ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

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荒野の不夜城、潜む影

 ガンスモークの夜は、昼間の熱狂をそのまま闇に閉じ込め、煮詰めたような独特の喧騒に包まれていた。街の至る所に設置された鉄塔からは、廃材を焼く赤々とした炎が吹き上がり、夜空を不吉な橙色に染め上げている。酒場から漏れ出す荒くれ者たちの怒号、錆びついた風車が軋む音、そして時折、どこかの路地裏で響くポケモンの断末魔のような叫び。

 ここは、慈悲という言葉が砂塵と共に風化してしまった街だ。

「……さすがに、この乾燥した夜風は堪えるわね。ミナモの海風が恋しくなるわ」

 宿舎の石造りのバルコニーで、シオンはストールをきつく巻き直した。傍らではシャワーズが瓶から水を操り、彼女の周囲にだけ微かな霧の結界を作って加湿している。シオンの手元にある端末の画面には、昼間にカグヤが見せた戦闘のログが、滝のように流れ続けていた。

「シオン、まだやってるのか。ほどほどにしとけよ。脳の計算リソースを使い切ると、明日動けなくなるぞ」

 背後の闇から、カグヤが静かに歩み寄ってきた。頭の上では、特製ローションで磨き上げられたウパーが、月光を反射して青く瑞々しく輝き、満足げに「ぱぁ~」と欠伸を噛み殺している。

 そしてカグヤの真後ろ、その影と完全に一体化するようにして、ハッサムが彫像のように佇んでいた。微動だにせず、四方の気配を察知するその姿は、休息中であっても「一振りの抜かれた刀」そのものだ。

「……仕留め損ねた計算ミスを修正しているだけよ。カグヤ、あなたは気づいている? レイを倒したことで、この街の均衡……いわば『暴力の生態系』に、あなたが異物として混入してしまったことに」

「……ああ。さっきから視線がうるさくて、寝付けもしない」

 カグヤは視線を、眼下の薄暗い路地へと投げた。

 そこには、街灯の届かない建物の隙間に、複数の歪な影が潜んでいた。彼らが放つ波導は、昼間の荒くれ者たちのような雑で騒がしいものではない。静かで、鋭利で、獲物の喉元を確実に狙うための、組織化された殺気。

「ガンスモーク自警団『三羽烏』。レイはあくまで、その中でも最も公明正大な性格だったに過ぎないわ。残りの二人は、この街の利権を脅かす余所者を排除するためなら、搦め手も手段も選ばない。……アクア家のアーカイブにある、この街のブラックリストに名が載っている連中よ」

「……搦め手だろうと何だろうと、構わないさ。俺を止めたければ、真正面から叩き潰しに来ればいい。その時は、俺のハッサムがそれ以上の絶望を教えるだけだ」

 カグヤの声は低く、そして岩石のように揺るぎない。彼はハッサムの鋼の肩にそっと手を置き、波導を静かに同調させた。ハッサムの複眼が、一瞬だけ紅い熱を帯びる。

 

 その時。

 一階下のナオたちの部屋から、ナエトルの短い、しかし切迫した警戒音が夜の空気を引き裂いた。

「なっ、何だお前ら!! 離せ……ナエトル!!」

 ナオの叫び声が、錆びついた街の喧騒を貫いて響き渡る。

「ナオ!」

 カグヤの表情から「オフ」の穏やかさが一瞬で消え去った。

 彼は迷わずバルコニーの欄干を蹴り、数メートル下の地上へと身を躍らせた。滞空するカグヤの体を、背後から飛び出したハッサムが強靭な腕で支え、着地の衝撃を完全に殺して中庭の石畳に着地する。シオンも即座にアリアドスを繰り出し、吐き出された糸を命綱にして音もなく舞い降りた。

 ナオの部屋の窓は粉々に砕け散り、中からは黒いマントを羽織った三人組の男たちが、気絶したナオを抱えて飛び出してくるところだった。彼らの傍らには、闇に溶け込むような深い漆黒の毛並みを持つマニューラと、巨大な翼を広げて空を覆うクロバットが、威嚇するように牙を剥いている。

「……ガンスモークの歓迎は、夜も続くってわけか。卑怯な真似をしてくれる」

 カグヤの瞳の奥で、蒼い波導が激しく渦を巻く。その威圧感に、マニューラが思わず一歩後退した。

「その子を返しな。……今ならまだ、病院送りで済ませてやる。だが、これ以上一歩でもナオを連れて動くなら……俺のハッサムが、お前らのプライドごと、そのマントを切り刻むことになるぞ」

 マントの男たちは無言のまま、不敵な笑みを浮かべてモンスターボールを構えた。背後の闇から、さらなる伏兵の気配が次々と膨れ上がっていく。

 ガンスモークの真の闇――利権と暴力にまみれた『三羽烏』の包囲網が、カグヤたちの前に立ちはだかった。

 

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