ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「三羽烏」の刺客たちが放つ殺気は、砂漠の夜風よりも冷たく一行を包囲した。
黒いマントを翻す男たちの中心、ナオを肩に担いだ大男の傍らで、マニューラが鋭利な爪を擦り合わせ、金属的な音を立てている。上空ではクロバットが超音波を放ち、カグヤたちの位置を網膜に焼き付けるように旋回していた。
「……計算によれば、敵は実行犯三名、伏兵を含めれば計八名。完全に退路を断たれているわね」
シオンはアリアドスの糸を周囲の建物に張り巡らせ、即席の感知網を構築しながら告げる。彼女の瞳にはアクア家の令嬢としての冷徹な分析眼が宿っていたが、その指先は微かに震えていた。これほどの剥き出しの「暴力」に晒されるのは、彼女の人生でも初めてのことだった。
「シオン、震える必要はない。……雑魚が何匹集まろうが、俺とハッサムの前では無意味だ」
カグヤの声は、凍てつく夜の静寂を切り裂くほどに澄んでいた。
彼の波導が、周囲の空間を支配するように膨れ上がる。カグヤの頭の上で、ウパーが「ぱぁ……」と短く鳴き、主の波導に合わせてその体から微かな青い光を放った。それは単なる癒やしではなく、カグヤの精神を研ぎ澄ませるための、無言の共鳴。
「抜かせ、ガキが。マニューラ、『つじぎり』! クロバットは上空から『エアスラッシュ』だ!」
闇の中からマニューラが黒い稲妻となって飛び出し、その爪がハッサムの喉元を狙う。同時に、上空から真空の刃が幾重にも重なって降り注いだ。
「……ハッサム、合わせろ」
カグヤの合図は、もはや言葉ですらなかった。
ハッサムは動かない。いや、動く必要がなかった。マニューラの爪がその装甲に触れる寸前、ハッサムは最小限の動きでその手首を掴み、そのまま自らの回転エネルギーに変換して投げ飛ばした。
同時に、もう片方の鋏が残像を残して振るわれ、降り注ぐ『エアスラッシュ』をすべて叩き落とす。
「な……!? マニューラの速度を、完全に見切ったというのか!?」
「止まって見えるんだよ。あんたたちの殺気が、あまりに単純すぎてな」
カグヤの「オン」の状態における感覚は、もはや神域に達していた。父譲りの野生的な勘が敵の機動を予見し、母譲りの精密な思考がハッサムの軌道を1ミリの狂いもなく制御する。
「ハッサム、道を作れ。ナオを助け出すぞ」
ハッサムが大地を蹴った。紅い装甲が夜の闇を切り裂く。
マニューラが再び立ちふさがるが、ハッサムの『バレットパンチ』はその胸元に、触れるよりも早く衝撃波を叩き込んだ。
「グワッ!?」
吹き飛ぶマニューラを無視し、ハッサムはナオを担いだ大男へと肉薄する。
「クロバット、邪魔をさせろ! 『あやしいひかり』だ!」
上空から放たれる不吉な光。視界を狂わせ、精神を混濁させるはずのその光を、カグヤは波導の壁で遮断した。
「無駄だと言ったはずだ。……ハッサム、……『みねうち』」
閃光。
ハッサムの鋏の背が、大男の腕の神経を正確に打った。衝撃で力が抜けた男の手から、ナオの体が宙に浮く。
「シオン、今だ!」
「分かっているわ! アリアドス、『いとをはく』!」
シオンの指示通り、アリアドスが放った強靭な粘着糸が、空中のナオを優しく絡め取り、シオンの元へと引き寄せた。
「ナオ……! 大丈夫、怪我はないわね?」
「……う……ん……兄貴……?」
意識を取り戻しかけたナオが、ぼんやりとした視界でカグヤの背中を見つめた。
「下がってろ、ナオ。……ハッサム、仕上げだ。この街の『闇』とやらに、本当の恐怖を教えてやれ」
カグヤの波導が、臨界点を突破する。
ハッサムの全身が、赤熱した鋼のように輝き始めた。それは怒りではなく、完璧なる勝利への意思。
ガンスモークの不夜城に、ハッサムの咆哮が轟く。それは、最強の血筋を継ぐ者が放つ、宣戦布告の合図だった。