵐の中で捉えきれなかった」
カグヤの言葉は、勝者の傲慢さではなく、純粋な戦士としての敬意だった。
「本気、ですって……?」
レイは顔を上げ、カグヤの隣に立つハッサムを見つめた。傷一つない紅い装甲。そして、カグヤと完全に呼吸を合わせ、微動だにせず周囲を警戒するその立ち姿。
「……そうね。あなたの波導と、そのハッサムの絆。……私たちが守ってきたこの街の『強さ』とは、次元が違ったみたいだわ」
審判の老人が歩み寄り、豪快に笑いながらカグヤの肩を叩いた。
「見事だ、少年! いや、カグヤと言ったか。ガンスモークの掟に基づき、お前をこの街の正当なる『客分』として認める。……約束のブツだ、持っていけ」
手渡されたのは、重厚な金属製のキャニスター。砂漠を横断する際に必要不可欠な、高純度の特殊燃料だ。これがあれば、次の街までの長い旅路も耐えられる。
「ありがとうございます。……ナオ、シオン、行こう。今日はこの街で一晩休むぞ」
カグヤが呼びかけると、ナオはナエトルを肩に乗せて駆け寄ってきた。
「兄貴! かっこよすぎるよ! ハッサムのあの動き、速すぎて見えなかった!」
「ナエッ、ナエナエ!」
シオンもまた、端末のデータを保存しながら、複雑な表情で歩み寄る。
「……カグヤ、あなたのハッサムの戦闘データ、私の予測モデルを三回も上書きしたわ。……アクア家では『信頼』なんて抽象的な言葉は戦力に数えなかったけれど。認めざるを得ないわね。あなたとハッサムの間にあるのは、数値化できない『特異点』だわ」
街の喧騒が、カグヤを称える歓声へと変わっていく。
ガンドーは遠くからその様子を見届け、満足げにポンチョを翻した。
宿へと向かう道中、カグヤはふと足を止め、夕日に染まるガンスモークの街並みを眺めた。鉄骨と石で造られた無骨な街。そこかしこから漂う硝煙の匂い。
かつて父が歩いた道も、母が輝いた舞台も、ここにはない。だが、自分とハッサム、そして仲間たちが刻む足跡は、確かにこの砂漠の地に深く刻まれ始めている。
「……ハッサム、明日からも頼むぞ」
ハッサムは短く、金属質な音を立てて鋏を鳴らした。それは、何よりも力強い肯定の返事だった。
一行は、砂漠の夜の静寂が訪れる前に、ガンスモークの賑わいの中へと溶け込んでいった。しかし、カグヤの波導は感じていた。この街の奥深く、まだ見ぬ強敵たちが、新たな「風」の到来を待ち侘びていることを。